シェル・タルミーが記録していた、デヴィッド・ボウイという物語の前日譚

 どんな物語にも導入があり、あらゆる変化には起点がある。生涯を通じて脱皮と変容を繰り返し、最終作『★』(2016年)で華々しい終わりを演出してこの世を去ったデヴィッド・ボウイについても、それは同様だ。ここ数年かけて彼のキャリアのアーカイヴ化は着々と進行し、昨年リリースされたボックスセットの最終章『I Can’t Give Everything Away (2002-2016)』にてボウイとしてのキャリアの流れが年表的なひとつの大河として一望できるようになったわけだが、それが彼のすべてではない。

DAVID BOWIE 『The Shel Talmy Recordings』 Parlophone/ワーナー(2026)

 変化を繰り返した彼のキャリアを巻き戻せば、デラム時代の初作『David Bowie』(1967年)があり、さらに遡ればそこにはデヴィッド・ボウイを名乗る前のレコーディングが残されている……というわけで、このたび登場した『The Shel Talmy Recordings』は65年に彼がシェル・タルミーと録音した音源を集大成した、言わばボウイという物語の前日譚にして、デヴィッド・ロバート・ジョーンズの音楽キャリアにとっての序章を記録した一枚である。ボウイの初期音源は90年代にライノが編纂した『Early On (1964-1966)』で後追い勢にも広く知られるようになったものだが、ここでは65年1月から8月にかけてのシェル・タルミーとの録音だけに焦点が絞られている。

 

シェル・タルミーと出会うまで

 後にデヴィッド・ボウイを名乗るデヴィッド・ロバート・ジョーンズはロンドン出身の47年生まれ。子どもの頃からダンスやリコーダー演奏などに才能を発揮していたという彼は、父親のレコードなどを通じてリズム&ブルースやロックンロールなどに親しんで育つ。リトル・リチャードの“Tutti Frutti”に〈神の声を聞いた〉と感じたという話も有名だ。ウクレレやベース、ピアノを弾くようになった50年代後半には友人たちとスキッフルを演奏し、15歳だった62年にはコンラッズという最初のバンドを結成している。なお、そのメンバーのなかに、女子をめぐる喧嘩でデヴィッドの左眼を損傷してしまった友人のジョージ・アンダーウッドがいたことも知られているかもしれない(両者の友情は保たれ、ジョージは初期ボウイ作品のアートワークも手掛けた)。ただ、プロになる野心のないメンバーたちに不満を感じたデヴィッドとジョージはバンドを脱退し、キング・ビーズというバンドに加入することになった。

 こうしてデイヴィー・ジョーンズ・ウィズ・ザ・キング・ビーズ名義で最初のシングル“Liza Jane”がヴォーカリオン・ポップというレーベルから発表されたのは64年6月のこと。ただ、アメリカ南部の民謡を改変したこの曲は成功することなく、彼らはすぐにレーベルとの契約を打ち切られる。さらにはバンドの得意とするブルースのカヴァーに不満を抱いたデヴィッドは、1か月も経たずにキング・ビーズを脱退してしまった。その後にデヴィッドが加入したのは、フォークやソウルも取り入れたマニッシュ・ボーイズというリズム&ブルース・バンドである。ここで登場したのがプロデューサーのシェル・タルミーだった。

 もともと出稼ぎのような形で渡英していたアメリカ人のシェル・タルミーは、デッカに入社して62年から音楽プロデューサーとして活動を始め、64年にキンクスの“You Really Got Me”とザ・フーの“I Can’t Explain”を送り出して脚光を浴びていた時期。さらなる新しい才能を探していた絶好調のプロデューサーと野心的なデヴィッドが出会い、64年12月にマニッシュ・ボーイズはタルミーのプロダクションと契約してレコーディングに取り掛かった。

 

英国産のサウンドとして

 そしてタルミーの拠点となるIBCスタジオで65年1月に録音され、同年3月にパーロフォンからリリースされたマニッシュ・ボーイズのシングルが、ボビー・ブランドのブルース・カヴァーとなる“I Pity The Fool”であった。そのB面に収められたスウィンギンな“Take My Tip”はデヴィッドが書いて初めて世に出た楽曲としても重要だろう。また、この2曲のレコーディングでは、当時タルミーのセッションでは常連だったギタリストのジミー・ペイジ(後にヤードバーズ〜レッド・ツェッペリン)が参加していて、そのファズから存在を察知するのは容易かもしれない。さらに、後にローリング・ストーンズらと仕事をすることになるグリン・ジョンズが新進のエンジニアとして参加していたのも興味深いポイントだ。とはいえ、このシングルも成功には至らず、デヴィッドは早速マニッシュ・ボーイズを脱退している(決断が早い!)。

