野心と挑戦
ここからの展開は早い。どうにか世に出たSVの『Fantastic Vol. 2』(2000年)が高評を得る頃には、ジェイはライヴ欠席が続き、最終的には脱退を選ぶことになる。契機はもちろん初のソロ・アルバム『Welcome 2 Detroit』(2001年)の制作だっただろう。英BBEの〈The Beat Generation〉シリーズ立ち上げに際する企画盤ではあったが、その自由な気安さが創作意欲とソロ志向を強めるのに十分な材料となったのは想像に難くない。同作で初めてJ・ディラという名(コモンの付けた愛称だという)を併用して身軽になった彼は、自主レーベルのマックナスティに旧友フランク&ダンクを引き込み、自身のソロ・ディールも含んでMCAとメジャー契約を交わしたのだった。この環境下で制作された音源こそ、かねてから『Pay Jay』の名でリークされていた今回の『The Diary』というわけである。
MCA側のA&Rを務めたのは、もともとDJだったというウェンディ・ゴールドスタイン。ゲフィン勤務時にルーツの諸作を担当してきた彼女は、コモンのMCA移籍作『Like Water For Chocolate』(2000年)もヒットさせており、その流れでディラと契約するのはごく自然なことだった。ディラのソロ作は2002年、フランク&ダンクのアルバムはその翌年、という計画で制作は進められていく。この時期のディラはコモンの問題作『Electric Circus』やバスタ・ライムズら身近な連中の作品に貢献しながら、フランク&ダンクの制作に集中。さらに自身のアルバムではラップに注力し、トラック制作は信頼できるプロデューサーに大半を委ねるという新たな冒険を試みていた。実際、『The Diary』には朋友ワジードやカリーム・リギンスをはじめ、すでにシーンで盤石の支持を得ていたハイ・テックやマッドリブ、さらにノッツやビンク!、大御所ピート・ロックらのビートが並ぶ。つまり、この不世出のビートメイカーのキャリアにおいては後にも先にもない異色のラップ・アルバムというわけだ。ゲストに名を連ねるスヌープ・ドッグやコケインの参加は当時ドギースタイルがMCA傘下にあった縁もあるのだろうが、他にも新進気鋭のビラル、もちろんフランクとダンクも迎え、最低限の華やかさと共にソロ・ラッパーとしてのエスタブリッシュメントを図ったディラらしい、バランスの取れた布陣だったと言えるのかもしれない。ハウス・シューズの手による導入の“The Introduction”ではATCQ“Excursions”におけるQ様のラインを引用しながら意気を語り、自信満々にマイクを捌くディラの野心的な姿は全編で堪能できる。
なお、リーク音源では“We Fucked Up”として知られていたカニエ・ウェスト制作曲は、ディラ自身のビートによる“The Anthem”に差し替えて収録(リリックは同じだがラップのテイクは異なる)。他にもアップ・アバヴから2001年に出していたシングル“Fuck The Police”など数曲では、ディラもみずからビートを手掛けている。ただ、本人が意気込むほど自作のビートと外部勢のトラックに劇的な隔たりはなかったりもして、それはプロデューサー陣の顔ぶれゆえか、あるいはディラ自身のビートメイクがこの時期に激しく変貌していたからだろう。