海外での再評価をきっかけに始まったシティポップのブーム。そこから派生し、近年は日本産フュージョン(Jフュージョン)も大きな注目を集めている。そんななか〈次〉のジャンルとして掘られているのがアニメのサウンドトラックだ。1970年代後半以降のアニメ/漫画関連のサントラやイメージアルバム、声優の作品などを、リバイバルを通過した耳で聴くと新たな発見に満ちている――。今回はそんな潮流の総論と入門になる5枚のアルバムを紹介。執筆と選盤は、レーベルSad DiscoとSiren for Charlotteを主宰し、書籍「ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド」の監修/編集でも知られる音楽ライター門脇綱生(猫街まろん)。彼が提唱する〈2Dシティポップ/グルーヴ〉の世界にここから足を踏み入れてみよう。 *Mikiki編集部
シティポップ再評価がアニメ音楽にも波及
2010年代中盤以降、1970~80年代の日本のポップスを巡る〈シティポップ〉という枠組みは、国内外で再評価/再文脈化され、和レアリック※やテクノポップ、シンセポップといった周辺の楽曲群も包摂しながら、その輪郭を大きく変えてきた。従来のジャンル史だけでなく、レコード収集、DJ、動画共有、アルゴリズム、ストリーミングなど、異なる聴取文化を通じて作品が再配置されたためだ。見落とされがちだが、国内でも、橋本徹による〈Free Soul〉、金澤寿和による〈Light Mellow〉、小渕晃による〈シティ・ソウル〉といったシリーズや選曲活動が、その感性を耕し、発掘とアーカイビングの動線を整えてきた。その余波は、シティポップと制作人脈やスタジオ感覚を共有していたジャパニーズフュージョンにも及んでいる。音楽ライターの栗本斉が選曲・監修する『CROSSOVER CITY』シリーズも、70~80年代のクロスオーバー/フュージョンを、シティポップファンや和モノDJの耳へ接続する試みであり、その裏テーマは〈歌のないシティポップ〉と説明されている。
この和モノ再評価の流れは、アニメ音楽にも広がった。「きまぐれオレンジ☆ロード」「バブルガムクライシス」「シティーハンター」など、80~90年代のアニメ作品には、当時のポップスやフュージョンを支えた作編曲家、歌手、スタジオミュージシャンが数多く参加している。岡村靖幸“Super Girl”、今井美樹“雨にキッスの花束を”、Meu““らしく”いきましょ”など、現在の耳でシティポップやLight Mellowとして聴ける主題歌も少なくない。東洋化成が2021年と2023年に開催した〈アニソン on VINYL〉では、主題歌、劇伴、イメージアルバムまで多数の作品がアナログ化され、アニメ音楽をフィジカル作品として再発見する回路が可視化された。「きまぐれオレンジ☆ロード」も、この企画を通じて複数タイトルがアナログフォーマットで再発されている。
すでに新品在庫がなく、廃盤となっているため今回は掲載を見送ったが、後述する80~90年代アニメ音盤の重要レーベル、FUTURELAND(今回掲載している『アーシアン オリジナルアルバム』の版元)のタイトルからは、「きまぐれオレンジ☆ロード」や「バブルガムクライシス」関連音盤も再発され、シティポップ~和グルーヴの文脈から高い人気を獲得してきた。近年には、作品群単位でのアナログ再発も展開されている。
劇伴やイメージアルバムが内包する〈2Dシティポップ/グルーヴ〉を聴き直す
また、2010年代後半以降には、アキシブ系やLight Mellowの感覚とも接続しながら、声優自身のアルバムをシティポップとして制作し、提示する動きも目立つようになった。
降幡愛や駒形友梨らの活動は、アニメ文化とシティポップの接点を、過去作品の発掘だけでなく、現行の表現――〈声優シティポップ〉として示した例とも言える。
ただし、本稿で注目したいのは、歌手名義の作品だけではなく、作曲家や劇伴作家による表現も含め、劇伴やイメージアルバムの内部に残された都市的なグルーヴである。
アニメに付随する音楽作品には、主にオリジナルサウンドトラックとイメージアルバムがある。前者は、本編で実際に使用された劇伴や主題歌、挿入歌を中心に編まれる。一方、イメージアルバムは、漫画や企画書、登場人物、舞台設定などから受け取った印象を、映像の完成前後を問わず音楽へ翻訳する作品だ。後に劇伴制作の叩き台として扱われる場合もあるが、本編で使われることを前提としない独立した企画盤も多い。キャラクターの視点を歌詞に託したボーカル曲を収めることもあるが、必ずしも声優によるキャラクターソング集とは限らない。
