1月11日に伝えられたデヴィッド・ボウイの訃報は、偉大なるスターが亡くなったことへの喪失感はもちろんとして、死の直前にリリースされたアルバム『★』がキャリア屈指の完成度だったが故に、あまりに衝撃的だった。Mikikiでは『★』特集の第2弾として、新作を切り口に〈ロックンロール・アイコンとしてのボウイ〉を掘り下げる内容を当初企画していたが、その方針も踏まえつつ、この記事をもって〈地球に落ちて来た男〉に追悼の意を捧げることにした。
今回ご協力いただいたのは浅井健一、土屋昌巳、THE NOVEMBERSの小林祐介という、世代は異なれど交流の深い3人。SHERBETSのリーダーとしてニュー・アルバム『CRASHED SEDAN DRIVE』を発表したばかりの浅井は、このインタヴュー中に〈ボウイの詩作に影響を受けた〉と語っている。かつてプロデューサーとしてブランキー・ジェット・シティに携わった土屋は、ボウイの2013年作『The Next Day』が発表された際に〈やっぱり僕はあなたになりたい〉とコメントを寄せるなど、アーティストとして決定的なまでの影響を受けたという。さらに小林は、THE NOVEMBERSとして土屋をプロデューサーに迎えたミニ・アルバム『Elegance』を昨年リリースし、浅井率いるROMEO's bloodのメンバーでもある。自身もニューウェイヴに大きなルーツを持ち、その先駆けであるボウイの存在はやはり大きいのだとか。
『★』の最後の曲“I Can't Give Everything Away”で、ボウイは達観したような声で〈すべてを渡すことはできない〉と歌っているが、この3人はそんなボウイから何を受け取ったのか。音楽評論家の小野島大氏を聞き手役に迎えて、エピソードの数々を語ってもらった。 *Mikiki編集部
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歌に熱いものを感じるというか。この人真剣だなって(浅井)
――この座談会の企画が持ち上がった時は、新作『★』を切り口としてボウイの魅力を語っていただこうという趣旨だったんですが、リリース直後にボウイが亡くなるというまさかの事態に全員が衝撃を受けています。皆さんがその死をどう受け止めたか、お話しいただけますか。
小林祐介「ボウイが亡くなったのを知ったのは、ちょうどライヴで沖縄に向かう途中だったんですが、新作が凄く良かったという話で僕の周りが持ちきりだったので、なんだか現実のこととは思えなかったんです。もともとボウイという人は自分のなかでは伝説の存在で。〈本当にいたんだ〉ぐらいの。なので、亡くなったのもまったく実感が湧かなくて。最近になってからようやく、ずしんと重いものを意識しはじめた感じです」
浅井健一「〈まじか!〉って感じだったよね。今日改めて『★』をじっくり聴いとって……凄い良かったんだわ。声が格好良くて。一番始めに小学校の時に聴いたもんだで、その時もカッコイイ声だなと思ったんだけど、ずっと……死ぬまで声って変わらないんだなと思った。メチャクチャ寂しいね……」
土屋昌巳「僕の場合はもう一言では言い表せない思いがあります。正直な話、薄々は知ってたんですよ。余命はそんなにないなっていうのは。2004年には動脈瘤でツアーをキャンセルしたり、心臓の病気で体調が良くないというのは聞いてて。なので、ある程度心の準備はできていたんです」
――そうだったんですか。
