インタビュー

ファッツ・ウォーラーのオマージュ作を発表したジェイソン・モランが語る、ハーレムにおけるジャズ・ピアニストの系譜

(C)Tsuneo Koga

 

ハーレム・ルネサンスへのオマージュ

 ジェイソン・モランの新作『オール・ライズ』は、1930年代を中心に活躍したジャズ・ピアニスト兼歌手ファッツ・ウォーラーへのオマージュが込められた作品だ。そして今年1月の来日公演には、ジェイソンの奥さんでメゾ・ソプラノ歌手のアリシア・ホール・モランが同行し、オペラ『ポーギーとベス』からの《サマータイム》やデューク・エリントンの《アイ・ライク・ザ・サンライズ》を歌った。今回の来日公演はファッツ・ウォーラーを含めた“ハーレム・ルネサンス”へのオマージュだと感じた僕は、取材の席に吉田ルイ子の『ハーレム』を持参した。60年代後半から7年間ハーレムで暮らしていた彼女が撮りためた写真から成る一冊で、当時のジャズモビール(jazzmobile)の光景も収められている。案の定ジェイソンは、この写真集に興味を示してくれたが、現在彼はハーレムに住んでいるという。

(C)Tsuneo Koga

 

 「135丁目に家族と一緒に住んでいる。ハーレムにおけるピアノの歴史を体得するためにね。僕はヒューストンで生まれ、18歳の時にマンハッタン・スクール・オブ・ミュージックに入学した。そして90年代半ばからハーレムに住み続けている。家賃が安いという理由もあるけど、その気になれば、いつでも他の場所に引っ越すことが出来た。でもハーレムはファッツ・ウォーラー、ウィリー“ザ・ライオン”スミス、デューク・エリントン、メアリー・リー・ウィリアムズといった偉大なピアニストたちを生んだ場所。僕は自分のことを、彼らの系譜とハーレムの伝統の中に位置付けているから、ここに住み続けているんだ」

JASON MORAN All Rise: A Joyful Elegy For Fats Waller Blue Note/ユニバーサル(2014)

 ジェイソンがこんな認識を抱くようになったのは、「ごく最近だよ(笑)」と謙遜する。

 「20代の頃は歴史の重要性を気にしていなかった。でも自分が年齢を積み重ね、なおかつ音楽を教える立場になってから、“歴史”というものをすごく意識するようになった。僕は、ジャズモビールの創始者でジャズ・ピアニストのビリー・テイラーと縁の深いジョン・F・ケネディ・センター・フォー・ザ・パフォーミング・アーツで教師をしているんだけど、若いミュージシャンとジャズの歴史を分かち合うことはすごく重要だと感じている」

【参考動画】ジェイソン・モランらによる2015年のBLUE NOTE TOKYO公演

 

 ジャック・ブラックモス・デフが出演したミシェル・ゴンドリー監督の『僕らのミライへ逆回転』(08年)。この映画は、ファッツ・ウォーラーが生まれた場所という設定のレンタルビデオ店を舞台とした作品だ。

 「あれは良かったよね。あの映画をきっかけに、ファッツ・ウォーラーのことを身近に感じた若い人はかなりいたと思う。僕は、数年前にハーレム・ステージというところからダンス・パーティのプロジェクトをやって欲しいという依頼を受け、そのことをきっかけにファッツ・ウォーラーによりのめり込むようになったんだけど、子供の時からファッツの曲を2曲知っていた。《エイント・ミズビヘヴン》と《ハニーサックル・ローズ》を。というのも、僕のお祖父ちゃんが大好きだったんだ」

(C)Tsuneo Koga

 

(C)Tsuneo Koga

 

 アフリカ系アメリカ人の音楽や文学、ダンス、演劇、美術などの最盛期。それが20~30年代の“ハーレム・ルネサンス”だ。『オール・ライズ』および来日公演は、ヒップホップ世代のジェイソンによるハーレム・ルネサンスの再興へのアプローチと言ってもいいだろう。

 「日本を訪れるたび、この国のパフォーマンスや音楽、詩などの歴史に感嘆する。その点、米国の歴史はすごく浅い。でもハーレム・ルネサンスの時代には、ファッツ・ウォーラーやデューク・エリントンがいて、ゾラ・ニール・ハーストンラングスン・ヒューズなどの文学者も活躍していた。だから僕は、そうした状況を現代に置き換えたようなアルバムを作ったんだけど、これからも色々なハーレムの芸術や文化を結び付けたいと思っている。ファッツ・ウォーラーの物語は、米国にとっては古い物語。言ってみれば、歌舞伎の物語のようなものだね」

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