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グラスパーやフライング・ロータスの背景にJ・ディラが存在している(mabanua)

――以前、カリームを招いたレクチャーの司会をしたことがあるんですけど、彼はジャズ・ドラマーとして1年の大半をツアーで回りながら、その合間にホテルでMPCを使ってビートを打ち込んでいると語っていました。J・ディラも楽器の演奏に幼い頃から精通していたそうだし、2人ともドラムを叩くのとビートを打ち込むということが並列にあるのかなと。そのあたり、mabanuaさんはいかがですか?

mabanua「そうですね。それこそJ・ディラやルーツの音楽から影響を受けて、トラックメイキングと生演奏を混ぜるようになりました。でも、最初は区別して考えていたんですよ。MPC1台で作る美学もあるじゃないですか。自分の演奏をマイクで録って波形編集したりとか、〈本当にいいんだろうか?〉みたいな思いもあったんですけど、『The Shining』を聴いて〈別にいいのか〉と気付いて」

mabanuaのレコーディング映像を記録した2012年作『only the facts』のトレイラー

――自分たちで制作するときに、J・ディラの作り方から影響された部分はありますか?

OMSB「ネタの抜き方ですね。(J・ディラの場合は)同じレコードでも、目立つフレーズじゃなくて、〈え、ここを使ってるの?〉って驚かされることが多い。きちんと細部まで聴き込んでいたからでしょうね。あとは(サンプラーを)MPC3000に替えたのもJ・ディラの影響です(笑)」

――それは確かにデカイですよね。

OMSB「それに自分の『Think Good』(2015年)のジャケットもそうですね。『Welcome 2 Detroit』(ジェイ・ディーの2001年作)みたいにしたいと思って。(ケースを外すと)後ろにエンジニアのIllicit Tsuboiさんが出てくるんですけど、それも(『Welcome 2 Detroit』の)女の人がフワァーっと出てくる感じを意識していて(笑)」

OMSBとBim(THE OTOGIBANASHI’S)がマンションの一室で楽曲を共同制作する過程を収めた、2015年の映画『THE COCKPIT』トレイラー

OMSB『Think Good』(上)とジェイ・ディー『Welcome 2 Detroit』(下)

mabanua「制作面でいうと、ミックスのバランスですかね。キックの音が小さいときもあれば、TR-808の太いのがボンッ!と入ってたり。スラム・ヴィレッジの曲でも、ウワモノの音は極端に小さいのに、スネアは〈痛ッ!〉となるくらい強調されていて(笑)。明らかに歪なんだけど、それが聴いていて気持ちいい」

――バランスが変ですよね。しかも、曲によって全然違う。

mabanua「そうなんですよ、ベースがやたらデカイときもあるし。そういうバランスはワンパターンでなくてもいいんだなって」

スラム・ヴィレッジの2000年作『Fantastic Vol. 2』収録曲“Fall In Love”

――作り手の立場から見て、J・ディラはどういう基準で作っていたと思いますか?

mabanua「意図的にそうしているのか、偶然そうなったのかが謎ですよね……。〈スネアを大きくして、アンバランスにしてみました〉とも、〈呑んだくれてミックスが面倒臭くなったから、そのままバウンスしちゃったんだよね〉とも言いそうじゃないですか」

――そうなんですよね。

mabanua「自然体だから何も考えてなさそうで、そこがすごくいい。〈J・ディラっぽく作りました〉みたいなデモが送られてくるときがあるんですけど、狙ってズラすとすごく不自然に聴こえるんですよね。ただ流行りに乗っかっているだけというか」

OMSB「それ、すごく思います(笑)」

mabanua「不思議なもので、揃えたほうが気持ち良いときもあれば、ズラすことでいきなりパンチが出るときもあって。J・ディラはそういうことが無意識にわかってたんじゃないでしょうか」

――確かにJ・ディラは、酔っ払っているようなトラックをごく自然に作ってますよね。

mabanua「でも、素行が悪かったという話も聞きませんよね。かなりストイックそうな人だし」

――エリカ・バドゥが(J・ディラのいる)スタジオに行って冷蔵庫を開けたら、コーラが綺麗に並べてあったとか(笑)。とにかくコーラしか入ってなくて、取っちゃいけなさそうな雰囲気だったらしいです。几帳面だったんでしょうね。