土屋「ボウイはまさにリアルタイムで聴いてきました。大学に入るために東京へ出てきた時に〈Ziggy Stardust〉(72年作『The Rise And Fall Of Ziggy Stardust And The Spiders From Mars』)で知って。それからずっと、価値観から何から、ほとんど彼が指標でした。ボウイだったらこのコード・チェンジはしないだろう、ボウイだったらこのジャケットは着ないだろう、というふうに。音楽だけじゃなく、何か選択を迫られた時に何を優先すべきか。それらすべてを彼に教わった。いつもボウイの作品のレヴェルに照らし合わせて自分の作品も考えていました。もちろん、その間に影響を受けたアーティストはいっぱいいますけど、僕にとってはやはりボウイが絶対だったんです」
――なるほど。
土屋「ベンジー(浅井)が、新作を凄い良かったと言ってくれたことは嬉しい。直接的にボウイの影響から派生してる音楽じゃないものをやってるのに、ベンジーが聴いてもカッコイイ。小林くんの周りでも評判が良かったっていうし。いま売れてる流行りものなんか比じゃないですからね、ここ数年のボウイの作品におけるアートとしてのレヴェルの高さは。それを彼らのような若く優れたミュージシャンがちゃんと評価してくれている。それがとても嬉しい」
――わかります。
土屋「プロデューサーのトニー・ヴィスコンティによれば、『★』は前作『The Next Day』(2013年)とは違って、これまで発表してきた作品にはない路線で作るつもりでスタートしたらしいんだけど、知らないうちに昔のものが忍び寄ってきたっていうのが泣けた」
浅井「そう。サックスの音とかさ、凄い懐かしい感じがした。コーラスの入り方とかさ」
土屋「特にサックスはさ、ボウイ自身がそこから音楽に入ってるからね。元はジャズ・バンドのサックス・プレイヤーだったから。そこは物凄くこだわってるよね、聴こえ方。〈どうだ!〉ってこれ見よがしじゃないんだよね。一個一個の音が本当に素晴らしい」
浅井「うん、そうだね」
土屋「ヴィスコンティも言ってたけど、とにかく破格の人だった。たぶんボウイがやりたかったヴィジョンは、ここで僕らが聴く以上のものだったと思う」
――浅井さんがボウイを知ったのは、どういうきっかけだったんですか。
浅井「姉が洋楽を好きで、隣の部屋から聴こえてくるわけ。カーペンターズとかさ。姉がいない時に部屋に入り込んでさ。勝手に『ミュージックライフ』とか見とって。〈Ziggy Stardust〉のLPもあって、それを聴いてからだね。中学生の時かな。初めは全然ピンとこんかったし、格好良さもわかんなかったけど、そのうち〈カッコイイな〉って気付いて。何がいいのかわからんけど、歌に熱いものを感じるというか。この人真剣だなって。伝わってくるものがあったんだと思うよ。その時はすでにいろんな音楽を聴いとったけど、とりわけ格好良さを感じたかな」
土屋「ベンジーが〈真剣さを感じた〉っていうのが素晴らしいよね。イギリスだと彼の音楽は〈Serious Music〉と言われているんですよね。要するにロックンロールとかポップスの価値観では語れない存在。日本語に訳すと〈真剣〉」
――それはアートって意味でしょうか。
土屋「そうですね。その姿勢は〈Ziggy Stardust〉の頃にはあったと思うんです。でも一般的に〈Serious Music〉を確立したとされるのは、もっと全然後じゃないですか。それこそ『Low』(77年)や『Heroes』(77年)の頃。僕がボウイのピークだと思うのもその頃ですけど、ベンジーは〈Ziggy Stardust〉で〈真剣さ〉を感じた。流石ですね。でもお姉さんに教えてもらったのは良かったね。そうじゃなきゃ絶対素通りしちゃうよね」
浅井「絶対そうだと思う。(姉の)デヴィッド・ボウイの切り抜きがスクラップ・ブックになっとったもんね」
土屋「そうなんだ、いいなー(笑)。そういう環境が羨ましい」
