ケンドリック・ラマーは第58回グラミー賞で5冠に輝き、復活を遂げたディアンジェロは今年3月の再来日で横浜公演をソールドアウトさせた。両者の最新作でロバート・グラスパーを筆頭とする新世代ジャズ勢が大きな働きを見せ、ジャンルの壁を越えた〈連帯〉が音楽シーンの勢力図を塗り替えている昨今。彼ら主役たちの活躍に続けとニューカマーも名乗りを上げ、ブラック・ミュージック全体が21世紀以降のピークと呼べそうな盛り上がりを見せている。そのなかで注目すべきは、旬の才能たちが今年の春~夏にかけて続々と日本にやってくること。7月に〈フジロック〉出演とBillboard Liveの単独公演も予定しているロバート・グラスパー・エクスペリメントを筆頭に、ジ・インターネット、カマシ・ワシントン、ハイエイタス・カイヨーテなど、前回の公演で大反響を巻き起こしたアクトはもちろん、ブレイク間近の新顔も見逃せない。
そのなかから、今回は4月のブランドン・コールマンと5月のキングを中心に、この春の注目公演を一挙紹介。コンピレーション・シリーズ〈Free Soul〉やディスクガイド本「Suburbia Suite」などを通じてアーバン・ミュージックを長年紹介してきた編集者/選曲家/DJ/プロデューサーの橋本徹(SUBURBIA)氏と、〈Jazz The New Chapter〉シリーズで監修を務める音楽評論家の柳樂光隆氏を迎えて、来日フィーヴァーの観どころを語ってもらった。
ブランドン・コールマン
日時/会場
4月9日(土) Billboard Live TOKYO(詳細はこちら)
4月11日(月) Billboard Live OSAKA(詳細はこちら)
2015年のカマシ・ワシントン来日公演で存在感を放った鍵盤奏者がブランドン・コールマン。スタンリー・クラークやロイ・ハーグローヴ、ケニー・ギャレットなどジャズ界の大物たちと共演する傍ら、カマシ・ワシントン『The Epic』(2015年)やフライング・ロータス『You're Dead』(2014年)、サンダーキャット『The Golden Age Of Apocalypse』(2011年)などブレインフィーダー界隈の重要作にも参加。2011年にCD-R/配信のみで自主リリースされたあと、2015年に日本盤化した初ソロ・アルバム『Self Taught』でも多彩な才能をアピールしてみせたLAシーンの秘密兵器が、今回は自身のバンドを率いて登場する。
橋本徹「僕がジャズやビート・ミュージックに根差した、2010年代に続くLAシーンの流れを意識するようになったきっかけは、カルロス・ニーニョとビルド・アン・アークだったんだけど、ブランドン・コールマンは彼とミゲル・アットウッド・ファーガソンのJ・ディラ・トリビュート作『Suite For Ma Dukes』(2009年)に参加していて、その名を意識したんだよね」
柳樂光隆「僕も一緒です。カルロス・ニーニョ/ビルド・アン・アーク周辺やブレインフィーダー界隈から生まれ落ちた、LAの正統派というイメージ。『Suite For Ma Dukes』より遡ると、ビリー・ヒギンズ※がラマート・パークに設立したLAのコミュニティーで、カマシ・ワシントンなどと一緒に演奏していたのが彼のルーツなんですよね。過去にはベイビーフェイスとも一緒に仕事していて、そういうスタジオ/ツアー仕事でメロウな感覚を培ってきた人だと思います」
※オーネット・コールマンやジョン・コルトレーンとも共演したLA出身のジャズ・ドラマー。2001年に肝不全で死去
橋本「カマシのライヴでは、重厚感のあるスピリチュアルな演奏のなかで、彼のヤンチャなノリが良い味になっていた。ジ・インターネットにおけるジャミール・ブルーナー(サンダーキャットの実弟)もそうだけど、こういう砕けた人がバンドに参加することで逆にバランスが取りやすいのかもしれない。『The Epic』に収録された演奏とは少し違ったよね。あのアルバムでは、ステージ上でのキャラクターからは想像しづらい、荘厳な雰囲気がキーボードからも感じられたから」
柳樂「『The Epic』は作りがカッチリしてますもんね。実は即興的な部分だけじゃなくて、作曲やアレンジの部分が優れているアルバムだと思いますし」
橋本「そうそう、名盤たる風格がすごいじゃない。その一方で、ライヴ・パフォーマンスや本人のアルバム『Self Taught』では、もっと遊び心が感じられる」
柳樂「とことんアーバンな音を、衒いもなく鳴らしてますよね」
橋本「デイム・ファンクあたりが標榜しているようなアーリー80sのファンク/ブギ―だったり、70年代後半のジャズ・ファンクやフュージョンの流れにある音だよね。ある意味、サンダーキャットのスタイルにも近い」
柳樂「ブランドン・コールマンとサンダーキャットといえば、ディー・ディー・ブリッジウォーターが歌っているスタンリー・クラークのアルバムを思い出すんですよ」
