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いま振り返る〈ジャズmeetsオーケストラ〉の歴史

ジャズは19世紀末に始まったとされ、クラシックの歴史は当然もっと古い。それぞれの音楽はこれまでどのように交わってきたのだろう。今回の公演をきっかけに〈ジャズ・ミーツ・オーケストラ〉の歴史をおさらいするため、タワーレコード本社でジャズ部門のバイヤーを務める馬場雅之に話を訊いた。

「先にクラシックがあって、そのあとにジャズが出てきたというのが時代の流れであるわけですけど、ジャズとクラシックの融合ということでいうと、ジョージ・ガーシュインが最初のほうの有名な例ですよね」

ポピュラー音楽とクラシックの両方で活躍し、アメリカ音楽の発展に貢献した作曲家ガーシュイン。彼が24年に発表した〈シンフォニック・ジャズ〉の代名詞的スタンダード“Rhapsody In Blue”を、ハービー・ハンコックとラン・ランという、ジャズ/クラシック双方の人気ピアニストが一緒にカヴァーしているのが↓の動画だ。ラン・ランはグラスパーもお気に入りとして挙げている。

「そのあと、ジャズに影響されたクラシックの楽曲もいくつも出てくるんですけど、ジャズの側もジャンルとして確立してきてからは、クラシックの要素を取り入れたり、アカデミックな志向を持っていたりする人も結構登場しました。チャーリー・パーカーやクリフォード・ブラウンのウィズ・ストリングス作も古い例として挙げられます。(同じ大所帯でも)クラシックのオーケストラとジャズのビッグバンドが大きく異なるのは、ストリングス・セクションの存在。ビッグバンドは管楽器だけなので。この時代に〈ウィズ・ストリングス〉作が多いのは、チャーリー・パーカーやクリフォード・ブラウンの作品がヒットしたから。共に内容もいいですね」

チャーリー・パーカーの1950年作『Charlie Parker With Strings』収録曲“Everythings Happen To Me”

「当時はまだイージー・リスニングという言葉もなかった頃で、むしろこれが後年のブームの布石にもなったと取れなくもない。アドリブを効かせるような辛口の演奏に比べて、〈ウィズ・ストリングス〉作はやはり甘口になりがちですね。もともとクールテナーで知られているスタン・ゲッツみたいなミュージシャンの場合も、よりメロウな部分が際立つことになります。甘口になるかどうかも結局はアレンジにもよりけりなんですが、レコード会社の企画物みたいなのだと、意図的に甘美な部分を強調するための企画というところがあって。こういう編成になると当然バラードものの名演が多くなりますよね。それから60年代後半になって、ウェス・モンゴメリーがA&MやCTIに遺した作品は、イージー・リスニング的なものとして言及されることが多いですね。ここではCTIサウンドを代表するドン・セベスキーがイントロをバロック風にしていたりとか、クラシック寄りのオーケストレーションを見せてますね」

ウェス・モンゴメリーの68年作『Road Song』収録曲“Fly Me To The Moon”

「クラシックの作曲家でいうと、モーツァルトやベートーヴェン、その後のブラームスやチャイコフスキーの作風と違い、19世紀後半に活躍したフランスのドビュッシー、ラヴェル、サティあたりの作品には、ジャズっぽいハーモニーが感じられるようになってくるんですよね。これらはビル・エヴァンスのハーモニーにも通じるものがあります。20世紀に入ってからのバルトークやプロコフィエフなどの作品を聴くと、チック・コリアのピアノのスタイルにその影響がみられます。こうした多様化をみせた近現代のクラシック音楽のハーモニーをうまくジャズ的に消化しているアレンジャーがクラウス・オガーマンだったりしますよね」

ビル・エヴァンスの66年作『Bill Evans Trio With Symphony Orchestra』収録曲“Blue Interlude”

クラウス・オガーマンは、ビル・エヴァンスやフランク・シナトラの作品に携わり、ボサノヴァやフュージョンの発展に貢献したピアニスト兼アレンジャーであり、ストリングス名人として知られる。

