吉澤嘉代子が日常のなかで見つけた12の絶景たち

 まるで物語を語るような歌詞、そして、曲ごとに変化するカラフルなサウンド――ときには暴走する妄想を魔法の杖のように操って、ユニークな歌の世界を生み出してきたシンガー・ソングライター、吉澤嘉代子。でも、セカンド・アルバムとなる新作『東京絶景』は、これまでの作品とどこか雰囲気が違う。徳武弘文高田漣が参加したカントリー・テイストの曲もあれば、曽我部恵一がギターを弾いたフォーキーなバラードがあったりもして、いつもよりナチュラルでメロディアスなムードが漂っている。アルバムのコンセプトについて、彼女はこんなふうに説明してくれた。

吉澤嘉代子 東京絶景 e-stretch(2016)

 「ファースト・アルバムの『箒星図鑑』(2015年)は〈少女時代〉をテーマに作ったんですけど、そういう〈少女の妄想ドタバタ劇〉は自分にとって十八番みたいなもので。今回は妄想から現実へ飛び出すようなアルバムを作りたいと思ったんです」。

 なんて話を聞くと〈妄想少女を卒業してナチュラル・ウーマンに?〉と勘ぐってしまうが、実はデビュー前から「セカンド・アルバムは日常をテーマにしたものを作りたいと思っていた」らしい。そこで彼女はこれまで書き溜めた曲のなかから新作のコンセプトに合った曲を集めて、アルバムの構成を練った。

 「いつも、いろんなタイプの曲を書いてストックしているんです。その曲をどんな形でアルバムにパッケージするか?って考えるのが、自分にとっていちばん楽しいところで。だからアルバムには、10代の頃に書いた曲と新曲が混ざり合っているんです。作品を発表するタイミングのプライヴェートな気持ちよりも、曲をいちばん良い形で発表することが自分にとって大切なんですよね。そして、アルバムを最初に立てた計画どおり作っていくことも重要。完璧にはできないけど、完璧主義なところがあるんですよ」。

 そんなわけで今回、〈日常〉というコンセプトをもとに集められた全12曲。果たして、そこに広がる歌の風景はどんなものになったのか。彼女自身による全曲のコメントを通じて、アルバムの内容を探ってみよう。

 

12の歌に込められたユーモラスな絶景ポイントを個別に解説!

1. movie
 「子供の時、魔女修行として飼ってた犬に話しかけていたんです。その犬が病気で危ない状態が続いた時、〈死なないで〉って話しかけていたんですけど、そのせいで引き止めているのかと思って。それで、ある日、〈もう大丈夫だよ〉って話しかけたら、その数時間後に亡くなったんです。魔女修行のおかげで話ができたのかなって思って、その時の気持ちを歌った歌です」

2. ひゅー
 「〈擬人化シリーズ〉みたいな曲がいくつかあるんですけど、この曲は心臓が擬人化して自分を〈ひゅーひゅー〉って冷やかす曲です。マンガとかで〈ひゅーひゅー〉って冷やかしてるけど、実際に〈ひゅーひゅー〉なんて恥ずかしくて言えないじゃないですか。すごい奇妙な言葉だなって思って、歌にしてみました」

3. 胃
 「いつか“胃”というタイトルで曲を作りたいな、と思っていたんです。曲のなかで、ヒロインのせいで相手の胃が弱ってしまうんですけど、私、これまでに〈あなたと一緒にいると胃が痛くなる〉って言われたことが何度かあるんですよ(笑)。そういうところを直したいと思っていて、その反省の気持ちも曲に入ってますね」

4. ガリ
 「これもタイトルから作りました。お寿司が大好きなので(笑)。〈ガリ〉には〈ガーリー〉っていうイメージも入ってます。カントリーっぽいアレンジにしたくて徳武(弘文)さんと(高田)漣さんに参加してもらいました。漣さんにはこれまで何度も参加してもらっていたので、この曲も素敵な仕上がりになるだろうなって思ってました」

