トクマルシューゴが変わった。2012年の前作『In Focus?』から3年半、来るべきニュー・アルバムへの布石としてリリースした両A面シングル『Hikageno / Vektor feat. 明和電機』では、ポップ・マエストロと謳われた従来の制作スタイルを一新。これまで〈一人で音楽を作ること〉に情熱を傾けてきた宅録のエキスパートが、バンド演奏の一発録りや他アーティストとのコラボレーションなど、過去に用いなかった手法に果敢にトライしている。

いま思えば、トクマルシューゴのソロ・キャリアは日本のインディー・シーンが成熟していく過程とほぼ重なっており、そのなかで彼は独自のポジションを確立してきた。節目ごとに音楽性をアップデートしながら、DIYなスタンスを崩すことなく理想的な成功を収め、最近も井の頭公園を舞台とした映画「PARKS」や、楳図かずお原作のミュージカル「わたしは真悟」の音楽に携わることが発表されるなど、活動のフィールドを拡げている。また、〈歌詞で伝えたいことは特にない〉と明言しつつ、音楽とアティテュードで時代を牽引していくスタイルは、21世紀におけるアーティストの新しい在り方を日本に提示してきたとも言えるだろう。

そんなトクマルシューゴはどのように時代と向き合い、自分の音楽制作をどう位置付けてきたのか。今回なぜ、制作方法をシフトチェンジしようと思い立ったのか。それらについて尋ねると、〈簡単に音楽を作れるようになった時代〉に対する挑戦とも受け取れそうな、驚くべき制作論を明かしてくれた。そのロング・インタヴューを前後編でお届けする。

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トクマルシューゴ Hikageno / Vektor feat. 明和電機 Pヴァイン(2016)

 

インターネットのおかげで、僕はここにいるようなものだから

――前作の『In Focus?』がリリースされてから、気付けば3年以上が経ちました。

「『In Focus?』を発表してから、もうしばらくアルバムは出さなくていいかなと思ったんですよ。(リリース後に)ツアーや海外からのオファー、それ以外の仕事も結構入ってきて。全部ひと段落したら、1年くらいのんびりしようかなとも考えていたんですけど、(時間が経つと)やりたいことがまた出てくるし、休むヒマもないほどいろんなことをやってきた(笑)。そうこうしているうちに時間も過ぎていって、〈ああ、もう4年も経ったのか……〉みたいな感じで」

――〈しばらくアルバムはいいかな〉と思ったのはなぜ?

「一旦区切りを付けるというか。ファースト(2004年作『Night Piece』)とセカンド(2005年作『L.S.T』)を出したあとにも、自分にとっての宅録的な作品は一度〈完結した〉と思って。それからPヴァインに入って、『EXIT』(2007年)と『Port Entropy』(2010年)をリリースして、(自分の音楽が)広まるところまで広まった。そういう流れを『In Focus?』で一旦完結させたというか。上手くいったとか理想通りにできたというのは置いておいて、自分が〈やりたかった〉と思い描いていたことを達成できたと思ったし、満足感もありました」

――その満足感は、〈一人で音楽を作ること〉に対してですか?

「それもありますね。(活動を)続けるうちに、これまで自分一人だとできなかったことも〈できるんじゃないか?〉と思うようになって。舞台やCM、映画の音楽みたいに、いろんな人と仕事をする機会も増えて、自分にないアイデアを具現化すること、自分がやったことのないことに挑戦したい気持ちは常にあって、楽しそうだと思うことは全部やりたい。(4年の間に)いろいろやりたくなったんですよね、たぶん」

2015年にキヤノンの小型カメラ「iVIS mini X」特設サイトにて公開された、“My Blue Heaven”の多重演奏動画。トクマルが1人で18パートを演奏し、同カメラを用いて全編を撮影

 

――いまおっしゃったように、トクマルさんのキャリアにおいて『L.S.T』から『EXIT』に至る変化は大きな転機だったと思います。そういう変化のタイミングは、自分のなかで意識するものなんですか?