――グラム時代の、お化粧してど派手な衣装の写真ですか。
浅井「なんだっけ、ナントカ寛斎……」
土屋「山本寛斎」
浅井「そう、山本寛斎がデザインした日本語の入っている衣装を着た写真とかさ」
――来日公演の時の〈出火吐暴威〉ですね。
浅井「うん。黄色いサングラスかけてオレンジ色の髪の毛した、すんごいカッコイイ写真もあってさ。お洒落だよねえ」
――中学生の時に、すでにそういう洗礼を受けていたわけですね。小林さんがボウイを知ったきっかけは。
小林「父親ですね。父親がキング・クリムゾンやボウイとかが好きで、しょっちゅう聴いてたんですよ。ステレオセットの前で腕を組んでレコードを聴いてるのが日常だったんですね。それで、僕が学校から帰ってくると、いろいろ聴かせてくれるんですよ。小学生だったのにクリムゾンとかピンク・フロイド、EL&Pなどをワーッと聴かされて。そのなかにボウイがあったんです。その時はまったく意識することなく聴いてたんですけど、あとで父親に、僕が唯一〈いい〉と言っていたのが『Low』だったと聞かされて」
土屋・浅井「おお~~~」
小林「どれを聴いても、何も反応しなかったらしいんですけど、『Low』だけは反応したみたいです(笑)。凄くキレイな音楽だと思ったんですね。それで父親からCDを譲り受けて、いろいろボウイを聴きはじめて、本格的にハマったのは大学の時ですかね。とにかくカッコイイと思いました」
――小学校時代からのお父さまのロック英才教育があって、今の小林祐介がある(笑)。
土屋「じゃあ、ミュージシャンになりたいとか言っても反対されなかったんだ?」
小林「父が弾いているギターが家にあって、僕が触るとすごく喜んだんですよ」
土屋「ああ、いいな~」
小林「だからいろいろ教えてもらって。こうやると音が歪むんだ、とか(笑)。ずっと応援してくれてましたね」
――親に反対されてた世代としては……。
土屋「反対なんてもんじゃないですよ(笑)! もう逃げ隠れして練習してたもん、ほんとに(笑)。そういう意味ではおもしろいよね。影響の受け方、入り込み方が三者三様というか」
――世代ごとにくっきり分かれてますね。
土屋「ただ、どの世代でも一様に〈カッコイイと思った〉っていうのが凄いよね」
――〈何がカッコイイのか?〉と問うのは野暮だと思いますが、ボウイの何が一番格好良かったのでしょう。ルックス、音、生き方……。
土屋「なんだろうね? やっぱり人と違ったことなんじゃないかな。それまで見たことないものだった。だから気持ち悪いから拒否する、って可能性もあるわけじゃない? いろんな意味で破格の存在だし、偉大なアーティストではあるけど決して一般性のあるポップスターじゃないから。だって今度の『★』が初の全米1位だよ? 『Let's Dance』(83年)ですら1位になってないんだよ? でも死んだらNHKのトップ・ニュースになるんだから」
――数字に表れないような影響力があったということですね。
浅井「小学生か中学生の時、ボウイのライヴをテレビでやっとったんだよね。それを観逃したお姉ちゃんがめちゃくちゃ怒っとった(笑)」
土屋「そりゃ怒るよね(笑)!」

『★』でボウイの音楽に〈リアルタイム性〉を初めて意識しました(小林)
浅井「『地球に落ちてきた男』って映画(ボウイが初主演した76年作)あるじゃないですか。あれ全然意味わからんかったけどね(笑)」
土屋「いや、あれ最高だよ! あれと、みんな言わないけど『ハンガー』(83年)は素晴らしいですよ。吸血鬼になっちゃうやつ。映画俳優としてのボウイは、ニュースではせいぜい〈戦メリ〉(83年作『戦場のメリークリスマス』)しか触れられないけど。でも音楽はもちろん、映画でもすごく影響力があったんだよね」