こうした盤では、現実には存在しない街、海岸、レストラン、夜景、天上世界に、同時代のスタジオミュージシャンが音響上の身体を与えている。そういった音楽をここでは便宜的に〈2Dシティポップ/グルーヴ〉と総称するが、2Dシティポップとは、単にアニメ絵が付いたシティポップではない。平面上の世界を、当時のポップス、AOR、フュージョン、ブギー、Light Mellow、ニューエイジの技法によって立体化した音楽を、改めて聴き直すための視点である。
以下では、現在タワーレコードで購入可能な再発盤を中心に、アニメやイラストレーション文化と都市型スタジオ音楽の交点を示す5作品を、ミニガイドとして紹介する。
日本テレビ系アニメ「ルパン三世 PART2」のために制作され、1978年に発売された最初のサウンドトラック盤にして、記念碑的名盤だ。作編曲を大野雄二、演奏をYou & The Explosion Bandが担う。和グルーヴの文脈からも再評価が高まる、70~80年代の大野雄二に固有のジャズファンクの緊張感、クロスオーバーの開放感、テレビ劇伴に必要な機動性が、LP一枚のグルーヴへとまとめられている。
なかでも“愛のテーマ”は、現在の耳には和レアリック/バレアリックフュージョンとしても響く、奇跡的な一曲だ。静かな水平線を滑るように進む演奏から、サビの哀愁に満ちた旋律が刹那に視界を開き、聴き手を晴れやかな航路の彼方へ連れ去る。それは恋愛劇の伴奏を超え、都市の黄昏を音のなかに包み込んだ〈黄昏音楽〉の、海を渡る宝石。
シティポップリバイバルの文脈でも聖典として名高いCHOCOLATE LIPSでリードボーカルを務めた藤原美穂が、MIHO名義で1986年に発表した4曲入りミニアルバム。OVA「カリフォルニア・クライシス 追撃の銃火」の主題歌・挿入歌を収めた作品であり、80年代のアニメ/OVA関連音盤のなかでも、特に高い人気を獲得した一枚だ。
ベースのマシュー・カメイ(ウォーネル・ジョーンズの変名)、ドラムのマーヴィン・ベイカー、ギターの横山純也、キーボードの山本一が参加し、スタジオJAKで録音・ミックスされた。生演奏のリズム隊と硬質なシンセサイザーが噛み合い、“NEXT MOVE”や“STREETS ARE HOT”に乾いた速度と切迫感をもたらしている。“NEXT MOVE”の反復的なファンクは、プリンス“Sexy Dancer”を想起させるが、藤原の鋭さと甘さを併せ持つ歌唱によって、独自の緊張感へと転じている。
“HEARTBEAT”は、『Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』でも知られる米国の名門リイシューレーベル、ライト・イン・ジ・アティックによるコンピレーション『Pacific Breeze 3: Japanese City Pop, AOR And Boogie 1975-1987』にも収録された。電子的な反復の隙間へ声が粘り強く入り込み、西海岸を舞台とするアニメの虚構を、東京のスタジオが構想した無国籍の夜へと変えていく。
高河ゆんの漫画「アーシアン」を音楽で解釈した、イメージアルバムとサウンドトラックの両面を兼ねた1988年作品。後のOVA展開と連続する音楽世界を持ちながら、映像の伴奏に限定されず、漫画に描かれた天使、都市、恋愛、破局の気配を音として立ち上げている。版元は、『楠劇場 オリジナルアルバム』や『妖獣都市 オリジナルサウンドトラック』など、オブスキュアなイメージアルバム/サウンドトラックを数多く送り出した旧東芝EMIのFUTURELAND。まさに80~90年代アニメ音盤の魔窟とも呼びたくなるレーベルだ。
濱田金吾らをプロデューサーに迎えたシリーズは、2022年にリマスター復刻され、配信も開始。OVAシリーズのBlu-rayも発売された。高河ゆんは濱田金吾のファンであり、「真夜中の晴海埠頭で大好きな濱田金吾(!!)が作ってくれた、自分の作品の音盤を聴けるというのは、なんてもの凄い楽しみなんでしょう」ともライナーノーツで語っている。
