photo by Ben Viaperalta

 

気鋭のアルト・サックス奏者、ローガン・リチャードソンが2月2日(火)、3日(水)にブルーノート東京へ登場する。クリスチャン・スコットジャマイア・ウィリアムズアンブローズ・アキンムシーレらNYの新世代ジャズ・ミュージシャンとも共演するなど名を轟かせ、昨年リリースしたリーダー作『Shift』には、彼の才能に惚れ込んだパット・メセニージェイソン・モランと共に全面参加し、名門ブルー・ノートからのメジャー・デビューを華々しく飾ってみせた。鮮烈なサックスを軸としたスリリングな演奏が聴ける同作収録曲“Slow”のミュージック・ビデオで、その逸材ぶりは十二分に伝わるはずだ。現在はパリに移住し、独自の活動を続ける80年生まれの歩みを、音楽ジャーナリスト/ライターの原雅明に彼へのインタヴューでの発言も交えながら紹介してもらった。

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LOGAN RICHARDSON Shift ユニバーサル(2015)

 

今年36歳になるローガン・リチャードソンは、ロバート・グラスパーらとほぼ同じ世代。同じような時期にNYに出てきて、のちにグラスパーたちが〈ムーヴメント〉と呼んだ、若い気鋭のジャズ・ミュージシャンたちが繰り広げた2000年代の活動の中心にいたサックス奏者である。しかし、彼は現在パリに住んでいる。ミズーリ州カンザスシティで生まれ育ち、NYで本格的なデビューを飾り、そのまま活動を続けることが当然の成り行きに思えるのだが、そうはしなかったところが、このサックス奏者のボヘミアン的な気質を象徴してもいるだろう。彼へのインタヴューをもとに、その活動を振り返ってみたい。

「いわゆる音楽一家で生まれ育ったわけではなかったんだ。父も母も親類にもミュージシャンは誰もいなかった。ただ音楽にはみんな親近感を抱いて、家には音楽が溢れていた。なぜか知らないが小さなカシオのキーボードがあったんで、モーツァルトのソナタを見よう見まねで弾いてみたり、突然サックスを吹きたいと思って母にせがんだりしたけど、12歳のときに学校のバンドのクラスで初めてサックスを吹くことができた」

ローガン・リチャードソンのソロ・パフォーマンス映像

 

カンザスシティはジャズのメッカの一つと言っていい。チャーリー・パーカーが育ち、腕を磨いた地であり、その中心地であるエイティーンス・アンド・バインにはマックス・ローチケニー・バレルらが関わった若いミュージシャン育成のためのプログラムがあり、リチャードソンもそこに参加をして、16歳でプロ・デビューを飾った。

「でもね、チャーリー・パーカーなんて知ったのはだいぶ後だよ。カンザスシティで演奏したんだと知ったのもね。しかもブートレッグのCDで。でも聴いてすぐに〈何だこれは! こういうのがやりたいんだ〉と思った。でも、それでチャーリー・パーカーの迷路に迷い込んだら、これは戻ってこられなくなると思って止めたんだよ。それ故に自分でやろうという気にもなったんだ」

ジェイ・マクシャンクロウド“フィドラー”ウィリアムズら地元の伝説的なプレイヤーから学ぶ機会も得て、ボストンのバークリー音楽院、さらにNYのニュー・スクール大学へと進学した。

「高校を卒業して何をやっていったらいいかわからなくて、1年間休んでいた。それから、バークリーに進んだんだ。1年半いて、NYに移る決心をしたよ。やはりそこが頂点だと思ったからね。それはちょうど〈9.11〉の直前の時期だった」

2001年は同時多発テロが発生した年であるが、NYのジャズ・クラブでは新たな動きが生まれはじめたときでもあった。2000年代のジャズを牽引していくことになる若いミュージシャンたちが出会い、セッションを繰り広げ、それは独特の熱気を帯びはじめてもいた。

「NYに出てきて、まずアンブローズ・アキンムシーレに会ったんだ。それからロバート・グラスパー、マーク・コレンバーグダミアン・リード(共にグラスパーのグループに参加するドラマー)など、同時期にたくさんの人と出会った。示し合わせたわけでもないのに、みんなそこに集ったという感じだった。もちろんそれだけではなく、師と呼ぶべきミュージシャンにもたくさん出会ったよ」

2008年のライヴ映像。ドラマーはジャマイア・ウィリアムズ

 

その当時、現場ではジャズはふたたび力を持ってきたという機運を感じたというが、世間での捉え方は違っていた。

「当時〈ジャズは死んだ〉とか言われていたけど、冗談じゃない、止めてくれよって感じだったね。あのとき、確かにどのレコード会社にも力がなくて、そう言われても仕方がない状況ではあった。それでも、みんなNYに留まって、そのことでお互いに影響を与え合ったことはある。そして、ジャズをもう一回再建しないといけないと要求されているように思ったんだ」

リチャードソンの初リーダー作『Cerebral Flow』は2007年にリリースされた。その翌年にはセカンド・アルバム『Ethos』も発表している。共に、彼が師と仰ぐグレッグ・オズビーの後押しで実現した。

2007年作『Cerebral Flow』収録曲“Turning Maze”

 

