知られざるジギー・スターダスト誕生前夜
映画「スターダスト」は、そのタイトルが示唆するように、デヴィッド・ボウイがジギー・スターダストという自身が扮するキャラクターを作り出し、スターダムに駆け上がる前年の、アメリカへのプロモーション・ツアーを題材に、その事実を参照しながら作られたフィクションだ。
もちろん、この映画は、完全なフィクションではなく、基本的には事実にもとづいて構成された、アーティストの自伝的映画である。その点からすれば、近年公開され話題となってきたミュージシャンの伝記映画も、そのほとんどがすべてを事実に忠実に作られているわけではない。それらも事実を下敷きにしながら、映画としての物語性を強調するための脚色や、人間関係や時系列のアレンジなどが少なからず行なわれており、実際に事実との相違も指摘されている。
監督のガブリエル・レンジは、そうした自伝的映画がどうしようもなく完全なドキュメンタリーではありえないことに自覚的であったのか、映画は冒頭に「ほぼ事実にもとづく」と宣言されて始まる。それは、この映画が、遺族の公認を得られぬままに制作、完成されたという事情もあるだろう。しかし、もうひとつには、この映画で中心に描かれるのが、ボウイがまだ1曲のささやかなヒットしか持っていない、アメリカでは無名のアーティストだったころ、プロモーションのために初めてアメリカを訪れた、その数週間の出来事だということである。このアメリカ行きについては、映画の中にも登場するエピソードで、ボウイがアンディ・ウォーホルのファクトリーを訪れて、スクリーン・テストを行なったことが知られている。しかし、そのほかの記録はあまり残っていないという。それゆえ、想像の部分によって補填されなければならない部分があり、それこそが事実から内実を推察して創造された、隠されたストーリー=フィクションとして立ち上がってくるということだろう。
しかし、監督が言うように、骨子となるエピソードは事実にもとづくものであり、こうした伝記映画の常として、ボウイファンであるならどこかで読んだり、聞いたりした、伝記本などでもよく知られたエピソードが随所にあらわれる。ただ、当時の妻であったアンジーとの関係など、その細部の描写には事実と異なる部分があり、異論もあるようだ。この映画は、伝記映画に見られる、いわゆるサクセス・ストーリーや栄枯盛衰のようなドラマをアーティストの半生を通じて描き出すものではない。アーティストがのちに創造性を大きく開花させるきっかけとなった出来事を含むわずかな期間に、どのようなドラマがあったのかを描いたものだ。