インタビュー

なぜサン・チョン(Sun Chung)は新レーベル=Libellule Editionsを立ち上げたのか? ECMで培ったプロデューサー業と哲学を語る

独自のジャンルを確立すべく発足した注目のレーベル

 独創的なアーティスト群と質の高い音質で知られるドイツのECMレーベルの創業者であり、自らが扱う音楽に対して確固たる理念を持つマンフレート・アイヒャーの元でプロデュース業を学んだサン・チョンが、2020年に設立したRed Hook Recordsは、アイヒャーの哲学をサン・チョンなりの解釈で受け継いだレーベルと言えるだろう。現時点ではまだ3作品しか発表していないが、基本路線としては「スタジオでミュージシャンたちが様々なサウンドに反応しながら作り上げる、構成などを事前に決めない音響実験的な性格の強い音楽」を打ち出している。

BLANKFOR.MS, JASON MORAN, MARCUS GILMORE 『Refract』 Red Hook/キングインターナショナル(2023)

JOHN RAYMOND, S. CAREY 『Shadowlands』 Libellule Editions(2023)

 それに対して、新作である『Refract』と『Shadowlands』は、彼が新たに起こしたLibellule Editionsレーベルの取り扱いとなる。こちらは、彼がティーン・エイジャーの頃に大好きだったインディーズやオルタナティヴ・ロックのような方向性の、より構成感のある、ヴォーカルも入るような音楽を取り上げていくという。

 『Refract』は、劣化したテープやアナログ・シンセサイザーなどを駆使する音響アーティストのBlankFor.msことテイラー・ギルモアと、ニュー・イングランド音楽院で教鞭も執るジャズ・ピアニストのジェイソン・モラン、今や中堅ジャズ・ドラマーとして信頼を集めるマーカス・ギルモアによる作品。いっぽうの『Shadowlands』は、グラミー賞ノミネートの経験を持ち、インディアナ大学でも教鞭を執るトランペッターのジョン・レイモンドと、インディー・フォーク・バンド、ボン・イヴェールのメンバーでもあるマルチ・インスツルメンタリストのショーン・キャリーによる作品である。異色の顔合わせによるプロジェトという点や、全体的なサウンドスケープの印象からすれば、Red Hookの作品と共通する部分も多いように思われるが、チョンにとってはそうではないようだ。

 「どちらも私がプロデュースしているので、ある種の共通点があるというのは良いことだと思います。しかし、レコード・レーベルにとって、サウンド面での個性を確立するのはとても重要で、これらのアルバムをRed Hookから発表することは、音楽的な意味を成さないのです」

 自身のレーベルを設立するまでに約10年間ECMの制作に携わり、自身がアイディアを持ち込んで制作したアルバムに関してはプロデュースを一任されるほどアイヒャーの信頼を得たチョンは、プロデューサーとしての手腕ばかりでなく、頑固なまでの哲学も受け継いでいるようである。

 「ECMでの経験が無ければ、今のような水準でのプロデュースはできなかったでしょう。プロデューサー業は学校で学べるものではありません。良いプロデューサーであるためには、ミュージシャンたちと上手にコミュニケーションを取りながら、然るべき時に然るべきことがきちんと言える必要があります。こちらが不用意に口にした言葉が、アーティストの創造力を損なってしまうこともあるからです。そのあたりの呼吸は、現場での試行錯誤を通じてでないと身に着けることはできません。また、ECMはレーベルとして独自のジャンルを確立したと思っているので、長い道のりになるかもしれませんが、自分のレーベルでもそれを目標にしています」

 クラシックの音楽家の家庭に生まれ、オルタナティヴ・ロックを愛し、ニュー・スクールとニュー・イングランド音楽院で学んだ彼はギタリストでもあるが、現在はもっぱら趣味として弾き語りの音楽を作ったり録音したりしているという。

 「音楽は毎日やっていますが、趣味にしているほうが純粋な音楽創りができるんです。プロになったら、これで生活していけるのかとか、気に入ってもらえるだろうかとかいったことが気になってしまうんですよ(苦笑)。今の僕にとって、この趣味はある種のセラピーのようになっています」

 


サン・チョン(Sun Chung)
1982年5月18日、サンフランシスコ生まれ。父親は国際的に活躍する指揮者・ピアニスト、チョン・ミョンフン(Myung-Whun Chung)氏。2001年、NYに移住。ニュースクール(NYC)でジャズ・ギター、NEC(ボストン)で作曲を学ぶ。2012年、ECM入社、マンフレート・アイヒャーのもとでプロデューサー業を学び、〈後継者〉と目される。2020年、独立、アイルランドにレーベルRed Hook Recordsを設立し、第1弾として菊地雅章のアルバム『Hanamichi(花道)』をリリース。2022年、レーベル第2作『Two Centuries』をリリース。