ライフワークとしてわらべうたを歌い続ける

――では、ゲスト陣の話に戻って。2曲目の埼玉の“蛍の歌「あの山で光るものは」”では、青葉市子さんがコーラスで参加されていますね。

「市子ちゃんは声が本当に独特ですよね。蛍の淡い光の感じを出すのに、彼女が歌ってくれたらいいなと思っていたんですけど、改めて聴いて想像以上に少女の声だなと思いました。着物を着た小さい女の子が歌っているみたい。私の声と比べるとホントに女の子の声だなと(笑)」

青葉市子の2013年作『0』収録曲“いきのこり●ぼくら”
 

――寺尾さんは自分の声をどう思われているんですか?

「私の声はおばさんの声じゃないですか(笑)」

――ハハハ(笑)。3曲目の島根の“隠岐のうさぎの子守歌「ねんねこお山の」”には、コリアン3世のチェ・ジェチョルさんがチャンゴなどで参加。リズミカルで明るい感じの曲になっています。

「隠岐の島は、場所柄、朝鮮の文化の影響があるんですよね。いまも隠岐牛が有名ですし、闘牛も盛んで。闘牛は800年の歴史があって、後醍醐天皇を慰めるために始まったそうですが、もともと朝鮮の人が(島に)よく立ち寄っていたようだし、牛が入ってきていたんだろうと思います。そんなこともあり、チェさんのチャンゴを入れたらいいだろうなと思って。これはラフカディオ・ハーン……小泉八雲が気に入っていた海士町の子守歌なんですけど、80年代くらいに楽譜にした人がいたようで、たまたま海士町の宿に泊まったときに、その手書きの楽譜が置かれていたんです。ちょうど翌日にライヴだったので、歌ってみようと思って、そこで初めて演奏した曲です」

チェ・ジェチョルのパフォーマンス映像
 

――次の4曲目も〈うさぎの子守歌〉ですね、広島の“豊田のうさぎの子守歌「ねんねん山のうさぎは」”。さっきの“隠岐のうさぎの子守歌”はすごく明るい曲でしたが、これは短調で、ものがなしい印象です。実際のところ、子守歌はほとんどが短調だそうで。

「古い歌に明るい歌が多いようです。中国地方には、古い歌が多く残っているみたい。〈うさぎの子守歌〉は本当に興味深いですよ。うさぎの耳がどうして長いのかというテーマのまま、全国にその土地ごとのヴァージョンがあって、その答えの違いがまたおもしろい。この曲では、びわの葉になぞっているんですけど」

――短調のものと明るいものはどこで違ってきているんでしょうか?

「うーん、どこなんでしょうね。歌詞はほとんと同じでも長調と短調があったりしますし。でも、結局歌い手にとっては主旋律がすべてなので、その歌う人の微妙な感じによって長調になったり短調になったりと、意外と境界は曖昧のような気がします。いまみたいにくっきり分かれるのは、(楽器の)ベースがあるからで、そもそもは意外と近いのかなとも思うんです」

――そして、5曲目も子守歌ですね。この長野の“野沢温泉の子守歌「ねんねんねむの葉っぱ”」では、小林うてなさんがマリンバを弾かれていて。

「うてなちゃんは出身が長野なんですよ。彼女は録音が早かったですね。マリンバを組み立てている時間のほうが演奏している時間よりも長いくらい」

――今回のレコーディングはだいたいそんな感じだったんですか?

「いつもそんな感じですね(笑)」

――ファースト・テイクがいちばん良いとか?

「まあ録り直しても2回とかですよね」

――この曲でうてなさんに声をかけた理由は?

「私は彼女のことを全然知らなくて。エンジニアの葛西(敏彦)さんがマリンバならうてなちゃんが良いんじゃない、と言ってたんです。私にもマリンバを弾ける友達はいたんですけど、葛西さんがそう言うなら、その人に会ってみようかなって(笑)」

小林うてなの2016年のパフォーマンス映像
 

――宮城の“異人殺しの子守歌「りんがじんと」”ではvapour trailがトラックを作っています。始めはゆっくりだけど急にテンポが上がって、そのギャップもユニークだと思ったんですけど、トラック制作にあたって希望は出したんですか?

「いや、特に出してないですね。vapour(trail)さんは前作『楕円の夢』(2015年)でお願いしたときに、ものすごく素晴らしいものを作ってくださったので、この人なら大丈夫だろうと思って、特に注文は付けなかったです」

※2曲目に収録された“迷う”でプログラミングを担当

 vapour trailの2013年の楽曲“ambikapur”
 

――この曲をトラック中心でやろうと思った理由は?

