山口百恵の名曲が〈新装〉で蘇った注目公演
7月21日、東京オペラシティ コンサートホールでのライブを鑑賞して
登壇したマエストロの凛々しさにコルコバードの基督像が重なった。その十指が舞い、ポーターの“So in love”が郷愁のミストを撒くと、館外の猛暑の記憶が拭われた。〈西本智実「ノスタルジー」with 三浦祐太朗 -山口百恵名曲集-〉の帆が上がり、拍手に迎えられたヴォーカリストが“夢先案内人”を歌い出す。催しの中心を占める黄金トリオ(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童/編曲:萩田光雄)による人気作を、海沼みきながオーケストレーション。編曲も構成も鋭意進行中だった2カ月前、取材に応じた西本は当時の課題を「各曲の調性バランス、一部・二部後半はひとつのドラマになるよう構成したい」と繰り返し強調していた。が、その解答の全てが凝縮されたような滑り出しだった。
快奏のゴンドラを降りると、今度は“イミテイション・ゴールド”が舞台側↔客席側のある種の探り合いを拭ってくれる。当日の演奏曲目は特製プログラム(無料配布)で確認済みだったが、西本案の本領はやはり生で聴いてこそ如実に伝わった。それは「初めて僕の事を知ったという方々にも2曲、オリジナルを聴いてもらいたいと思います」と披露した“心の花”“JOY”の巧みな配置にも表われ、「三浦家の長男」的先入観への霧散効果を発揮していた。ヴォーカリスト/SSWの彼にとって、未知の海原(=聴衆)へ良き船出が成就した場面だったと思う。前者が山下康介/後者が萩森英明の管弦楽法を得て、原曲の良さが際立った点も(全体の流れを乱さず)自然な航跡を描けた理由だろう。
一部の終盤は「シングルカットはされていませんが、母も大好きで公演リストからいつも外さなかった曲です」と紹介された“歌い継がれてゆく歌のように”、次いで暗転を想わせる“曼殊沙華”、郷愁を煽る映画「ひまわり」よりテーマ曲、そして“秋桜”で締められた。百恵作品はいずれも湖東ひとみのオーケストレーションだが、「“心の花”からの、花繋がりか……粋な演出!」と思わず膝を叩いた。
初演のこの日、何とも印象的だった視覚効果についても触れておこう。後姿でも終始魅了する指揮者の真横(=やや後方)で正面を向き、全曲を歌い切った三浦祐太朗の絵柄――このオセロ的な位置取りを「僕だけが感じられるオーラを浴びながら(笑)」と三浦はMCで語った。終演直後の単独取材では「当初は僕も西本さんを視ないで歌う予定でした。それがいろいろありまして、視える位置で歌えるようになったんですね。リハでも視えない時/視える時が全然違って思えて。今は統一して、今後(大阪/大宮公演)もマエストロを視ながら歌っていきたいな、と勝手に思っていますね」と明かしてくれた。斯界でも、華麗な指づかいから紡がれる大胆で繊細な響きが賞賛されているマエストロ。片や、エアロスミスからハイスタまでを愛するロック志向で育ち、「クール転換後の百恵」を知って名曲伝承者の道を選んだ歌い手。異種コラボの双方が背面/正面で交差させる指先パフォーマンスが思わぬ視覚効果を生み、鑑賞の眼福を倍増させていた。
各管弦楽法の上出来を見事に描き分けるイルミナートフィルハーモニーオーケストラ(IPO)の粒立ち度、出演者冥利に尽きるホール環境、徐々に高まる拍手と歓声で呼応した観衆たち……あまりの喝采ぶりに「慣れていないので、何をしたらいいのか、判らなくて(笑)」と照れる三浦を、音楽監督&指揮の西本が引導して締めた。その微笑ましいシーンが初演の成功を物語っていた。
「お客さんとの探り合いが“夢先案内人”1曲でほぐれたのも本当、西本さんのセットリストの御蔭ですよね。とにかく、ちゃんと皆が輝くように素晴らしく全体が組まれていますから。きっとお客さんは心地よい気持ちで帰ってくれるだろうな、という自信は凄くありました」、終演後の三浦談話だ。事実、実況盤として刻んで遺して欲しかった。素直にそう思える好演だった。
LIVE INFORMATION
西本智実「ノスタルジー」with 三浦祐太朗 -山口百恵名曲集-
2024年9月1日(日)大阪・ザ・シンフォニーホール
開場/開演:13:00/14:00
2024年12月7日(土)大宮・ソニックシティ大ホール
開場/開演:14:00/15:00
音楽監督&指揮:西本智実
ボーカリスト:三浦祐太朗
管弦楽:イルミナートフィルハーモニーオーケストラ
https://classics-festival.com/rc/performance/nostalgie-symphonic-concert-2024/
■演奏曲
ミュージカル/映画「キス・ミー・ケイト」より“So in love”(作曲:コール・ポーター)
“夢先案内人”(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
“イミテイション・ゴールド”(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
“心の花”(作詞: 渡辺なつみ、SIWOO/作曲: SIWOO、宇田川翔)
“JOY”(作詞:三浦祐太朗/作曲:高木博音)
“歌い継がれてゆく歌のように”(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
“曼殊沙華”(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
映画「ひまわり」より(作曲:ヘンリー・マンシーニ)
“秋桜”(作詞・作曲:さだまさし)
歌劇「イーゴリ公」<ダッタン人の踊り>より(作曲:ボロディン)
“プレイバック Part2”(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
“絶体絶命”(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
オペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲(作曲:ピエトロ・マスカーニ)
“美・サイレント”(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
“ありがとうあなた”(作詞:千家和也/作曲:都倉俊一)
映画「ロミオとジュリエット」より(作曲:ニーノ・ロータ)
“いい日旅立ち”(作詞・作曲: 谷村新司)
“さよならの向う側”(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
“横須賀ストーリー”(作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)
※曲目は変更される場合があります。