橋本「『Children Of Forever』(73年)でしょ? 『Jazz Supreme』(橋本が監修した2008年刊行のディスクガイド&コンピCD)でも紹介しているけど、あのアルバムは最高だよね」
柳樂「不思議なバランス感覚を持った一枚ですよね。スピリチュアル・ジャズっぽいけどフュージョンらしさもあるし、フュージョンにしてはニュー・ソウル的なメロウネスもある。そういう独特な感じが、ブランドンやサンダーキャットの音楽にも感じられる気がして」
橋本「コズミックなんだけど、同時代のブラジリアンやAORみたいにメロディアスなエッセンスもあるんだよね。あと、ハービー・ハンコックの『Sunlight』(78年)に“I Thought It Was You”ってヴォコーダーを使った曲があるでしょ。『FREE SOUL GRAFFITI』(98年)にも入れたことのある名曲だけど、ブランドンはあのへんのスタイルを進化させている印象があるかな」
柳樂「そうですよね。ビル・ローレンス(スナーキー・パピー)もそうだし、『Sunlight』をお気に入りに選ぶ若いジャズ・ミュージシャンは最近多いですよ。そういえば、昨年ブランドンに取材したときに、ヴォコーダーやシンセのマニアだと言ってました。あとは映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のような80sカルチャーや、ジョン・ウィリアムズみたいな映画音楽がとにかく大好きなんですよね。ゴージャスで夢のある感じというか」
橋本「70年代後半~80年代前半にかけて生まれた音楽や文化が、ルーツの一つになっている世代なんだろうね」
柳樂「『Self Taught』の話をすると、4曲目(“Gotta Be Me”)が〈ベニー・シングスが書いたモータウン・ポップス〉って感じでたまらないんですよ」
橋本「3曲目(“Moon Butter”)は、かなりフリー・ソウルっぽかったな(笑)。エレピやフェンダー・ローズ、クラヴィネットにシンセ・ベースやヴォコーダーも駆使して、ファンキーなんだけどAOR的なフィーリングがある。そういうのでまず思い浮かぶのはスティーヴィー(・ワンダー)だけど、彼らにとって大きいのはジョージ・デュークなんだろうな」
柳樂「確実にそうでしょうね。ジョージ・デュークはもともとフランク・ザッパのところにいた人だから、メロウな部分とエクスペリメンタルな部分を両立させていて、そういうところも最近のLAシーンと繋がっていますよね。そういえば、フライング・ロータスも『You're Dead!』(2014年)を発表したときに、ジョージ・デュークの『The Aura Will Prevail』(75年)を影響源として挙げていました」
橋本「そのアルバムと同じ年にリリースされた『I Love The Blues, She Heard My Cry』に収録されている“Someday”は、特にフリー・ソウルのファンが好きな曲のなかでもブランドンやサンダーキャットっぽいかもね。エレクトリックでちょっとヘンな鍵盤が中心なんだけど、メロディアスで浮遊感がある」
柳樂「でもライヴになると、ジミヘンがキーボードを弾いているような感じになるんですよね。〈キーボードでキーボードを弾かない〉というアイデアも、いまのジャズ・ミュージシャンっぽい。実際に、本人も普段はギターばっかり弾いてるそうで、インタヴューでもジミヘンとアルバート・キングの話をしていました」
橋本「それ、想像できるなぁ(笑)。いずれにせよ、バンド・リーダーとしては今回が初めての来日だよね。『Self Taught』のポップな世界観が前面に出たら、誰が観ても絶対楽しいライヴになるだろうね」
柳樂「あとはブレインフィーダーから『Resistance』というタイトルの新作を年内に出す予定で、そこに収録される曲も一足先にプレイするかもしれないですね。7月にはカマシも〈フジロック〉で再来日しますが、その前にブランドンのライヴを観ておくことで、カマシのアンサンブルも一層楽しめるようになるかもしれない」
橋本「ブレインフィーダーの作品は、いつもコンセプチュアルでしっかり作り込まれているから、『Self Taught』以上に決定的な内容になるんじゃないかな」
ジャック・ムーヴス
日時/会場
4月8日(金) Billboard Live TOKYO(詳細はこちら)
4月10日(日) Billboard Live OSAKA(詳細はこちら)
ブランドン・コールマンの来日公演と時を同じくして、新世代ソウル・デュオのジャック・ムーヴスもデビュー・アルバム『The Jack Moves』を引っ提げて初来日。彼らにも要注目だ。
橋本「ジャック・ムーヴスはスウィート・ソウルの現代版という感じで、本当に良く出来てるよね。シングルの“Make Love”は、初めて聴いたときに、ラジオで流れてきたらみんな好きになりそうな曲だなって思った。最近の新人アーティストのなかでは、かなりキャッチーじゃないかな。普遍的に訴えかけてくるタイプの音楽だし、スウィートなサウンドのなかにメランコリーな要素も感じられるのもいい」