5. ひょうひょう
 「19歳の頃、初めて事務所のディレクターに曲を聴いてもらって、いろいろとアドヴァイスを受けたんですけど、自分の曲の世界に誰かが入ってくるのが初めてのことだったので、すごく嫌で。それでケンカして泣きながらこの曲を書きました(笑)。私は人との関わりでつまずくので、何かあった時にも飄々としていたいって思いますね」

6. ジャイアンみたい
 「同い年くらいの子たちと接していると、つくづく自分が子供だなって思うことがよくあるんです。気を遣えないし空気も読めなくて、自分がやりたいようにやって退散しちゃう。気が付いたらジャイアンみたいになってる時があるんじゃないかって。もちろん、誰に対してもそうなるわけじゃないですけど、そんな自分を戒める歌でもあります」

7. 手品
 「北原ミレイさんの“ざんげの値打ちもない”を意識して歌詞を書きました。阿久悠さんの歌詞って、短い言葉に女性の半生が刻み込まれていて〈スゴすぎる!〉ってうっとりしちゃうんです。この曲は男に騙されていた主人公が、その男を殺しに行く物語になってるんですけど、それをあえてポップなメロディーに乗せて歌ってみました」

8. 化粧落とし
 「『魔女図鑑』(インディー時代に出したミニ・アルバム)に入れていた曲ですが、サビにドラム、ベース、ギターを加えて元歌からの豹変ぶりを出しました。ギターをお願いしたのはマーティ・フリードマンさんで、思い切り派手に弾いてもらいました。サビは中島みゆきさんが憑依するようなイメージで書いてます。その頃観た中島さんのライヴが衝撃だったので」

9. 綺麗
 「〈綺麗〉っていう漢字を〈なんて美しいんだろう〉と思ったことがきっかけで曲を書きました。恋が始まりそうになるんですけど、彼とは気持ちがすれ違ってしまう。それでも自分のことを覚えていてほしいって思う歌ですね。〈キラキラ〉という言葉に濁点が付くと〈ギラギラ〉になって響きも意味も濁ってしまう日本語のおもしろさをサビで表現しました」

10. 野暮
 「“綺麗”のヒロインがデートから帰ってきて……っていう設定です。最初に出来たのはこっちのほうなんですけど。この曲では多重コーラスに挑戦しました。山下達郎さんがライヴで多重コーラスで歌われているのを観て衝撃を受けたんです。実際に自分でやってみると想像以上に難しかったですけど、最終的にはすごく良いものが出来たと思ってます」

11. ユキカ
 「〈初恋〉をテーマにして作りました。恋をしてフワフワした気持から少し経った時に、自分でその恋を壊すようなことをしちゃうみたいな。そういう、〈恋辛い〉感じを歌いました。“ユキカ”っていうのは親友の名前で、できるだけユキカという言葉に対して意味を持たせないようにしたんですけど、人の名前を借りている以上、変な曲にはできないと思ったら、ものすごく真っ直ぐな曲になりましたね」

12. 東京絶景
 「そのユキカちゃんに捧げた曲です。彼女は東京に上京したんですが、彼女のアパートにお泊まりした時、彼女の目を通じて〈東京〉を見た気がしてこの曲を書きました。曽我部(恵一)さんにギターを弾いてもらったのは、曽我部さんと言えばシモキタっていうイメージがあって、ユキカちゃんのアパートが(下北沢に近い)新代田にあったからです。弾いてもらったら、曽我部さんの歌みたいな雰囲気も出ました」

 


吉澤嘉代子〈絶景ツアー “夢をみているのよ”〉
4月9日(土)の札幌 cube gardenから4月30日(土)の東京国際フォーラム ホールCまで、全国7か所で開催予定。詳細はオフィシャルサイト〈www.yoshizawakayoko.com/〉まで!