凄く楽しい気分になり、それでいてどこかほんのり切ない――そんなアルバムを、スカイラー・スペンスことライアン・デロバーティスが完成させた。『Prom King』と名付けられたそれは、彼の個人的な風景が反映されているという。

 「『Prom King』に収録されたいくつかの楽曲では、自分の人生での出来事を取り上げているんだ。例えば、パーティーで泥酔した友達が手に負えない状態になっているのを眺めるだけで、どうすることもできなかった……とかね」。

SKYLAR SPENCE Prom King Carpark/HOSTESS(2015)

 スカイラー・スペンスとしては本作がファースト・アルバムになるライアン。しかし以前からセイント・ペプシの名で数多くの作品を残してきた。前名義ではサンプリングを多分に用い、ディスコブギーアンビエントなどが混在した楽曲をクリエイト。また、2014年にリリースされたEP『Gin City』のタイトル・トラックではジュークにアプローチするなど、興味の向いた音楽要素は何でも採り入れてしまうのも、この男の大きな魅力である。

 そんなライアンの作る楽曲は、サンプリングを主体とした〈ヴェイパーウェイヴ〉というインターネット・ミュージックのタームで捉えられることも多く、実際、セイント・ペプシ名義でBandcampにアップされた全音源には〈Vaporwave〉のタグが付けられていた。ちなみに、ヴェイパーウェイヴを作っているほとんどの人は匿名であり、アーティスト名やプロフィールもデタラメなものが多く、非常に謎めいたムーヴメントだと言える。そのようなシーンで名を上げたライアンだからこそ、音そのものよりも、彼個人のキャラクターを立たせることにはあまり興味がないようだ。

 「僕は音楽で人をひとつにしたいから、あまり自伝的になりすぎないよう努力している。自分の性格を神秘化するよりもね。リスナーと繋がりを持つほうに断然興味があるんだよ」。

 そうした姿勢は、たくさんの人がコミットできるであろう『Prom King』の作風にも反映されている。少しばかり奇異な言い回しではあるが、本人は「普遍的なメッセージのあるポップソングを、自分が慣れ親しんでいるスタイルの〈音の包み紙〉に込めることができた」ともコメント。

 この〈慣れ親しんでいるスタイル〉を具体的に紐解くと、ディスコ、ブギー、80sニューウェイヴといった感じになるだろうか。アルバムは、キャッチーなメロディーとシンプルなビートが際立つポップソングで占められ、セイント・ペプシ名義で見られた先鋭性は影を潜めている。その代わり、これまでのリリースで培ってきたプロダクション技術を活かしながら、歌モノとしての訴求力を獲得。音数は少なく、派手なエフェクトや音色が用いられているわけではないものの、ひとつひとつの音が適所に配置されたおかげで、曲の完成度は非常に高い。もちろん捨て曲はなし。すべてのナンバーが心地良い輝きを放っているのだ。

 それでも強いてハイライトを挙げるとすれば、2曲目の“Can't You See”。秀逸なコーラスワークが光り、聴き手のテンションを高めていく展開が素晴らしいからだ。さらに、幽玄なリヴァーブが印象的で、ライアンの美声を存分に堪能できる8曲目“Affairs”も筆者のお気に入り。彼が幼い頃から聴いてきたという、デュラン・デュランに通じるものを感じられる点もおもしろい。とはいえ、アルバム全体に漂う雰囲気は、90年代半ばのフレンチ・タッチが生んだ諸作に近い。もっと言うと、『Homework』期のダフト・パンクを想起させる。つまり、『Prom King』は遊び心に溢れ、キラキラとしたチャーミングな一枚ということだ。

 

スカイラー・スペンス
本名、ライアン・デロバーティス。93年生まれ、NY在住のクリエイター/シンガー。2012年後半にセイント・ペプシの名前で活動を開始し、同年12月にファースト・アルバム『Laser Tag Zero』を配信する。2013年1月1日から3日間連続でアルバムをネット上にアップするなど、以降も精力的に作品をリリース。ヴェイパーウェイヴの代表アクトの一人として注目を集める。2014年8月にカーパークと契約し、自身初のフィジカル作品となる7インチEP『Fiona Coyne/Fall Harder』を発表。tofubeatsらが同作をレコメンドしたこともあり、日本でも知名度を上げる。今年に入って現在の名義に変更。このたびニュー・アルバム『Prom King』(Carpark/HOSTESS)をリリースした。