新たな歌声+視点+フルオケで遺産を響かせる試み

 これは“さよならの向う側”から届けられた、歳月の贈物みたいなものだろう。〈西本智実「ノスタルジー」with 三浦祐太朗 -山口百恵名曲集-〉の企画を最初に耳にして、そう想った。〈時代と寝た女〉〈菩薩である〉と称賛を浴びた山口百恵が31枚めのラストシングル曲を歌い終えて、マイクを置いたのは1980年秋の事。44年めを数える今年、指揮と音楽監督を担い、(百恵の長男で)歌手の三浦祐太朗を迎えて、イルミナートフィルハーモニーオーケストラとの共演を成就させる西本の意図は明確だ。

 「今回のテーマはノスタルジー。これは世代にもよりますが〈懐かしさ〉を憶える作品を通してもう一度、心の中でその時代に戻るのと同時に、いまからの時代を我々自身がどう生き遂げてゆくのか。そういうメッセージも込めています」。山口百恵の名曲&ヒット曲の数々に加え、同世代の想い出に残る名画・舞台音楽も織り込まれる構成だ。西本の手腕に期待大である。

 現時点でのセットリストを見ると、コール・ポーターの“So In Love”で一気に懐かしい空間へといざなう開幕後、ヴォーカルの祐太朗が登場!

 山口百恵がシングル曲としては初めて竜童=燿子作品に挑んだ“横須賀ストーリー”を披露するという滑り出しのようだ。本公演の紹介記事を綴るに際し、彼の多彩なカヴァー集やSSWとしてのオリジナル作品も満遍なく聴いた。前者の一連歌唱で何よりも感心したのは〈オリジンの呪縛〉の漂白ぶり、各楽曲の咀嚼力/昇華力だった。最難関と思しき百恵ソングスでも完成度は劣らない。その点を本人にぶつけたら、「ボク自身は自然と、誰よりも山口百恵の像を背負っているという感覚が常にあるので(笑)。聴いてくださる方からそう言ってもらえるのは正直、大変嬉しいですね」。

 母親(三浦百恵さん)との暮らしの中で〈山口百恵〉を幻視した経験はあるのか?

 そう訊くと「おそらく母は、それを感じさせない方向で気遣いながら、われわれ兄弟を育てたのだと思います。他人から聞いた話ですが〈昭和の名曲!〉的なTV番組がある時は敢えて、ボクらに観せないようにしていたらしい。〈今日は外で御飯、食べようか〉とか、そこまで徹底していたようです」。

 自身はボーイ・ソプラノの変声期に挫折を味わい、サッカー少年や家庭教師などの青年期を経て、バンド歌手で匿名デビューを。解散後は舞台の主演(松山千春役)に選ばれ、ソロ名義の第一弾も“旅立ち”のカヴァー。今に繋がる運命的な流れを歩んできた。ドリカムからフィッシュマンズまで思い入れ満載の好調盤『90’s Drip -J-POP COVER ALBUM-』を聴けば、近年のカヴァー乱造傾向や昭和歌謡ブームとは一線を引いた彼のこだわり度が歴然だ。配信企画〈三浦祐太朗セレクト【こころ踊る魅惑のアニソン】〉でも並々ならぬアニメ愛と、音楽志向・嗜好のふり幅が具に解かる。そんな自負心が〈呪縛〉からの脱色に成功している一因かもしれない。「昭和だけでなく、平成も素敵な楽曲が沢山ありますし。それらをオリジナルの表現と同じくらいに今の、この令和の時代に歌い継いでいけるような一人の歌手になりたい。そう思ってがんばっているので、そういう御言葉をいただけるのは物凄く嬉しいですね」。イエモンやハイスタ等のコピーバンドも演り、一貫してロック・スターに憧れてきた彼が2017年、『I’m HOME』の制作時に真正面から〈山口百恵〉と向き合った。クール転換期の宇崎・阿木作品を聴いてぶっ飛んだ。「昔からエアロスミスとかが大好きで、憧れて続けてきたボクが、“絶体絶命”を聴いて最初に想ったのは〈なんだ、こんな身近にロック・スターがいたじゃん!〉というね(笑)」。予期せぬバトンが手渡された、正に歳月の贈物だ。

 西本智実は、山口百恵の魅力をこう語る。「非常に音域が広く、音の色がとても多様であり、深みがあって弾力性のある声。日本語がはっきりと響き伝わりますね」。三浦祐太朗が明かす。「(干渉を避けてきた母から)唯一言われたのが鼻濁音。ガ・ギ・グ・ゲ・ゴと発音するのではなく、歌詞の中を少し柔らかくすることで日本語が引き立つと、そう教えてもらいました」、素敵な秘話だ。東京・大宮・大阪の、いずれも響きの良いホールでの3公演が待ち遠しい。世界的指揮者自身も、こう期待を口にする。「皆さんも心の中で一緒に歌ってくださるでしょうし、会場が一体となる、誰にとっても特別な時間になりますように」、と。

 


LIVE INFORMATION
西本智実「ノスタルジー」with 三浦祐太朗 -山口百恵名曲集-

2024年7月21日(日)東京オペラシティコンサートホール
開場/開演:13:15/14:00

2024年9月1日(日)大阪・ザ・シンフォニーホール
開場/開演:13:00/14:00

2024年12月7日(土)大宮・ソニックシティ大ホール
開場/開演:14:00/15:00

音楽監督&指揮:西本智実
ボーカリスト:三浦祐太朗
管弦楽:イルミナートフィルハーモニーオーケストラ
https://classics-festival.com/rc/performance/nostalgie-symphonic-concert-2024/

■演奏曲
ミュージカル/映画「キス・ミー・ケイト」より“So in love”(作曲:コール・ポーター)
“横須賀ストーリー”(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
“夢先案内人”(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
“イミテイション・ゴールド”(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
“ありがとうあなた”(作詞:千家和也/作曲:都倉俊一)
“曼殊沙華”(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
映画「ひまわり」より(作曲:ヘンリー・マンシーニ)
“秋桜”(作詞・作曲:さだまさし)
“プレイバック Part2”(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
“心の花”(作詞: 渡辺なつみ、SIWOO/作曲: SIWOO、宇田川翔)
“絶体絶命”(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
“歌い継がれてゆく歌のように”(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
オペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲(作曲:ピエトロ・マスカーニ)
“美・サイレント”(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
“JOY”(作詞:三浦祐太朗/作曲:高木博音)
映画「ロミオとジュリエット」より(作曲:ニーノ・ロータ)
“いい日旅立ち”(作詞・作曲: 谷村新司)
“さよならの向う側”(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
※曲目は変更される場合があります。