「しますね。そのときの大きな要因としては、機材が変わったり、新しい楽器を手に入れたりとか、物理的なことが一つあって」

――『L.S.T』から『EXIT』にかけての一番の変化は、音楽性がポップになったことだと思うんですよね。トクマルさんのヴォーカルなども含めて。

「自分のことを客観的に見るようになったのが、その時期の大きな変化ですね。『EXIT』と『Port Entropy』は、トクマルシューゴというアーティストを(自分のなかに)作って、その人が制作したアルバムという感じ。すごく俯瞰しながら作った記憶があります」

――セルフ・プロデューサー的な観点が生まれた、ということですよね。それ以前の作品は違った?

「『Night Piece』と『L.S.T』の2枚はもっとパーソナルというか、〈自分が本当にリリースしたいのは、どんなアルバムだろう?〉と考えて作ったものですね。ファースト・アルバムを作るときは聴くのを一旦ストップして、自分の音楽しか聴かずに、一気に完成させたので」

『Night Piece』収録曲“Such A Color”。2014年には同アルバムのリリース10周年を記念した完全再現ライヴも行われた
『L.S.T』収録曲“Karte”

 

――そうだったんですか。

「それと実は、『L.S.T』の曲はファースト・アルバムよりも前に作っていたんですよ。もともとGELLERSのために書いたけど、ボツった曲を半分くらい収録していて。だから、出来上がる前から〈過去の作品〉というイメージもあったし、その頃は自分のスキルにも限界があったから、次のアルバムは何か新しいものにしたくなった」
※幼馴染みである田代幸久川副賢一、トクマル、大久保日向新町慎悟の5人が90年代に結成したバンド。最新作は2014年のシングル“Cumparsita”

――というと?

「これまでは自分のために作ってきたけど、次は〈トクマルシューゴというアーティスト〉のために作ろうと。ファーストとセカンドは届けたかった人には届けることができて、そこは満足したんです。でも、自分がよく知らない世界の人たちの元には届かなかったし、理解してもらえなかった。そのときに〈自分の音楽を聴く可能性があるリスナーは、何人いるんだろう?〉と考えた結果、国内だけでだいたい1~2万枚くらい売れる可能性は感じていたんです」

――その数字はどこから出てきたんですか?

「例えば、当時10万部くらい音楽雑誌が売れていたとして、自分が作っている音楽は、そのうち10人に1人、1万人くらいに広がったらいいなと思ったんですよね。このときはPヴァインからリリースすることも決まっていたので」

――『EXIT』がポップな作品になったのは、そういう背景があったんですね。

「いや、〈トクマルシューゴというアーティスト〉のために作ったら、ポップな作品が出来上がってしまったんです。そういう可能性を感じたのはアルバムが完成してからで。でも最初は、自分の音楽を誰かが買うとは到底思えなかったです。その頃に流行っていた音楽とは全然違うものだったし。ただ一方で、〈こういう音楽を聴いてくれる人は、どこかに絶対いるだろう〉という確信めいたものもありました。自分と同じような音楽を好きな人たちがそれだけいるはずだからと」

『EXIT』収録曲“Parachute”

 

――2000年代の中盤くらいまでは、なんとなくそういう空気がありましたよね。自分と同じ音楽を聴いている人って結構いるんだな、みたいな。mixiのおかげかもしれないけど。

「ありましたよね、本当にそう。インターネットのおかげで、僕はここにいるようなものだから(笑)」

――ワハハハ(笑)。実はトクマルさん、インターネットがかなり好きらしいですね。

「本っ当に大好き、インターネットの黎明期からずっと(笑)。パソコン通信は僕が始めた頃にちょうど廃れだして、〈何やらインターネットというものがあるらしい〉と。僕はそういう狭間の世代。当時のYahoo!はコミュニティー別に分かれていて、そこで自分の好きそうな音楽をしらみ潰しに探してました」

――それはいつ頃の話ですか?

