5月の終わりから6月はじめにかけて来日ツアーを敢行し、オーケストラとの共演も果たすなど話題を振り撒いたブルーノートの風雲児ロバート・グラスパー。つい先日〈アコースティック回帰〉となったトリオでの新作『Covered』をリリースし、9月には早くも〈Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN〉出演などで再来日も決定している。そんな彼のトレードマークといえば、出世作『Black Radio』(2012年)にも象徴される〈ジャズmeetsヒップホップ/R&B〉なアーバン・サウンド。この『Black Radio』以降、ジャズを越境した作品に注目が集まるようになったのはよく知られるところだ。
今回、来日中のグラスパーに取材する機会を得たMikikiは、かねてより彼の作品を好んで聴いていたというSIMI LABのラッパー/トラックメイカー・OMSBとの対談を敢行。ここ数年のSIMI LABの躍進は言うに及ばず、ソロでの作品リリースも精力的に行いつつ、KOHHやCampanellaをはじめ数多くのトラック提供をこなし、菊地成孔やグラスパーからの影響を公言するceroとも共演を果たすなど、ジャンルやシーンを超えて存在感を放つOMSBの姿はグラスパーと重なる部分もある。さて、この2人がどのような対話を繰り広げたのか? 思いもよらない嬉しいハプニングもあった対談の模様をお届けしよう。
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取材が行われたのは、グランドピアノが置かれたVIPな一室で、部屋に入るとヘッドフォンを装着してノリノリなグラスパーの姿が! ゴキゲンな彼にOMSBを紹介し、挨拶代わりに5月に発表されたばかりなOMSBの最新作『Think Good』のCDをオーディオにセットして、タイトル曲をプレイ。まずはグラスパーに一通り聴いてもらってから対談をスタートしようすると、聴きながらおもむろにグラスパーが立ち上がり、ピアノへ向かう――ポロポロと弾きながら何かを確かめると、なんとトラック上でループしていたトランペットのフレーズをグラスパーが弾きはじめ、OMSBに〈ラップしなよ!〉と促し……ピアノ × ラップのまさかの即席セッションがスタート! 感動のあまり〈泣きそう!〉と言いながらも後には引けないOMSB、しっかりと自身のヴァースをラップする。
ほぼフル・コーラスで美しいセッションが繰り広げられた後、2人で熱い握手を交わしながら「何を言っているかはわからないけど、フロウはすごくいいね!」とグラスパー。「誰がプロデュースしてるの? 君がやってるの!?」と“THINK GOOD”が気に入った模様だ。そんな、誰もがビックリな嬉しいハプニングを経て、いよいよ対談がスタートした。
音楽はユニヴァーサル・ランゲージ
――いやー、いきなりビックリしました! どうでしたかOMSBさん。
OMSB「泣きそうッスよ……(呆然としながら)」
ロバート・グラスパー「ハハハハハ(笑)」
――グラスパーさんからも、改めて感想を教えてください。
グラスパー「I love it! グレイトだよ。日本語だから何をラップしているかはわからないけれど、すごくエンジョイできた。ライムのフロウがすごく好きだし、ビートへの乗せ方も気に入ってる。自分でビートも作って、プロデュースしているっていうんだからね。大したものだよ」
OMSB「もう嬉しいっていうか……泣きそうですね。いや~」
――OMSBさんは、グラスパーさんのどんなところが好きだったんですか。
OMSB「自分のアルバムのエンジニアをやってくれたILLICIT TSUBOIさんのスタジオに飾ってあった『Black Radio』のジャケットが気になって、iTunesで試聴したのが最初ですね。そのとき“Smells Like Teen Spirit”(ニルヴァーナ)のカヴァーを聴いて、まずヴォコーダーから気になったんです。キックを連打してる〈トトトトト……〉っていうのと、こういうふうに原曲のエモーショナルな部分を置き換えられるんだっていう新鮮さがありました」
OMSB「そのあとアルバムもすぐ買って、“Afro Blue”※1みたいなジャズはもともと好きだったからそこでまずハマって。その後すぐにリミックス・ヴァージョン※2も出たので聴いてみたら、そこでも好きなメンツが好き放題にミックスしてる感じで、内容もバッチリだった。そこからどんどんハマっていきました」
※1 エリカ・バドゥが歌う『Black Radio』のリード曲で、原曲はモンゴ・サンタマリア作曲のジャズ・スタンダード。ジョン・コルトレーンによるアレンジが特に有名
※2 2012年のEP『Black Radio Recovered』のこと。ルーツのクエストラヴ、ピート・ロック、ナインス・ワンダーらがリミックスを手掛けている
グラスパー「そうやって新しいファンが増えるのは嬉しいよね。昔から自分の作品を好きだと言ってもらえるのも光栄なんだけど、自分の音楽に興味を持って気に入ってもらえるのは本当に嬉しいことさ。俺もさっき曲を聴いて、新しく君のファンになったよ!」
OMSB「嬉しいですね。あの……嬉しい~!」
――微笑ましい(笑)。さっきOMSBさんの曲を聴いてる最中に、グラスパーさんがいきなりピアノを弾きはじめたじゃないですか。本当にスリリングな瞬間でしたけど、これもグラスパーさんからしたら自然な光景なんでしょうか。ケンドリック・ラマーのアルバムに参加したのも今年大きく話題になりましたが、そのときもこういう感じだったのかなとか。
グラスパー「ケンドリックのアルバムでは、最初は1曲だけ参加するっていう話でスタジオに行ったんだけど、演奏してる間に彼が〈あまりにも素晴らしすぎるからちょっと次のやつ弾いてみてくれない?〉って言い出して、それがずっと続いて最終的には8曲も参加することになったんだ。ケンドリックって音楽的に突拍子もないところもあるけど、音楽の瞬間ごとをアートとして捉える人間なので、彼のフロウに任せて作品に参加することができた。本当に嬉しい経験だったよ」
OMSB「(ケンドリックのアルバムは)まだ聴かないようにしてるんです。聴いたらたぶん凹んじゃうから(笑)」
――OMSBさんはグラスパーさんのピアノのどんな部分に惹かれます?