アルバムは、複数の作編曲家や歌手が参加することで、単一の劇伴作家による統一世界とは異なる広がりを、十二分に獲得している。“WALHALLA”では、天上を巡るメリーゴーランドのような追想感を帯びた、幻想浮遊系ニューエイジが顕現する。一方、“Secret Blue”“Jewel City”“Blooming Heart”では、電子ドラムとシンセサイザーの煌めきが夜景と恋愛感情を結び、夜が深まる都市に恋の余韻が落ちていく。“Once”もまた、AOR/Light Mellowバラードという形式に、遥かな追憶と届かない情景を封じ込めた名曲だ。〈天界〉と〈夜の街〉が同じアルバム内で地続きになることこそ、本作が特異点であることを示す証左だ。
本作は厳密にはアニメサントラではなく、江口寿史のイラストレーションと音楽を組み合わせた、日本テレビ系の5分番組「スティル・ライフ」のサウンドトラックである。したがって、アニメ音楽そのものというより、2Dシティポップの周縁を示す、アニメ表象に隣接したメディアミックス作品として位置づけたい。
1991年のオリジナルCDは長く入手困難だったが、2024年にSad DiscoからCD再発/初アナログ化された。Sad Discoは、ディスクユニオンの制作部門DIW Productsが展開するFUJI傘下で、筆者がキュレーターを務めるレコードレーベルである。
本作は、物語を説明する通常の劇伴ではなく、土曜22時54分という放送枠そのものを短い都市の余白へと変える音楽であり、そこには幻想的な小さな物語が内包されている。“Offshore Dance”は、レフトフィールドな感性を携えたアンビエントハウスの反復にシンセの呼吸を重ね、海辺の夜気を室内へ運んでいくような趣を持つ。“If You Miss A Good Dream”ではバレアリックボッサとライトフュージョンが柔らかく溶け合い、“Feel Together”では避暑地のラウンジ感覚とシンセブギーが交差する。バレアリック、ラテン、ブラジリアン、ジャズ、ニューエイジが、単なるジャンルの見本市としてではなく、生活時間の湿度として配置された、90年代初頭の都市型環境音楽の隠れた真珠だ。
TVアニメ「美味しんぼ」の音楽を纏めた1989年のサントラの2017年再発盤。大谷和夫の劇伴を中心に、和泉常寛作曲の楽曲、結城めぐみによる初期主題歌“YOU”“TWO OF US”、中村由真による“Dang Dang 気になる”“LINE”を収録。後者2曲はボーナストラックであり、“LINE”は80年代終盤の2Dシティポップにおける最高峰の名曲だ。ともに作曲は林哲司、編曲は船山基紀。
料理アニメの音楽でありつつも、その基調は家庭的な温もりだけには終始していない。“グルメな夜に”“メトロポリスセレナーデ”では、サックスやエレクトリックピアノ、ギターが会話や食卓の背後へ滑り込み、バブル期東京のレストラン、街路、車内を思わせる都会的な奥行きを生み出す。“グラスに沈む夕日”の黄昏レゲエ的な緩やかな時間感覚、“庭園にて”の幻景に浸るニューエイジ的な静寂と微睡みも、食をめぐる物語の各場面を異なる時間帯の都市生活として描き分けている。歌謡曲制作と劇伴制作が、作編曲家やスタジオの技法を共有していた時代の厚みも聴き取れる。
これらの作品に共通するのは、アニメやイラストレーションの虚構へ、同時代の商業スタジオが持っていた演奏技術と録音美学を注ぎ込んだことだ。シティポップ、フュージョン、ブギー、Light Mellow、AOR、ニューエイジは、単なる流行の引用ではなく、架空の都市や海岸、恋愛、食卓、天上世界に時間と空気を与える装置としても機能している。
ミレニアル世代以降の――当時を直接経験していない世代にとって、日本の中枢都市に保存された大都会的な明るさや豊かな余暇の夜景、消費文化の残響、その余韻は、実際の過去そのものではなく、アニメーションによって増幅された〈あり得たかもしれない過去〉として、アニメ的記号と非人称性を経由して遠く響いている。シティポップの再発見に続いて、その制作文化を二次元世界の内部に保存してきた2Dシティポップには、なお膨大な未聴の領域が残されている。
なお筆者は、数年の時を費やし、実験音楽から実験ポップ、ニューエイジ、アンビエント、アニメトロニカ、レアグルーヴ、声優シティポップに至るまで、広義のアニメ音楽、イメージアルバム、アニメサントラ、声優楽曲、キャラクターソングなどを、〈オブスキュア〉以降の視点から、約900枚/約60年分セレクトした大著「ニューエイジ・アニメ・ディスクガイド(仮)」(DU BOOKS)を、鋭意出版準備中。