「20年くらい前かな。まだGoogleはなくてYahoo!がスタートしたばかりで、〈ヤホー〉と呼んでる人もいた(笑)。当時のネットは危なくてフリーダムだったから、〈ホントにこういう世界があるんだ~〉って。すごく楽しかったですね。こんなに一般化するなんて思いもよらなかった」

――かつてのネットは、アンダーグラウンドな存在でしたもんね。

「そうそう。いま思えば、〈音楽がネットで聴ける〉というのも衝撃的だったし。昔はまだ音も悪くて、(一度に)30秒くらいしか聴けなかったけど(笑)。それと、僕は楽器もいっぱいやってたので、どんな演奏者がいるのか、一般的なレヴェルはどんなものか、プロとはなんぞや?……といったことを学ぶきっかけにもなりました。〈これ、どうやって弾いてるの?〉みたいな音源をRealPlayerで聴きながら、自分で研究して演奏力を磨いて、〈すごいやつらはアメリカにいるらしい。よしアメリカに行こう!〉と。だから、インターネットと一緒に育った世代です(笑)」

 

今回は楽をしようと思ったのに、より厳しい選択肢を選んでしまった 

――話を戻すと、結果的にトクマルさんが目標とした通り、『EXIT』はファンベースを大きく拡大する一枚になりました。次作の『Port Entropy』は、そこからさらにステップアップして、過熱する期待に応えるようなアルバムだったと思います。

「うんうん」

――では、『In Focus?』は自分のなかでどういう位置付けでしたか?

「それまでに4枚のアルバムを出して、その〈まとめ〉みたいな感じでしたね。それがあまりにも大変でした」

『Port Entropy』収録曲“Rum Hee”
『In Focus?』収録曲“Katachi”

 

――あのアルバムも制作に長い時間を費やしたんですよね。

「そう、体調も崩したほど」

――そうでしたか。最近は元気なんですか?

「はい、最近は外に出歩くようになって。とにかく新しいことをしようと考えたときに、〈今年は登山だ!〉と(笑)。一度決めたら早いもので、まずは調べて(必要なものを)一式揃えて。普通の人より圧倒的に運動不足なので初心者も初心者ですが、妄想のなかではもうすっかり登山家ですね」

――意外すぎますよ(笑)。でも確かに、『In Focus?』は〈一人で音楽を作る〉という、従来のトクマルさんらしいコンセプトを極めた作品だったから、次のアルバムは大変そうだと僕も思ってました。ご自分ではどうですか?

「まあ、いまだにわからないですね(笑)。とにかくわからないことだらけ。〈完結した〉と思った瞬間、ゼロに戻ったというか。23歳で『Night Piece』を発表したときにも、23年間で培ってきたものを出し尽くしたように思ったけど。だからいまは、0歳からやり直すにあたってインプットを蓄えているところです。いろんな音楽を聴きまくって、映画を観て、本……はあまり読まないけど、あとは山に登って(笑)。とにかくインプットだらけの日々を送っています」

――いろんな音楽って、どのような?

「これまで聴いてこなかったアーティストの作品を、ブートから全部集め直したりしましたね。例えば、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの全作品をちゃんと集めてみたり、YouTubeにも当時のライヴ音源がアップされていたりして、そういうブート音源までとにかく聴き漁りました。〈ロックの殿堂〉みたいなバンドを中心に数百枚ほど。2年くらい前はそういうモードで、去年はひたすら民族音楽ですね。なかでも50~70年代くらいの、西洋のポピュラー・ミュージックを採り入れたアジアやアフリカや島国などの音楽を聴きまくって。もうホントに止まらなかった(笑)」

――振り幅が広い(笑)。ある種のプリミティヴ回帰というか。

「そうかもしれない。あとは、最近共演した上水樽力くんとかと話していると、新しい音楽を知る刺激になることもあって。彼はクラシックの音楽をたくさん研究しているんです。僕はクラシックについてそこまで深く掘り下げたことはないけど、自分の知らなかったクレイジーなコンテンポラリー・クラシックの世界が、まだまだ広がっているんだなと」
※90年生まれ、東京藝術大学音楽音響創造博士後期課程に在籍中。創作活動の傍ら、USカートゥーン・アニメーション音楽における創作技法などを対象に研究を行っている。フランク・ザッパ作品の映像で有名なアニメーション作家、ブルース・ビックフォードの来日記念として今年2月に開催された宇川直宏(DOMMUNE)のキュレーションによる〈チャネリング・ウィズ・ミスター・ビックフォード〉にて、トクマルとの共演が実現した