 その後のデヴィッドは、それまでのアメリカナイズされたリズム&ブルースではなく、ザ・フーらに近いモダンなロンドン式のバンド・サウンドを志向して新たにデイヴィー・ジョーンズ&ザ・ロウワー・サードを結成。そのままタルミーとのレコーディングを続けた彼らは、65年7月に録音したシングル“You’ve Got A Habit Of Leaving”(皮肉なタイトル!)を翌8月にリリースする。デヴィッドにとって初の自作A面曲となった同曲はタルミーも出来映えに感銘を受けたそうで、デヴィッドの意図の通りにザ・フー似のラウドでダイナミックなサウンドは格段のかっこ良さだ。B面の“Baby Loves That Way”もデヴィッド自作でザ・フー様式そのまんまの作りで、実際にピート・タウンゼントに釘を刺されたという逸話もあるが、オリジナリティはさておき理想の音を鳴らさんとする勢いは感じられるのではないか。なお、こちらの2曲のセッションではニッキー・ホプキンスがピアノを弾いているのも重要だろう。

 しかしながらこのシングルも成功することはなく、別の問題もあって(詳細はライナーノーツを参照!)デヴィッドはタルミーと袂を分かつことになる。結果的にリアルタイムで世に出たのはシングル2枚に収録の計4曲のみ。しかしながら、8か月の間にもっと多くの録音が残されていたことは、今回の『The Shel Talmy Recordings』が証明する通りである。

 

ボウイにとっての重要な時代

 すべてタルミーが権利を所有するこの時期の音源のうち、いくつかは先述の『Early On(1964-1966)』やタルミー仕事のコンピなどで世に出ていたものもあるが、今回は完全に未発表だった10曲を含めて全22曲がコンパイルされている。初出音源の多くはデイヴィー・ジョーンズ&ザ・ロウワー・サード名義での録音と、デイヴィー・ジョーンズのソロ名義で残されたものが混在している。曲単位でどうこう言う類の作品ではないが、この時代固有のジャカジャカ感にふと後年のティン・マシーンを思い出したりもして、もしかしたらこのティーン時代の屈託のないノリをボウイは取り戻したかったのでは……と思わなくもない。

 実際にボウイ自身がこの時代に愛着があったであろうことは確かで、ブレイク後の73年に発表したカヴァー・アルバム『Pin Ups』ではこの65年前後のキンクスやザ・フー、イージービーツといったタルミー仕事の楽曲が多く選曲されていて、レトロスペクティヴの試みとしても非常に興味深い。さらに、21世紀に入ってからのボウイが〈グラストンベリー〉出演時のバンド・メンバーと共に過去曲のセルフ・カヴァーに挑んだ未発表アルバム『Toy』(2021年に公式リリース)においても、ロウワー・サード時代の“You’ve Got A Habit Of Leaving”や“Baby Loves That Way”が再録音されている。控えめに言っても、ボウイにとって重要な意味を持つ時代だったのは間違いなさそうだ。

 仮にそうでなくても、『The Shel Talmy Recordings』収録の音源を録り終えた直後の65年9月に、彼は新たにデヴィッド・ボウイを名乗ってパイと契約し、新しいキャリアを歩みはじめていくことになるのだ。そう思えば、まさしくボウイ前夜の創作を記録した貴重な音源集として本作を楽しみたいものである。 *出嶌孝次

左から、デヴィッド・ボウイの73年作『Pin Ups』(Parlophone)、ニッキー・ホプキンスの67年作『The Revolutionary Piano Of Nicky Hopkins』(Columbia)

 

60年代半ばの英国サウンド最前線を切り開いていたシェル・タルミー

 キンクスやザ・フーの一連の楽曲を手掛けていたというだけでブリティッシュ・ロックのある部分を生み出すのにシェル・タルミーが貢献していたことはよくわかる。彼のプロデュース作法は演者にやりたいようにやらせて良い部分を引き出すというもので、それと同時に独自のマイキングを工夫していたレコーディングに臨んでいたことが独特の粗削りなサウンドの耳触りに直結していたとも言える。70年代を迎える頃には関心がレコード制作以外に移っていくことになり、79年にはアメリカに帰国。以降もマイペースに仕事を続け、2024年に87歳で逝去した。

シェル・タルミーの仕事をまとめた公式の編集盤。
左から、『Planet Mod (Brit Soul, R&B And Freakbeat From The Shel Talmy Vaults)』『Shel’s Girls From The Planet Records Vaults』(共にAce)

 

THE WHO 『My Generation』 Brunswick(1965)

“Anyway, Anyhow, Anywhere”や“I Can’t Explain”などのシングルを手掛けて実績を残してきたタルミーながら、マネージャーと揉めて手を引いたためプロデュースしたザ・フーのアルバムは本作のみ。シングル群も含めてボウイも模倣するほどのかっこよさ!

