(左から)武田理沙、トクマルシューゴ

2018年、突如としてSoundCloudにアップされた楽曲“鳴”で、コアな音楽ファンにその存在を知らしめたドラマー/ピアニスト/即興音楽家/作曲家の武田理沙。プログレッシヴ・ロックや各種アヴァンギャルド音楽に裏打ちされたその激烈な楽曲はしかし、どこかしらポップで、且つどこかしら人懐こいピュアネスに貫かれた音楽でもあった。その後、デビュー作にして2枚組の大作となった『Pandora』を早くも同年にリリース、底しれぬ音楽的パースペクティヴを備えた内容に、多くのリスナーへただならぬ才能の登場を印象づけたのだった。

その頃から密かに武田の音楽に熱い視線とシンパシーを寄せてきたのが、同じく多重録音作家としてキャリアをスタートし、今では国内外でその評価と人気を確立した鬼才シンガー・ソングライター、トクマルシューゴだ。音楽的には一見隔たった存在と思われるかもしれない二人だが、優れたプレイヤーとしての顔を持ちながら、自身の音楽を執拗なほどに探求するという点で、その作家性を強く共振させあう同士であるといえる。

ポップとアヴァンギャルド、録音物と生演奏の相克、録音の方法論、〈歌〉についての特異な眼差しなど、今回交わされた様々な対話の中から、ジャンル横断的な意識を持つこの優れた音楽家二人が、一体どういった意識の元にその創作を行っているのかが、非常な示唆を孕みながら立ち上がってきた。10月23日(水)にリリースされる(なんと歌モノ主体となる)武田のセカンド・アルバム『Metéôros』の内容を紐解きながら、希なる刺激的な対談が行われた。

武田理沙 『Metéôros』 MY BEST!(2019)

もはや〈音楽〉をやろうとはしてないかもしれない……

――武田さんとは以前「レコード・コレクターズ」(2019年6月号)での僕の連載〈MUSIC GOES ON〉の取材でお会いして以来ですね。

武田理沙「お久しぶりです。お陰様でライヴにプログレ好きの方が沢山来てくれるようになって……」

トクマルシューゴ「 (『レコード・コレクターズ』掲載号の誌面をめくりながら)武田さんのインタヴュー・ページ、マーヴィン・ゲイと西城秀樹に挟まれているじゃないですか。すごい並びだな(笑)」

武田「あ、そうなんですよ、物故した偉人二人に……。私もファースト・アルバム(2018年作『Pandora』)を遺作にすればよかったな」

――いやいや(笑)。あ、そもそも、お二人は初対面ですっけ?

武田&トクマル「はい」

――トクマルさんが武田さんのことを知ったきっかけは?

トクマル「たまたま人に教えてもらったんですよね。〈凄まじい音楽を作っている人がいる〉って(笑)。その時SoundCloudにアップされたばかりの“鳴”という曲を聴いたのが最初ですね」

武田理沙の2018年作『Pandora』収録曲“鳴”

――どういう印象を持ちました?

トクマル「衝撃的(笑)。〈フランク・ザッパとプログレ〉っていうキーワードはまず頭に浮かんできましたね。でも、よく聴くとそれらよりさらにおかしいというか(笑)。元々ザッパのコピーをしている人たちが好きで、その人たちの自作曲とかも聴いたりするんですけど、武田さんはそんな中でもかなり特異な曲を作る人だなあ、と思いました」

武田理沙の2016年のライヴ映像。フランク・ザッパの楽曲をメドレーでカヴァーしている

――実際に、武田さんはフランク・ザッパのカヴァーをバンドやピアノ・ソロでやられていたかと思うんですが、“鳴”についても、ザッパの雰囲気を踏襲しようと思っていた……?

武田「実はザッパを意識している訳じゃなくて。というか、もはや〈音楽〉をやろうとはしてないかもしれない……」

トクマル「どういうこと(笑)」

武田「他人に聴かせようとか全然思ってなくて。初めて作った曲なんですけど、絶対表に出してはいけない感情の塊みたいな(笑)。あの時期は自分の中にガスが充満してて、どこかに穴を空けないと爆発する寸前だったんです。だから誰に何を思われてもいいし聴かれなくてもいいから、とりあえず作ってSoundCloudにあげないとなっていう気持ちで(笑)」

トクマル「すごい情念のようなものを感じましたね。たぶん、どこのレーベルも出してくれないんだろうなって、勝手にシンパシーを感じました(笑)」

――武田さんはトクマルさんの音楽を聴いてましたか?

武田「はいっ、聴いてました。始めは全部一人で演奏と録音からミックスまでやられてるっていうのを意識せずに聴いていたんです。けど、初めて自分でもやってみて、〈こんな辛いことなのか!〉っていうのがわかって(笑)。あらためてこの人すごすぎるというか、リリースに至るまでの経緯を想像しただけで頭がパーンってなる(笑)」

 

武田理沙は〈めちゃくちゃなフォームでめちゃくちゃ速い球を投げている〉

――なかなか話が尽きなさそうなので(笑)、そろそろ武田さんの新作の話を。 『Metéôros』は歌モノ主体になったこともあって、前作からだいぶ雰囲気が変わった印象を受けました。トクマルさんはどう聴きましたか?

