INTERVIEW

パット・メセニーとジェイソン・モラン参加、サックス奏者ローガン・リチャードソンがさまざまな〈シフト〉込めた新作を語る

“ジャズは死んだ”? 冗談じゃない、止めてくれよ!
新たなフェイズを求めて転換し続けるサックス奏者

 

 パット・メセニージェイソン・モランが全面的に録音に参加したことでも注目されている、サックス奏者ローガン・リチャードソンのアルバム『Shift(シフト)』は、そのタイトル通りにさまざまな転換(シフト)をテーマとしている。

LOGAN RICHARDSON Shift ユニバーサル(2015)

 1980年にミズーリ州カンザスシティで生まれたリチャードソンは、「音楽一家で生まれ育ったわけではなく、親類にもミュージシャンは誰もいなかった」という。だが、彼は音楽と出会い、特にサックスに惹かれていく。

 「ブートレッグのCDでチャーリー・パーカーを知って、これこそやりたいことだと思ったが、パーカーの迷路に迷い込んだら戻って来られないと思って止めたんだ。それ故に、自分のやり方でやろうという気にもなったんだけどね。でも、高校を卒業して何をやっていったらいいか分からなくなってしまい、1年間休んだ。それから、ボストンのバークリー音楽大学に進み、1年半いて、ニューヨークに移る決心をした。やはりそこが頂点だと思ったからね。それはちょうど9.11の直前の時期だった」

 2000年代のニューヨークで、リチャードソンは同じように若く優れたミュージシャンたちと知り合っていく。その出会いが、後にジェラルド・クレイトンジャマイア・ウィリアムスらとネクスト・コレクティヴを結成するような、ジャズの新しい潮流を生むことになる。

 「まずアンブローズ・アキムシーレに、それからロバート・グラスパーらたくさんの人と出会った。示し合わせたわけでもないのに、みんな集ったという感じだった。もちろんそれだけではなく、師と呼ぶべきミュージシャンにもたくさん出会った」

 師の一人であるグレッグ・オズビーの後押しで、2007年に初のリーダー作『Cerebral Flow』を発表するが、それまでの数年間にグラスパーがブルーノートからデビューするなど、リチャードソンの周辺はにわかに活気づき始めていた。

 「当時“ジャズは死んだ”とか言われていたけど、冗談じゃない、止めてくれよって感じだったね。あのとき、確かにレコード会社も力がなくて、そう言われても仕方がない状況ではあった。それでも、みんなニューヨークに留まって、お互いに影響を与え合った。ジャズをもう一回再建しないといけないと要求されているように思ったんだ」

 しかし、リチャードソンはそんなニューヨークから離れてしまう。2枚目のリーダー作『Ethos』を発表した直後の2008年のことだ。突然ヨーロッパに向かい、スペインのガリシア地方を経て、パリに移住した。

 「当時、僕の周りにはいくつものコミュニティがあって、そこから現在シーンをリードしている人達が出てきて、一つのムーヴメントになった。僕もそのムーヴメントにいたけど、そこから一度離れて、まさにシフトを感じてみたかったんだ。だから今回のアルバム・タイトルにはいろんな意味が込められている。音楽の系譜のシフトであり、テクノロジーのシフトでもあり、状況のシフトでもある」

 『Shift』は2008年から構想されていた。ずっと一緒にやってきたドラマーのナシート・ウェイツを介してジェイソン・モランと知り合い、彼のバンドワゴンのライヴに参加した際のプレイをパット・メセニーから絶賛され、すべてが繋がったのだという。オープニングの《Mind Free》という曲が象徴的だが、個々の楽器、プレイヤーの特性を捉えたメロディ・ラインとアンサンブルがこのアルバムの肝となっている。

 「そう、あの曲はまさにパットとジェイソンのために書いた曲なんだ。あと、リズム・セクションも最高で、録音を聴いてオープニングにすべきだと感じた。実際、録音の時は、みんなの演奏が凄くて、自分はサックスを吹かなくていいと思ったほどだ。サックスが自然に勝手に吹いてくれたみたいな感じですらあったよ。この演奏はほんとうにディープだった」

 このアルバムは一つの曲でも多様な表情を見せる。いろいろな角度から聴く楽しみを与える作品である。それは、常に移動と変化を求めてきたリチャードソンがジャズにもたらした新しいフェイズだと言えるだろう。

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