浅井「〈ラビリンス〉(86年作『ラビリンス/魔王の迷宮』)とか」
土屋「あれも良かったね。いっぱいやっているんだよね」
――舞台「エレファント・マン」(80年)など、ボウイは俳優業にかなり力を入れていた時期もあったわけですが、土屋さんはどうご覧になっていたんですか。
土屋「いやもう、めちゃくちゃ格好良いと思っていたし、当然そうなる(俳優業に力を入れる)だろうなっていう。すごくブレヒト(ベルナルド・ブレヒト:ドイツの劇作家。1956年没)に傾倒していたからね。ブレヒトの芝居もやってるんですよ(82年作『BAAL』)。ジギー・スターダストを名乗る前は(68年に)リンゼイ・ケンプのパントマイムの学校に通っていたし。舞台の上に立つ人間がどうあるべきかっていうのをすでに学んでいたからね」
――デビューして泣かず飛ばずの雌伏の時に、音楽修行をするのではなくパントマイムを学ぶって発想が際立ってますよね。
土屋「革新的ですよね。ジギー・スターダストだって演劇じゃないですか。演劇的な脚本が頭の中に出来ていて、そのために自分の身体をそういうふうに作り変えていく。手足の動かし方をちゃんと学んで。だから俳優業に傾倒していくのは当然だった。第一、舞台とか映画の人は放っておかないでしょう、あれだけのキャラの人を。演技力も、見た目のカリスマ性も」
――土屋さんはボウイのベストはどのアルバムだとお考えですか。
土屋「ピークは『Low』や『Heroes』だと思うんですけど、それはサウンド面だけの話じゃない。そこでボウイが言いたかったのは、資本主義に対するアンチテーゼなんです。そういう政治的/思想的なことを直接的には口に出さないけど、ヒントは音楽のあちこちに散りばめてある。『Low』は、世界がなぜナチズムに傾倒していったかという考察が根底にある。それをミュージシャンだから凄く楽しんだんじゃないですかね。政治家だったら物凄くシリアスになっちゃうでしょ。でも音楽家として、ひとつの要素としてそれを持ち込んだ。ベルリンの壁のすぐ脇のスタジオで、ロバート・フリップとイギー・ポップとブライアン・イーノとデヴィッド・ボウイが一緒にいる。それだけで意味があるわけですよ。それが完璧に資本主義に対するアンチテーゼとして作品化されるということですよね」
――あからさまなメッセージにしない、というのは確かにそうですね。
土屋「気付いた人だけわかればいい。言葉にする責任もあるでしょ。ボウイからは、なにを学んだらいいのかを凄く教えてもらった。勉強しないと追いつかないんだよね。シュールレアリズムや表現主義、資本主義とは何かとか。当然そのへんの文献に当たるじゃないですか。〈これって何だろう?〉ってところから、バーッと興味が広がっていく」
――ロックを通じて世界を見る、そういう見方を植え付けてくれた。
土屋「うん。音楽の大事な仕事のひとつに、それは絶対ある。(現代は)売れればいいやって姿勢があまりに多すぎちゃって、音楽が本来やるべきことがなされていない。音楽が伝える力ってすごく重要ですよ」
――そういう意味でボウイの影響力は大きい。それはレコードの売り上げとは必ずしも関係ない。
土屋「ボウイに影響を受けてミュージシャンになったり、アートをやるようになったり、要は文化に携わるようになった人がどれだけ多いかってことですよね。そういう影響力を持ったのは(ロック・ミュージシャンでは)ビートルズが最初でしょうけどね。ボウイの影響力も本当に大きい」
――浅井さんはボウイの作品でどれが一番お好きなんですか。
浅井「アルバムは〈Ziggy Stardust〉、曲は“Blue Jean”が好きかな。ディスコで踊ってました。
――(地元である)名古屋の?