OMSB「ネタに使うレコードも、マッドリブは必ず大量に購入するけど、J・ディラは〈これだ!〉というのを試聴して選んでから買っていたらしいし」

――お2人は2000年代以降にJ・ディラの音楽を聴いてきた世代ですよね。彼は2006年に亡くなってしまうわけですけど、その後の音楽に及ぼした影響というのはどう感じてますか。

OMSB「めちゃくちゃありますよね。ビート・シーンも全部がそうだとは言えないかもしれないけど、J・ディラの影響を受けたフライング・ロータスが起点となっているというか、J・ディラからの流れでズレのある音楽を作る人が増えたと思いますし」

INFINIT 2.0 · The Lost Dilla Tributes
音楽ブログのINFINITが2016年に公開したプレイリスト〈The Lost Dilla Tributes〉。フライング・ロータスによる“Fall In Love”カヴァーの他、ケイトラナダやジェシー・ボイキンス3世などによる楽曲を収録

――マッドリブたちとの交流から(2004年に)LAに移住して、それがビート・シーンの発展にも繋がったんですよね。ダディ・ケヴも、「〈ロウ・エンド・セオリー〉を始めた頃は、みんなJ・ディラの曲しかかけなかった。逆にそこからどう抜け出すのかがポイントだった」と話してました。そこからフライング・ロータスみたいな新しい才能が出てきて、またシーンが変わっていったとも。

※2006年にスタートしたLAビート・シーンを象徴するイヴェント〈ロウ・エンド・セオリー〉と、音楽レーベルのアルファ・パップの主宰者。DJ/プロデュース活動のほか、フライング・ロータスなどを手掛けるマスタリング・エンジニアとしても有名

OMSB「あとはジャズへの影響ですよね」

――ジャズ・ドラマーがみんなズラして叩くようになりましたよね。それは〈クリス・デイヴ以降〉なんでしょうけど。

mabanua「これは日本のシーンに対する個人的なイメージですけど、クリス・デイヴがいちばん最初だと勘違いしている人が意外と多いんですよね(苦笑)。ミュージシャンは特にそうですけど、ロバート・グラスパーやフライング・ロータスの音楽にはバックグラウンドにJ・ディラが存在していることを知っておいてほしいです」

クリス・デイヴによるスラム・ヴィレッジ“Fall In Love”のカヴァー映像

“Fall In Love”とデ・ラ・ソウル“Stakes Is High”のカヴァーを織り込んだ、ロバート・グラスパーの2007年作『In My Element』収録曲“J dillalude”

――海外のミュージシャンに話を聞くと、本当にみんなJ・ディラを通っている印象です。

OMSBバスタ(・ライムス)やデ・ラ・ソウルとか、いろいろ携わってきたものが(後年になって)幅広く聴かれるきっかけになっているのかもしれないですよね」

mabanua「最近だと、ケンドリック・ラマーの最新作(2015年作『To Pimp A Butterfly』)がソウルクエリアンズっぽいというか、アルバム全体を通じてJ・ディラのエッセンスを感じましたね」

※クエストラヴ(ルーツ)を中心に、ディアンジェロ、ジェイムズ・ポイザー、ジェイ・ディーの4人が90年代後半に立ち上げ、2000年代初頭まで活動を共にした音楽コレクティヴ。詳しくはこちら

クエストラヴが2002年に撮影したソウルクエリアンズのセッション映像。J・ディラがドラムを叩いている

――『To Pimp A Butterfly』のレコーディングは、ディアンジェロやコモン、エリカ・バドゥなどがエレクトリック・レディ・スタジオに入り浸っていた時代の雰囲気と近い感じがしますよね。グラスパーやカマシ・ワシントンのようなミュージシャンを集めて演奏させているところも重なる部分があるし、そう考えると同作にフライング・ロータスが参加している意味も大きい。

mabanua「さっきの生演奏を採り入れているという部分も共通しているし、いろいろと舞い戻っている感じがしますね」