「ちょっと一つだけ異質というか、〈異人殺し〉というテーマも怖いから(笑)、不穏な感じを出したいなと思ったんですよね。のどかなものだけがわらべうたではなくて、ちょっとミステリアスだったり謎めいていたりするものも多い。実際に日本の農村で、旅の僧を殺したりというのもたびたびあったらしいです。お金目当てという場合も、怪しいというだけで殺したこともあっただろうけど、そういう人たちを奉って神様にしたりもしてるんですよね。自分たちで殺しておいて(笑)。そういう、村では暗黙の謎めいた決まりって、牧歌的な農村イメージとは対極というか、システマティックな感じすらして」

――アメリカのホラー映画でよくある、田舎町に行ってそこの住民に殺されるとか、ああいう世界にも近いですね。

「そうですね。ゾクッとするような(笑)。日本には稀人信仰という外から来る人が幸福をもたらしてくれるという考えがある一方で、異なるものを排除するという側面もあって。この曲では、その裏の部分が出ていますね」

――神奈川“逗子の守子歌「いか採り舟の歌」”は、ベースに伊賀航、ドラムスにあだち麗三郎を迎えたトリオ編成で、ブルース・アレンジになっています。これは、矢野顕子ニーナ・シモンが一緒になったというか(笑)。

「すごい喩えですね(笑)」

――そういうふうに聴こえました。こういうアレンジにしたのは?

「内容が守子歌で、ちょっと皮肉や攻撃的な気持ちも後半は読まれていくので、そうしたアレンジが合うんじゃないかなって。早く3月2日になってほしいという歌詞なんですけど、改めて録音したものを聴き直していたら、リズムがどんどん速くなっていくところとか、3月2日におかみさんたちにさよならして、野越え山越え自分の実家にダーッと走って帰っていくような感じを受けました。彼女たちも大変な思いをしているんだろうけど、それだけに終わらずに、〈あれに見えるは いか採り舟か〉〈さぞや寒かろよ 冷たかろ ヨーイヨイ〉とあっちの舟の人たちはもっと大変だろうなと思ったり、その冷たさを想像したりというのがすごく良いですよね」

――そうですね。

「(ぱっと聴き)漁師の歌かと思いきやそうでない」

――同編成での、茨城の“七草の歌「七草なつな」”はベースの音がすごく印象的で。ちょっとクンビアっぽい感じもある。

「リハで練習しているときに、伊賀さんがアフリカ音楽的なベースのアレンジを提案してくれて、そこから膨らんでいった感じですね。さらにあだ麗(あだち麗三郎)が安っぽい音の出るシンセを持っていたから、あの〈ダンダダンダダンダンダン〉というのを重ねてみて」

――この曲は、ライヴでロング・ヴァージョンを聴いてみたいです。歌詞は1フレーズが短いから、いろんな地方ものを混ぜているんですね。歌詞を変えたりもしているんですか?

「変えたりというよりは、繋げているという感じですね」

――わらべうたには、そういうことをしても許される感じがあるんですね。

「そうですね。誰が文句を言うわけでもなく」

――そして、鹿児島の“徳之島の子守歌「ねんねぐゎせ」”がアルバムを締めています。

「これが最初に出会ったわらべうたですね。本当に綺麗な歌です」

――寺尾さんがわらべうたに興味を持つきっかけとなった曲ですよね。徳之島は鹿児島と沖縄の間に位置していますが、寺尾さんの連載のなかでも、本土と共通する民謡音階と沖縄音階には境界線があるという話が出てきていました。どこから変わるんでしたっけ?

「沖永良部島ですね。私が検証したわけではないんですけど、そうらしいです」

――音階に関して、歌うときに意識しているところはあるんですか? それで短調か長調か決まってしまうところもあるでしょうし。

「この曲については、両方やってみていますね。後半は短調でコードを付けていて。最後のほうの歌詞が切ないというか、お母さんと子どもが具のない汁をすするという、そういう描写が入っていたので、短調にしました。だから、そのあたりもわらべうたは本当に自由ですよね。この曲なんかはどっちでも聴けちゃうというか、アレンジし甲斐があります」

――今回アルバムを作りましたが、この先もわらべうたを歌っていこうと思いますか?

「それはたぶん一生ですね。ライフワークだと思います」

――それと自分自身の歌を歌っていくこととのバランスはどう考えられていますか?

「まあ、あんまりいまと変わらないかなと思います。行ったことのない場所に呼ばれたら、わらべうたのレパートリーが増えていくだろうし。生きていれば自分の曲も貯まっていくので、どちらが増えすぎて困るというのはないかな(笑)。同じように増えていくと思いますね」

――わらべうたの歌い手が増えていくとおもしろいですよね。

「そうですね。良い歌はいっぱいあるし、やっぱり聴けば発見が多いというか。たくさんの人に発見されて、驚いてもらえたらなと思います。それを子供に歌ったり歌い継いでいく人がでてきたらいちばん嬉しいです