浅井「うん、名古屋の(笑)。あれがかかると踊るよ」
――ボウイの魅力って何ですか。
浅井「カッコイイとこだね。凄いじゃん、ライヴも。完璧で。世界にデヴィッド・ボウイが存在してなかったらめちゃくちゃ寂しいんじゃない? 音楽シーンが」
土屋「ベンジーから見ても、ああいうライヴってカッコイイと思う?」
浅井「思う」
土屋「ああ、それは凄いな。(浅井の)やってることって(ボウイとは)全然逆……じゃない?」
浅井「ああ、そうですね」
土屋「ベンジーの場合は、(ステージに)上がって、ただ純粋に自分の歌を歌う。ボウイの場合は……」
浅井「完璧に作り込んで」
土屋「第一歩からもう計算してる」
浅井「エンターテインメントだけじゃなくて、(歌詞で)言ってることがカッコイイと思うし」
――ボウイみたいなアーティストになりたいとは思わなかったですか。
浅井「なりたいと思ってもなれんでしょう、ルックス違うで(笑)。ボウイの真似しとる人めっちゃくちゃおるよね、日本でも」
土屋「僕はノッティング・ヒル・ゲート(ロンドン地下鉄の駅)で(ボウイを)一度見かけたことあるけど、普段はわりとベンジーみたいだったよ(笑)。ゴム草履みたいなのを履いて(笑)。だから作ってる部分もありますよね」
――私も1回だけ取材で会ったことありますけど、すごく気さくで気遣いする人という印象でした。ボウイみずから、われわれにお茶を煎れてくれて。
浅井「うん、だってモーツァルトも気さくだったもん」
土屋「なんか友達みたい(笑)」
浅井「映画で観ると(笑)」
――小林さんはボウイではどれが一番好きなんですか。
小林「一番好きってことだと……やっぱり『Low』かもしれないですね。思い入れもあるけど。あと『★』も物凄く、本当に好きですね。ミュージシャンとしての自分にフィットしたというか、リアルタイムで体験したアルバムだし。ボウイっていうのを置いといても、ケンドリック・ラマーやディアンジェロとか、去年~一昨年ぐらいから(自分が)凄く好きなテイストの音楽が出てきて、まさかボウイもこういう感じでくるとは思わなかったので」
――詳しくお話いただけますか。
小林「そうですね……。まずは〈ボウイの新譜〉というだけでワクワクして、かなり期待度を高くして聴くじゃないですか。で、1曲目(“Blackstar”)を聴いた時点で……僕、スコット・ウォーカーが凄く好きなんですけど、そういう深遠な、みぞおちを抉られるような世界観で始まるところで一気に引き込まれて。で、4曲目の“Sue (Or In A Season Of Crime)”で、まさかと思った。少し前からあった曲じゃないですか」
――先にリリースされたベスト盤(2014年作『Nothing Has Changed』)に別テイクが収録されてましたね。
小林「そう。〈この曲がこのアルバムに入るんだ〉という意外性もあったし。なにより最近の新しいジャズのミュージシャン、ドラムのマーク・ジュリアナとかも参加していて、物凄く衝撃的だったけど、これは自分のいま欲しい音であり、ちょうどフィットする感じの音だったんですよね。タイムリーというか、ボウイの音楽に〈リアルタイム性〉みたいなものを初めて意識したんですよ」
小林「もちろん素晴らしい作品は(過去に)いくつもあったけど、それは当時の音を振り返って聴くような感じだったんですね。3年前に出た『The Next Day』の時も、凄い作品とは思ったけど、リアルタイム性から言うと、〈伝説のミュージシャンによる素晴らしい新譜〉ぐらいにしか思わなかった。でも今回の『★』に関しては、間違いなくリアルタイム性を感じて、いまの自分が欲しい音だと感じたのが、一番これまでとは違かったところですかね。だからだと思うんですけど、それまでボウイにあまり関心がなかった僕の友達も凄く反応して。〈ボウイの新譜聴いた?〉と連絡が来たり。同世代の友達とボウイのことを話すのも初めてのことだったんです」
――馴染みの薄い、しかも畑の違うミュージシャンを使うのは勇気がいると思います。しかも全員。