「彼は世界最高のアルト・サックス奏者だと思う。いまでも自分のソロ演奏のなかに彼からの影響を感じている。でも彼の演奏を分析などしたことはないんだ。巨匠の一人だよね。それは、ジャズ・ミュージシャンでいるということがどういうことなのかを彼は体現しているからだ。僕は彼の永遠の生徒だよ」

『Ethos』のリリース後、ブルー・ノートからのデビュー作ともなった次作『Shift』のリリースまで7年間ものブランクがあった。その間も、ナシート・ウェイツの『Equality』(2009年)やジェラルド・クレイトンの『Life Forum』(2013年)、あるいはクリスチャン・スコットやジャマイア・ウィリアムズらと組んだネクスト・コレクティヴの『Cover Art』(2013年)など重要な録音に数多く参加してきたが、自身は『Shift』のアイデアをずっと温めたまま、活動の拠点だったNYを離れてしまった。

ネクスト・コレクティヴのライヴ映像

 

「『Ethos』のあと、2枚くらいアルバムが作れるだけの曲があったんだ。でも同じことはやりたくなくて、変えたいと思った。ただ、『Shift』のアイデアを練っているときに、参加アーティストの言質は取っていたんだ。みんなこの録音に参加したいというね。とはいえ、そのときの自分にその準備ができていたかというとそうではなかった。いま考えれば、自分がアーティストとしても人間としても成長しなければいけなかった。そういう時間だったと思う」

『Shift』のトレイラ―

 

〈参加アーティストの言質〉とは、最終的に『Shift』に参加したパット・メセニー、ジェイソン・モラン、ナシート・ウェイツ、ハリシュ・ラガヴァンとの約束のことだ。

「ナシートのバンドでツアーしているときに、初めてジェイソンと会った。ジェイソンはナシートのことをとても信頼していたから、彼と一緒にやっている僕のことも気に入ったようだった。一度も演奏したことがないのに、彼のバンドワゴンのライヴに僕を参加させてくれたんだよ。その演奏をパットも見ていたらしいんだ。そのときは会わなかったけど、翌朝パットからメールが届いてびっくりしたよ。長いメールで、昨日の演奏がいかに素晴らしかったかが書いてあった。彼のお兄さんのマイク・メセニーがカンザスシティにいて、ずっと僕のプレイを絶賛してくれていたらしくて、それで注目してくれた。僕はいつもギターを加えていたから、パットを選んだのは必然だったんだ」

ローガン・リチャードソンが参加した、ジェイソン・モランによるセロニアス・モンクのトリビュート・ライヴ映像(演奏は3分前後から)

 

メセニーもモランも『Shift』に参加することは早い段階で決まっていたのだという。ただ、スケジュールを合わせることができなかった。それは、リチャードソン自身がヨーロッパを放浪し、パリに移住してしまったことによる影響もあったのだろう。なぜパリに移ったのか、その理由として、彼はNYでの自分たちのコミュニティーとムーヴメントからあえて離れることを選んだからだと語った。

「僕の周りにはいくつものコミュニティーがあったんだけど、そこからいまシーンをリードしているような人たちが出てきて、一つのムーヴメントになった。僕もそのムーヴメントにいたわけだけど、そこから一度離れて、まさに〈シフト〉を感じてみたかったんだ。だからこのタイトルにはいろんな意味が込められている。音楽の系譜のシフトであり、テクノロジーのシフトでもあり、状況のシフトでもあるんだ」

『Shift』は、〈音楽で何が重要かというと、それをどういう形で違うものにしていくか、違うレヴェルに持ち上げていくかだ〉というジェイソン・モランの言葉を実現したようなアルバムだった。1曲のなかでもテンポやムードが変化して、多様性を見せる。非常に滑らかで有機的な演奏の絡みがそれを実現している。メセニーが全面的に参加して、しかもこれほど溶け込んでいるのを聴くのは、近年では稀有なことだと思う。

日本で先行リリースされた『Shift』は、この2月にワールドワイドでのリリースが決まっている。〈『Shift』がリリースされた日本でまずライヴをやりたい〉とリチャードソンも語っていたわけだが、それが今回実現するのだ。『Shift』に参加したミュージシャンはベースのハリッシュ・ラグハヴァンだけだが、『Cerebral Flow』で滑らかなヴォイシングのギターを聴かせた、現在もっとも影響力のあるジャズ・ギタリストの一人であるマイク・モレノ、『Cerebral Flow』と『Ethos』でドラムを叩き、グレッグ・オズビーからベッカ・スティーヴンスヤロン・ヘルマンまでに信頼を得てきたトミー・クレイン、それに室内楽的な静謐さと現代的な響きを両立させたソロ作『Interludes』(2014年)で俄然注目を浴びたピアノのサム・ハリスがバックを務める。このコンビネーションは『Shift』に勝るとも劣らないだろう。ローガン・リチャードソンがどんな〈シフト〉を聴かせてくれるのか。楽しみにしたいと思う。

 


 

ローガン・リチャードソン
日時/会場:2月2日(火)、3日(水) ブルーノート東京
・1stショウ 開場17:30/開演18:30
・2ndショウ 開場20:20/開演21:00
料金:自由席/7,800円
※指定席の料金は下記リンク先を参照
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