OMSB「やっぱりタッチの滑らかさですよね。音源でもいま(生で)聴いた感じでも、まったく変わらずにそのまま演奏できるわけじゃないですか。(グラスパーにとっては)当然なのかもしれないけど、スゲーなって。それに、すぐ即興で耳コピしちゃってましたもんね……。こんなこと言いたくないですけど、全然次元の違うところにいるんだなって思っちゃいました」
グラスパー「トラックに感銘を受けたから、これは自分でも弾いてみたいなって思ったのさ。いつもやるわけじゃない。実際に聴いても、トラックがあんまりカッコ良くなかったら〈ふ~ん、いいんじゃない?〉で終わってたよ(笑)。ラップができる人はラップだけ、トラックが作れる人はトラックメイクだけって感じになりがちだけど、君の場合にはラップができて素晴らしいトラックも作れるんだから、すごくいい耳を持ってるんだと思う。今日はピアノが調律されてなかったから、ちゃんと音を合わせて弾けるまで時間がかかってしまったけど、それでも一緒に弾きたいなって思わせてくれたんだ。それが音楽の力じゃないかな」
OMSB「英語は耳で聞いて、単語なら多少はわかるけど、こういう見た目※なのに喋ることができないのはコンプレックスだったんです。でもこれまで音楽が良ければ言葉がなくても繋がることができるっていうのをずっと信じてやってきたので、(今回グラスパーとセッションができて)本当にいままでやってきて良かったと思いました」
※OMSBは日本人とアメリカ人のハーフ。
グラスパー「そう、音楽が良ければサウンドで繋がることができるのさ。もしかしたら君は自分のママの悪口を言ってるのかもしれないけど(笑)、音楽を通じて〈何を言ってるか〉ではなくて〈何を感じさせてくれるか〉が大事なんだと思う。それを感じさせてくれたから今回こういう形で繋がれたんだ」
グラスパー「俺からもひとつ質問いいかな? 英語が喋れないって言ってたけど、ラップというのはアメリカでもともと生まれたわけで、そこから日本にも渡った音楽だよね。英語を話すことができないなか、アメリカで英語を用いて発展してきたラップを聴いて、君みたいにどうやってラップすることができるのか、どのように影響を受けてきたのか、いつも疑問に思っていたんだ。言葉がまったくわからないはずなのに、英語を交えたりもしながらヒップホップやラップ、フロウというものを理解して、ちゃんとそれを表現することができるのがすごく不思議でさ。そういったことについて教えてほしいな」
OMSB「小っちゃい頃から親の車の中でビギー(ノトーリアス・B.I.G.)とかがズンズン流れていて。言葉もわからないし、当時は(魅力が)よくわかってなかったんだけど。それから中学生くらいになると(周囲でも)そういう音楽が浸透してきたりもして、そこから答え合わせができたっていうか。昔から聴いていたヒップホップの意味が掴めてきたし、日本語でやってるラップもカッコイイなって思えるようになった。50セントとか思春期のときに聴いて、それから親のCDをパクって聴いてみたら、やっぱり前に聴いたことがあった。(サンプリングの)ネタが一緒であることに気付いたり、日本盤が出てるから対訳を読んだりするのも楽しかったし。そうやってまだ自分が日本語でラップする前から、頭の中では理想のラップやフロウが流れていて、自分の音楽もそこから始まったんです」
グラスパー「なるほどね、よくわかったよ。実はこの前のインタヴューでどういう音楽に影響を受けたかって質問されて、ア・トライブ・コールド・クエストの話になったんだ。俺が最初に好きになったヒップホップは彼らだからね。でも、俺はヒューストン出身でトライブはNYのグループ。トライブの曲って実際にNYや都会に住んでいないとわからないようなリリックも多くて、テキサスの子供には何を言ってるかわからなかったんだ。だけど音楽やビートが素晴らしかったから、彼らの音楽に共感することができた。さっきのもそれと同じだと思うんだよね。言語ではなくて何を感じさせてくれるか。だから音楽っていうのはユニヴァーサル・ランゲージなんじゃないかな」