土屋「あのね、音楽って達観すると絶対そこに行くの。それこそ、得意の分野じゃない楽器を弾いてもらうっていうのが、最高のレヴェルなんですよ。それを最初にやったのがビーチ・ボーイズの『Pet Sounds』(66年)です。あのアルバムがなんで素晴らしいかというと、各界の達人を呼んできて、その(担当の)楽器じゃないものを弾かせるというね。それがブライアン・ウィルソンの天才的なところで。バーニー・ケッセルという当時最高のジャズ・ギタリストを呼んで、マンドリンを弾かせるとか。細野晴臣さんも言ってました、〈天才的なミュージシャンにやったことのない楽器をやらせると、物凄い効果が出る〉って。だから細野さんもマリンバやハモンドとかを自分で弾くじゃないですか。得意じゃないからいいんだよと」
――でも失敗する可能性もあるわけですよね。
土屋「失敗しないですよ、どう転んでも。天才的なミュージシャンなら。やらされるミュージシャンからすれば、物凄くワクワクしますよ。ヴィスコンティが言ってましたよね、ロックの人たちにジャズっぽくやってもらうよりも、ジャズの人たちにロックっぽくやってもらったほうがずっと効果的だと。ボウイ自身もそれはずいぶん前からわかっていたと思う」

ボウイは音楽に寄り添ったまま死んでいく様を見せてくれた(土屋)
――『★』が最後の作品とわかっていて、そういうアルバムを作るのが凄いところですね。
浅井「死を覚悟して作ったアルバムってことだよね。アルバムを作ったら、できれば売れてほしい、ヒットしたらいいな、という思いが絶対あるじゃないですか、根底に」
土屋「うんうん」
浅井「もちろんそれを前面には出さないで、純粋に歌おうと思って歌っているんだけど、ボウイは自分の死がわかってるから〈このアルバムが売れたらいいな〉なんて、ひとかけらも思ってなかったと思う。ただ単純に歌ってアルバムを作って。何の欲望もない声、何の欲望もない人の声なんだなって、(『★』を)聴きながら思ったけどね」
土屋「そうだね」
浅井「ただ、歌う。100%の思いを込めて。自分が死ぬってわかってるからさ。そういう状態の歌声なんだと思うと、より一層歌が入ってきますけどね」
土屋「『The Next Day』やその前から、僕らみたいにずっと聴いてきた人なら、衰えがわかると思うのね。年齢的なものもあるし、肉体的な衰えも。でも、それでちょうどいいバランスになった。アスリートの人たちもそうなんだけど、60~70パーセントの力でやれるのが理想なんですよね。でもどうしても力んじゃう。70年代や80年代のボウイって、体力があるから120パーセントの力を出して、半ば唸っちゃうみたいな歌い方になっていた部分があると思うのね。でも新作ではもう物理的にできないし、しようとも思わなかっただろうし。ただ〈あっ〉と声を出した時に素直に音楽として溶けていったというかね」
――力みも作為もない声。
土屋「うん。絶頂期のボウイを知らない人が聴いても別の感動があるはずで。どっちから聴いても凄いアルバムだと思いますね」
――スポーツ選手が加齢で筋力などあちこちが衰えて、でも多くは若い頃の自分のままのつもりでプレイするから、そのギャップが解消できないで壁に当たる。その一方で、衰えた自分の身体に合ったフォームを工夫すれば選手寿命も延びる。同じように、ボウイも声などいろんな衰えをカヴァーするような歌い方ややり方を身に着けていったということでしょうね。
土屋「でしょうね。そういうところはとっくに気付いていたというか」
――『The Next Day』の前に10年間のブランクがありました。もしかしたら、最初はあのまま引退するつもりだったんでしょうか。
土屋「(そういう考えも)あったでしょうね。心臓の病気だからどうにもならない部分もあったでしょうし。だからこそ『The Next Day』ではがんばったんじゃないかな。やれる、とわかった時に。だから……語弊のある言い方だけど、たぶん〈意味のなさ〉に気付いたんだと思うね」
――意味のなさ?