――この4年間は、そういう〈新しい何か〉を貪欲に求めてきたと。 

「〈何か新しい音楽を作ってやるぞ!〉というよりも、これまでに聴いてきた音楽の深みに改めて触れて刺激されて、〈こういうのを真似してみたいな〉って考えるのが(制作の)きっかけになるので。音楽を作りはじめたときもそうだったし」

――いまも昔もトクマルさんはハードなリスナーだと思いますが、インプット→アウトプットまでの過程がすごく複雑そうですよね。出来上がった曲には、インプットした音楽の痕跡がほとんど見当たらないケースも多いし。

「でも実は、最初にコピーもしてるんですよ。一応やっておけば、〈これは自分でやらなくてもいいな〉と判断できるから(笑)。新しい音楽を聴いたときに〈カッコ良いな〉〈この音はどうやって作るんだろう?〉と気になったら、まず真似をするというのは10代の頃から変わらないですね。それが趣味というか、いまもやってますし」

――筋トレみたいなものですか?

「そうそう」

――それで、ニュー・アルバムに向けたレコーディング自体は2014年の6月から始まっていたということでいいんですよね?

「うん、スタート地点はそこでいいと思います」

――その経過報告とも言える今回のシングルでは、これまでの宅録中心の制作スタイルからガラリと変わってますよね。まず大きな変化として挙げられるのは、レコーディングに携わっている人間の数が増えていること。それも、過去に“Rum Hee”でバンド録音に取り組んだり、ドラムスなどの楽器を他のプレイヤーが演奏したりというケースはありましたが、そういうのとは明らかに動機が異なりそうだなと。

「そうですね。これまでは〈ちょっと自分の演奏だと難しいな〉というパートを頼んできたけど、今回は〈こだわりをなくして、(作業が)早く進んだほうがいいのかも〉と考えたんです。〈これ演奏してください〉といろんな人に頼んで、〈ハイOK!〉と録音して、そのテイクをそのまま使うのが一番手っ取り早いと。あとは話した通り、自分一人で突き詰めるやり方は十分やってきたしもういいかなって。それで別の限界点を探していたときに、いろんな人を集めて演奏を録音して、その〈チップ〉を集めてみることにしたんです。他人の限界点を自分がコントロールするというか。まぁ、今回は楽をしようと(笑)。ところが、いざ初めてみたら『In Focus?』より時間がかかるという(笑)」

――それはなぜ?

「気付いたら、より厳しい選択肢を選んでしまったんですよね。“Lita-Ruta”も“Vektor”もそうですけど、その集めた〈チップ〉をどうやって使うか、まとめるか。これがすごく大変でしたね。例えば“Vektor”は、ディアフーフグレッグ(・ソーニア)が叩いてくれたドラムスのフレーズがきっかけにはなっていて。3日間もセッションして録音したのに、(最終的に使った)ドラムのフレーズ自体はほんのちょっとしか使ってない」
※新アルバムからの第1弾シングルとして2014年12月にリリース。今回の『Hikageno / Vektor feat. 明和電機』は第2弾にあたる

――それをレコーディングしたのは、ディアフーフが来日したときですよね?

「そうです。3日間のレコーディングで、24時間分くらいの素材があって。それを全部聴くだけで24時間かかってしまう(笑)。そこからちょっとずつ掻い摘んで、一旦自分のなかで消化して、自分の曲にして。さらに、それをMIDIに置き換えて入力して、明和電機さんに渡したんです。で、(明和電機のオリジナル楽器による)演奏をまた録音しに行って、それをもう一回ミックスし直して……みたいな作業でした。とにかく手間が掛かり過ぎて。もっと楽するはずだったんだけど(笑)」
※ディアフーフが結成20周年記念の全国ツアーを2014年に実施。東京・新代田FEVER公演での演奏は、後に『FEVER 121614』としてライヴ・アルバム化。同日には、グレッグがドラムスで参加した〈トクマルシューゴPlus〉名義で共演も実現している

――すごいエピソードなので、訊きたいことが山ほどあるんですけど(笑)。とりあえず、ただ一発録りするだけではダメだったんですか? 例えばグレッグのドラムも、ほんの1テイク録って終了したりとか、いいところだけサンプリングするという選択肢だってありますよね。