 

THE KINKS 『The Kink Kontroversy』 Pye/BMG(1965)

スリーター・キニーのオマージュしたジャケでも知られるこちらも、初期から続くシェル・タルミーのプロデュース。レイ・デイヴィスらしい苦みもある“Where Have All The Good Times Gone”はボウイが『Pin Ups』でカヴァーしていました。

 

THE EASYBEATS 『Easy』 Parlophone(1965)

オーストラリアはシドニー発ビート・バンドのファースト・アルバム。この時期のシングル“Friday On My Mind”はシェル・タルミーの重要な仕事のひとつで、ボウイが『Pin Ups』で取り上げたほか、フリッパーズ・ギター某曲の元ネタとしてもお馴染み。

 

VARIOUS ARTISTS 『Making Time: A Shel Talmy Production』 Ace(2017)

時代的にシングル音源が中心だったり、現実的には廃盤も多いので、こうした公式コンピは便利&ありがたいです。クリエイションの“Making Time”をはじめ、マンフレッド・マンやリー・ヘイゼルウッド、ミッキー・フィンらのタルミー仕事がたっぷり味わえます! *轟ひろみ

 

ここ数年で発掘/復刻されたボウイ作品も繋げて楽しもう!

DAVID BOWIE 『David Bowie (Deluxe Edition)』 Deram/Decca/ユニバーサル(2024)

パイからも解雇されたボウイがデラムと契約して完成させたセルフ・タイトルのファースト・アルバム。モッドなバンド・サウンドを離れ、同時代のキンクスや『Pet Sounds』に影響されたバロック・ポップの魅力は、“Space Oddity”の初期ヴァージョンなどレア曲も楽しめる2CDのデラックス・エディションでチェックしたい。

 

DAVID BOWIE 『Laughing With Liza: The Vocalion And Deram Singles 1964-1967+』 Decca(2023)

本文中にも出てくるヴォーカリオンでのデビュー・シングル“Liza Jane”(64年)と、“Rubber Band”(66年)をはじめとするデラム契約後の4タイトルという、デッカ所有音源の7インチ・シングル5枚をセットにしたコア&リッチなリスナー向けのボックス。最初期音源を含むコンピなどもいずれ復刻されそうな気はしますが……欲しいなら今でしょ!

 

DAVID BOWIE 『Moonage Daydream』 Parlophone(2022)

ブレット・モーゲン監督によるボウイの公式ドキュメンタリー映画「デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム」のサントラ。でありつつ、ここでしか聴けないリミックスやエディット音源、ライヴ音源などが2CDに満載されたニクい内容でもあります。プロデュースはトニー・ヴィスコンティが担当していて、流石に期待を裏切らない出来です!

 

DAVID BOWIE 『Rock ‘N’ Roll Star!』 Parlophone(2024)

ロック史上最大のペルソナ、ジギー・スターダストを降臨させていた71〜72年の活動を5枚組CDとBlu-rayの特大ヴォリュームにて集大成! かの歴史的大作へ至るデモやアウトテイク、ライヴ音源、シングル音源などなどがギッシリ詰まっている。そしてここでも“I Can’t Explain”を聴くことができたり、慈愛は繋がっています。

 

DAVID BOWIE 『Toy』 Parlophone/ワーナー(2021)

ボウイとマーク・プラティが共同プロデュースし、アール・スリックやゲイル・アン・ドーシーらが在籍した時期のツアー・バンドと2000年に録音し、サプライズ・リリースする予定だったというセルフ・カヴァー集。64〜71年の曲から選ばれていて、ロウワー・サード時代の2曲もエナジーに溢れた最強バンドの演奏で味わうことができます!

 

DAVID BOWIE 『I Can’t Give Everything Away (2002-2016)』 Parlophone/ワーナー(2025)

数年かけて続いてきたアーカイヴ・ボックス・シリーズの最終弾は、『Heathen』から『★』へ至るまでの時期のアルバムやレア/未発表音源などを盛り込みまくった13CDの超ヴォリューミーな文化財。このシリーズが完結して、過去もシェル・タルミーまで遡ることもできて……次はそろそろティン・マシーンの大発掘になるでしょうか(ならんよ)。 *出嶌孝次