土屋「つまり作品を作っても、それは自分の世界でしかない。一度作って世に送り出した作品が人にどんな影響を及ぼそうが、音楽を変革しようが、そんなことはどうでもいい。僕ですら、絶対に過去を振り返ったり懐かしがったり、あの時は良かったとか、そんな思い返すことはしないしね。一度作り上げた作品は、しょせん過去でしかない。その意味のなさに気付いた。歌詞にも出てくるんですよ。〈It’s nothing to me, It’s nothing to see〉と(『★』収録曲“Dollar Days”)。〈どうってことはない、見るほどのものじゃないよ〉、っていう」
――〈もし俺が英国の古き緑を二度と見ることがなくても〉という言葉を受けての一節ですね。
土屋「この2行を見た時、ああこの人は〈人生の意味のなさ〉に気付いているんだなと思いました。そこにかつて自分は確かに存在していたけど、それはもう意味のないものだという」
――一種の諦めというか達観というか。
土屋「物凄く達観してますね。『The Next Day』の時に、すでにそれはあったと思う。ただあの時はまだ別のサーヴィス精神があった。ロック然としたボウイというか、これやったら喜んでくれるんじゃないか、という曲が何曲もあったしね。でも『★』には、そういう曲はないわけ。わかろうとしないと、わからない」
――アルバム全体にいろんな謎が配置してありますね。
土屋「そう。それは選ぶ側の自由だしね。興味ない人はまったく興味のないまま通りすぎていくだろうし。僕みたいにそれで感動をもらえる人は、山ほどもらえるし」
――ボウイはアルバムごとに音楽性ががらりと変わる人で、むしろ変わることを期待してわれわれは聴いていたところもあったと思います。そのように変わっていく中で共通するボウイらしさのようなものがあるとすれば、それはなんでしょうか。
土屋「そういう意味でのボウイの音楽的価値観って、ある意味で〈Ziggy Stardust〉で確立されていると思います。あとは上に乗っけるものの変化。いままで手で弾いてたやつをシーケンサーにやらせる、生楽器だったのをシンセで弾くとか。ボウイはビートルズが大好きだったけど、ビートルズ的なものを除外して、軽い意味でのポップスというものも除外して構築していった。ボウイらしさという意味では、一番わかりやすいのはコード進行だと思う。今回もいっぱいあるし。このコード進行でこのメロディー、〈ああ、ボウイだな〉という」
――それは音楽的な特徴として変わらない。
土屋「そう。だからヴィスコンティが言ってた〈昔のアイデアがどんどん忍び込んできた〉っていうのは、そこなんじゃないかな。たぶん自分でもそれが好きだったんでしょうね。“Ashes To Ashes”って曲があるでしょ。あれもそういうボウイらしい曲作りの、ひとつのピークだったと思う。かつてロックで、ああいうコード進行でああいうメロディーで格好良くやった人はいなかったよね」
――話は尽きませんが、最後に一言ずつ。それぞれがボウイから受け取ったものを教えてください。
浅井「世界観から凄く影響を受けたのかな、俺は。コード進行やメロディー、歌、ライヴとかファションとか。自然に俺の中に入っとって、いままでの作品にも、これからもずっと影響を受け続けると思うけどね」
小林「僕らが新作(THE NOVEMBERSの2015年作『Elegance』)を作ってる時に昌巳さんから受けた影響でもあるんですけど、自分がステージに上がる時に〈これはいる、これはいらない〉という判断をする、という。全部を持ったままステージに上がるんじゃなくて、〈自分がステージに立って表現することはこれだから、これだけ持っていこう。それが自分の美しい姿なんだ〉という。そういうことを初めて意識することができたんです。そういうボウイや昌巳さんから受けた影響を、自分の人生のなかで高めていけたらいいなと思います」
――必要なものと必要でないもの。