トクマル「たしかにびっくりしたんだけど、あいかわらずめちゃくちゃなフォームでめちゃくちゃ速い球を投げているっていうか……(笑)。そこにすごい好感が持てましたね」

武田「その感想、わかります(笑)。私も全部作り終わってから、客観的に聴き直したんですけど、訳わかんないですよね(笑)」

『Metéôros』トレイラー

――歌モノを作ろうというのは当初から決めていたんでしょうか?

武田「はい。ファーストを作り終わった時点から決めてました」

――〈こういうものを作りたい〉っていう設計図から出発する感じですか?

武田「一応そうなんですよ。頭の中には……」

――資料にもある武田さんのコメントがとても面白いと思いました。

武田「あ、これは以前Twitterに書いたやつですね」

トクマル「(読んで)あ~、なるほどね。わかる気がするな」

――つまり、今回は〈ポップス〉という概念を起点にして、どれぐらいその範囲を広げられるかっていう実験をしようとした?

武田「そうですね。ちゃんと実行できたかは全然わかんないけど(笑)」

トクマル「(笑)」

 

わかりやすい音楽は私を〈攻撃〉してくる

――アヴァンギャルドなものとポップなものの同居やせめぎ合いというのは、お二人の音楽に共通する重要な要素だと思います。そのあたりのバランスってどのように取っているんでしょうか?

トクマル「僕の場合は元々、その2つがせめぎ合うギリギリのところで闘っていた人たちの音楽が好きなんです。60年代や70年代に活動していたミュージシャンたちが、レーベルやリスナーからの色々なプレッシャーがある中で、実験的なことをしようとしつつもちゃんと3分間のポップスに収めきる、あの感じ。だから僕もそういう音楽を作っていたいなあ、というのがあるんだと思います。

例えば、10代の頃にキング・クリムゾンのファーストを初めて聴いたときに〈知らない音楽〉と〈馴染みあるポップス〉のバランス感にすごい衝撃を受けて。まず、なかなか曲が始まらない(笑)」

武田「(笑)」

キング・クリムゾンの69年作『In The Court Of The Crimson King』収録曲“21st Century Schizoid Man”。開始30秒ほど経った頃に演奏が始まる

トクマル「すごく過激な音楽だなって思ったんですけど、調べてみると当時のUKで売上1位を獲ったことがあると知って、子供心に〈そんなことってありえるんだ!〉と思った(笑)。世の中で流行っている音楽やその状況とのギャップにびっくりして――僕はそういう体験がルーツにあるんですけど、武田さんの場合は……一体何なんだろう……(笑)? 原体験はクラシックですかね?」

武田「そうですね。ずっとクラシックをやっていて、その後にプログレやフリー・ジャズを聴いて衝撃を受けた感じですね。だから、トクマルさんの気持ちはすごくわかるんですけど、手法的なベクトルは違うのかもしれないですね」

トクマル「僕とは違う方法や表現ではあるんだけど、アヴァンギャルドとポップのバランス感も含めて、根本的にやりたいことは似てるんじゃないかと思うんです。その部分ですごく共感が持てる」

武田「私の場合は、わかりやすいもの(ポップス)が自分を〈攻撃〉してくるっていう感覚があって……」

トクマル「〈攻撃〉!?」

武田「人に理解されやすいものを作ると、それが後で自分を攻撃してくるっていう恐怖……(笑)。〈わかりやすい〉ってことは、〈人に与える印象がほぼ同じ色になる〉っていうことじゃないですか。そこで自分が〈こういうイメージ〉って特定されちゃうのが、たぶん私にとってめちゃくちゃ精神的に苦しいんだと思います(笑)。それが嫌だからアルバム毎に全然違う雰囲気にしたくなってしまうし、中身もいろんな曲調を入れたくなってしまうんです」

――それでも今回はポップな表現に近づいていった?

武田「そう。自分の中の盛大な矛盾ですね(笑)。葛藤っていうか……自分でもよくわからない……(だんだん小声になっていく)」

トクマル「僕の印象だと、菅野よう子さんのやり方にも近い感じがして」

武田「あっ! 菅野さん大好きです」

トクマル「いろんな音楽を知っているはずなんだけど、ルーツがわからないような音楽性になっていてしかもポップ、という点で、特に今作での武田さんと共通点を感じました」

――実際に菅野さんの音楽は武田さんに影響を与えている?

武田「あ、いやっ、ゲーム音楽とかも昔から好きだしすごく尊敬しているんですが、その影響を自覚してしまうことでモノマネみたいになってしまうのが嫌で……」

トクマル「実際、具体的に菅野さんっぽさを感じる曲はないんですけど、もっと感覚的なレベルでの類似を感じますよね」