「そういうやり方だと、僕が飽きてしまうんですよ。あまりにも簡単に作れてしまう。それこそ、1日でポンっと出来るんじゃないかな。あとは例えば、(特定の)1フレーズだけ格好良く仕上げるといったことが僕には向いてない」

 

あえて面倒臭い方法を選ぶ、それが僕なりの音楽に対する接し方 

――今回のシングルに付属しているDVDのなかでも、グレッグや他のミュージシャンが〈自分が演奏したものとは思えなかった〉みたいに話してましたね。

「気付かないような使い方をしているからかもしれないです。例えば、一拍目から〈ダントンタン〉って叩いてもらったリズムの一拍半目くらいから使っていたり。恐らく、誰が聴いたとしてもわからない。そういうところから曲を作り出しました。だから、本当は何万通りものパターンが生まれるはずなんですけど、自分のなかにあるメロディーと合わせてみたりすると、結局自分が好きなものに着地しちゃうんですよね」
※同シングルは、前作『In Focus?』以降のライヴ/レコーディング活動の模様や、トクマル本人/関係者のインタヴューを約60分間収録したDVD作品「IMAGES & TOURS 2012-2016 for NEW RECORDINGS」を加えた2枚組仕様。ユニークな制作スタイルを掘り下げた内容で、このインタヴュー記事を読んでから鑑賞するとさらに楽しめる

――どういうことですか?

「そんなに言うほど(過去の作品と)変わってないというか。そこは実際に作ってみて思いましたね。たぶん、〈チップ〉のチョイスまで他人に委ねないと、自分が想像する以上のものは出来ないというか。でも、そうなると、もはや自分の作品じゃないんだけど(笑)。そこを僕自身は期待していて」

――〈自分が作り上げた、自分以外の誰かによる作品〉みたいな?

「理想はそうです。〈他人が作った〉と錯覚するくらい、自分の想像がまるで及ばないものというか。すべて僕一人で突き詰めて作った音楽は、(自分では)聴いてもさほど感動しないんですよ」

――マジですか、いい曲いっぱいありますけどね。

「だから、ドラッグの力を借りた実験的な音楽や、神の力に支えられたスピリチュアルな音楽も、モチヴェーションはそういうところにあるんじゃないかな。自分ももしかしたら、そういう人たちと近い感覚なのかもしれないです」

――でも確かに、自分以外の誰かをプレイヤーとして招けば、一人だけで作るよりは〈他人が作った〉音楽に近付けそうですよね。そういう意味で今回は、即興というか偶然の要素を採り入れたかったのかなと思ったのですが。

「偶然というよりは、自分が培っていないルートを辿ったフレーズ……例えば、僕が弾いたドレミと、他の人が弾いたドレミで、(同じ楽器を使っても)ちょっと違うニュアンスが出るんですよ。そういう〈違い〉を欲していたのは大きいかも」

――今回のシングル及び制作中のアルバムについては、〈SHUGO TOKUMARU NEW RECORDINGS〉という特設ページで、レコーディング過程を逐一記録して、制作の進行状況をリアルタイムで公開しているのも特徴的で。

「そうですね、おもしろくなりそうだと思って始めたんです」

〈SHUGO TOKUMARU NEW RECORDINGS〉のトップページ http://www.shugotokumaru.com/newrec2016/

 

――あのページを見たときに、今回はシングルやニュー・アルバムの音とは別に、〈制作のプロセス〉自体も単独した作品として捉えているのかなと思ったんですよ。

「はい。プロセス自体も作品、という捉え方で合ってると思います。いま作っているアルバムについては、曲の良し悪しじゃなくて、〈熱量をかけたいか、かけたくないか〉で収録する曲を選んでいて。良い曲か悪い曲かはどうでもいいというか(笑)」

――そこまで言いますか(笑)。

「でも本当に、〈こういう意図があって、こういうプロセスを経たから、自分はこの曲を愛しているんだ〉といったことが見える曲だけに絞りたい。そういう思いは強いです」

――具体的にどういうプロセスを踏むのかは、レコーディングをスタートする前の時点で設定しているんですか? アルバム全体の設計プランとか、どの曲をどのように作るかとか。

「いや、今回は設定してないですね。特設ページにいまは13曲上がっていますけど、たぶん(アルバムに)全部は入らないと思います」

――逆に言えば、あそこにまだ上がってない曲が入るかもしれない?