小林「普段はいつも朗らかで良い人のボウイであっても、ステージで人の良さとか朗らかなボウイを出すことはないから、みんなプライヴェートでのボウイの姿を意外に思うわけじゃないですか。だからステージ上でそれが必要なのか、それが本当に表現したいことなのか、自分の貴重な時間を使って。自分が本当に作り上げたいもの、表現したいものをステージや、記録として残すものに持ち込む時に、すごく意図的でありたいと思いました」
浅井「(小林は)エフェクターが多すぎる?」
小林「ボードを小さくしました(笑)」
浅井「ドイツの人の格言で、荷物の多い人は時間を奪われるって。福士(久美子:SHERBETS)さんがめっちゃ荷物多いんだわ(笑)。そんでいっつも時間に追われとる。だからエフェクターも多すぎると時間を奪われる!」
土屋「音も悪くなるしね(笑)」
――では最後に土屋さん。
土屋「僕はもう一言ですね。音楽への寄り添い方。それを教わったという。しかも終わりまで見せてもらった。ここ1~2日でようやく自分のなかで整理が出来てきたんですけど、この人は音楽に寄り添って生きてきた。それがこの人のすべてだったんだなと。音楽に寄り添ったまま死んでいく様を見せてくれた。ここまで教えてくれたんだって。僕の思春期以降の人生の最初から最後まで、全部お手本を見せてくれた。なので覚悟がついたところもあるんです。これからどこまでこの格好良さについていけるだろう、と。ボウイになれないのは最初から承知だけど、何の指標もないまま、ただうろうろするよりも、ずっとラッキーだった。こんな人にはなかなか巡り会えないですよ。この人がいてくれてありがとう、と。そんな簡単な言葉じゃとても言えないですけど」
――わかります。
土屋「もう、弟子でも取れば良かったのに。歌舞伎みたいに」
――二代目デヴィッド・ボウイ!
土屋「そう(笑)。もったいないよね、伝えることは山ほどあったと思うんだよなぁ」
~浅井健一からのお知らせ~
SHERBETS、記念すべき10枚目のオリジナル・アルバム!
★詳細はこちら
SHERBETS TOUR 2016『CRASHD SEDAN DRIVE』
2月7日(日) 千葉LOOK
2月11日(祝・木) 金沢vanvanV4
2月13日(土) 松阪M'AXA
2月14日(日) 神戸VARIT.
2月16日(火) 高松DIME
2月19日(金) 福岡DRUM Be-1
2月20日(土) 鹿児島SR HALL
2月26日(金) 仙台MACANA
2月27日(土) いわきclub SONIC
3月4日(金) 札幌cube garden
3月9日(水) 名古屋クラブクアトロ
3月10日(木) 大阪Shangri-La
3月16日(水) 渋谷TSUTAYA O-EAST
3月19日(土) 沖縄Output
★ライヴの詳細はこちら
~THE NOVEMBERSからのお知らせ~
「Being and Nothingness」
2月13日(土)東京・高円寺HIGH
共演:アレルギー
「VALENTINE ROCK 2016〜愛のロックを鳴らそう〜 VOL.9 FINAL」
2月14日(日)東京・恵比寿LIQUIDROOM
共演:Keishi Tanaka/Homecomings/入江陽 他
「BODY -20160304-」
3月4日(金)東京・渋谷TSUTAYA O-WEST
共演:Lillies and Remains/Burgh
「BODY -20160312-」
3月12日(土)大阪・心斎橋MUSE
共演:Lillies and Remains/WBSBFK
「GATTACA presents 謎のロマンス」
3月18日(金)京都gattaca
共演:the band apart
「ELECTRIC EYE JAPAN TOUR 2016 / TONE FLAKES Vol.93」
3月22日(火)新代田FEVER
共演:エレクトリック・アイ/LOSTAGE
「Shibuya / SYNCHRONICITY’16 – After Hours –」
4月24日(日)東京・TSUTAYA O-EAST
共演:envy/MONO/downy
★ライヴの詳細はこちら