「ポピュラーなところでいうと、ジョージ・ベンソン『Breezin’』(76年)とか、マイケル・フランクス『Sleeping Gypsy』(77年)、それにスタン・ゲッツやジョアン・ジルベルトの作品にもこの方が参加しているものがありますよね。ハーモニーに独特のカラーがあって、シンフォニックなんだけどジャジーな感覚もある。他にもオスカー・ピーターソンの『Motions And Emotions』(69年)やマイケル・ブレッカーらも参加した『Gate Of Dreams』(77年)も有名ですね。クラウス・オガーマンは現代音楽のハーモニーの感覚をうまくジャズと融合させながら作ってる印象で、それはたぶんチャーリー・パーカーみたいな、ビバップ/ハード・バップの人たちの〈ウィズ・ストリングス〉作にあるメロウで甘めな構造とは趣が異なるものでしょう。私の家には今は廃盤の、彼がバレエ音楽を手掛けたCDもありますが、もともとクラシックの教養もあったはずです」

クラウス・オガーマン・オーケストラの77年作『Gate Of Dreams』収録曲“Caprice”

「あと、オーネット・コールマンの『Skies Of Amarica』(72年)も現代音楽に近い大傑作ですけど、これもウィズ・ストリングス作とは一線を画す内容になってますね。クラシックを聴かないジャズのファンには、〈現代音楽=フリージャズ〉みたいな認識の人もいるんですよ。要するに、ハーモニーが壊れているからアヴァンギャルドみたいな意味合いで。スティーヴ・レイシーとかアンソニー・ブラクストンとか。ハーモニーの部分は近いと思うけど、即興性があるかないかっていうのは大きな違いだと思うんですけどね」

オーネット・コールマン“Skies Of America”のパフォーマンス映像

「キース・ジャレットはこの手の話に通じる、オーケストラを入れた大作を結構作っているんですよ。彼はジャズの世界では珍しく、クラシックをやるときは即興を交えず、ちゃんと忠実にクラシックのマナーで弾くんです。モーツァルトの〈ピアノ協奏曲〉も演奏したことがありますが、それもそのまま譜面どおりにやっていて。チック・コリアもそういうのをやってますね」

キース・ジャレットの76年作『Arbour Zena』収録曲“Solara March”

他には、著名アーティストがキャリアの後年になってからオーケストラと共演する、いわばステータスとしての挑戦みたいなケースも多いという。

「チャーリー・ヘイデン&マイケル・ブレッカーの『American Dreams』(2002年)とか、まさしくそうですね。ブラッド・メルドーにブライアン・ブレイドも参加したりとメンバーも凄いし、そこへバックにストリングス・オーケストラを付けたような感じで。日本人はあんまりそういうこと考えないと思うんですけど、向こうのミュージシャンは一生に一度シンフォニックな作品を作るのが夢だと考えるみたいですよね。いかにも西洋的な感覚といいますか。普段はドラム・スティックしか握らないトニー・ウィリアムズも、『Wilderness』(95年)というアルバムを作るために楽譜とペンを握って、譜面を書いてっていうのを徹底的にやったんですよね。ジョー・ザヴィヌルもそう。『Stories Of The Danube』(96年)は〈ドナウ川のストーリー〉というタイトル通り、生まれ故郷のウィーンをうまくオーケストレーションで描き出す内容でした」

チャーリー・ヘイデン&マイケル・ブレッカーの2002年作『American Dreams』収録曲“Travels”

2000年代以降の例も2つ挙げておこう。クラブ・ミュージックやポスト・ロックの洗礼を受けた世代にとって、オーケストラの融合はもっとポップでカジュアルな選択肢なのかもしれない。こちら↓のパフォーマンスは、音響装置としての弦楽楽団と戯れているようにも映る。

ジャガ・ジャジストが2013年に行った英国の管弦楽団との共演ライヴより“Prungen”

スナーキー・パピーとメトロポール・オルケストの2014年の共演ライヴより“The Curtain”

悪童を気取りながらも、アカデミックな教養を備え、伝統を重んじるグラスパーにとっても上述してきたようなヒストリーは無縁でないはずだ。今回の公演でも、スリリングな演奏と完成度で新しい1ページを書き加えてくれるのではないか。最後に、馬場氏にも公演について訊いてみた。

「自分の場合はこういう試みが割と好きなので、やっぱり興味ありますね。譜面に書かれている音楽とそうでない音楽、方法論の違う演奏家が同じステージで一緒にパフォーマンスするわけですから。ジャズの要素にないことをオケがやる。演奏する側はいつもの姿勢とは絶対違ってきますものね。でも、どの時代にもそういう試みってあったと思うんですよ。グラスパーのなかで、いま自分がやってる音楽を突き進めて追求した流れで、今回の話も出てきたのかなって想像しています」