「それもあるかもしれないし、途中まで仕上がった曲たちをくっ付けて全然違うものにするかもしれない。13曲のなかには、ただのきっかけやアイデアに過ぎない曲もあるんですよ。現在の13曲がすんなりそのままアルバムに収録されたら理想的で気持ち良いんでしょうけど、あれだけ曲があると(情熱に)やっぱり差が出てしまうというか、比重が傾いてしまう。傾いてしまった曲は除外していくしかない」

――絶対にこの基準を超えないとダメ、みたいな。

「そう。自分の情熱が少しでも向けられなくなった曲は、申し訳ないけど外させてもらう」 

――特設ページによると、〈M09〉の“HOLLOW”は完成率が98%で、〈ほぼ完成だが、何かが足りないので、それ待ち〉とあります。きっと残りの2%は、ほとんどのアーティストにとってはち微々たる違いなんだろうけど、トクマルさんにとっては絶対に妥協できない部分なんでしょうね。

「そうですね。何かのきっかけが訪れるか、もしかしたら思想が少しチェンジするだけでOKになる可能性すらある。でもきっと、本当はそんなのどうでもいいんですよね。パーセンテージとか、くだらないことをやってるなって……」

――いやいや(笑)。トクマルさんだから〈なるほど~〉と思いますけど、普通の人だったら途中で心が折れますよ。そういうプロセスへの執念は、いったいどこから湧いてくるんですか?

「昔から、嘘みたいなロック神話が好きなんですよ。神懸かった演奏が生まれた背景をマイルス・デイヴィスのような人が語っている自伝とかが大好きで。そういうプロセスを知ることによって、彼らの曲がより神々しく聴こえるというか」

――すごくわかります(笑)。

「(大手チェーンの)カフェや蕎麦屋などの店内で流れてるジャズも、本当は超名演ばかりですよね。みんなオシャレな気持ちで軽く聴き流しているけど、実はすごい作品なんですよ。その名演はとあるスタジオで録られた最高潮のドキュメントで、その演者を辿っていくと人生いろいろあって、曲が作られた背景のドラマだとか。そういうプロセスを知ってから蕎麦屋に行くと……」

――涙が止まらない?

「もう蕎麦をすすってる場合じゃない(笑)。それを知ってるか知らないかの違いはかなり大きいと思いますね」

――でも最近は、そういうプロセスがないがしろにされている気がしませんか。楽曲そのものには簡単にアクセスできるようになったけど、かつてあったドラマやありがたみが薄れているというか。リスナーもあんまり重要視しなくなってきている気がして。

「プロセスをないがしろにしてるかしてないか、一聴したくらいでは違いがわからないくらいすごいものが、いまは簡単に作れてしまいますからね。ある程度の知識さえあれば、プロフェッショナルな音楽を作ることができる。CMで流したりCDでリリースしたり、そういうレヴェルのものが簡単に。でも、それはやらない。あえて面倒臭い方法を選ぶ。それが僕なりの音楽に対する接し方というか……」

――愛情、思いやり、プライド?

「そうなのかな、わからないけど。〈なんか違うんじゃない?〉って思うんですよ。山登りだって同じで。飛行機やヘリコプターに乗れば、頂上より高いところにも簡単に行けるじゃないですか。それなのに、わざわざお金をかけて重装備を用意して、大雪が降るなか一歩ずつ辛い思いをして登っていく。この行為と結果が繋がる感じが、やっぱり素晴らしいわけですよ。これってなんなんだろう、不思議ですよね(笑)」 

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Shugo Tokumaru ニュー・シングル発売記念イヴェント
〜SATURDAY NIGHT SYMPOSIUM〜

日時/会場:5月28日(土) 東京・渋谷TSUTAYA O-NEST
開場/開演:18:30/19:00
出演:トクマルシューゴ 他
料金:前売/3,000円 ※SOLD OUT 

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