レディオヘッドのような一部の例外を除けば、人々に末永く愛されるタイムレスな歌声と、従来のファンをあっと驚かせる音楽的冒険、そしてセールス面での成功をトリプルで実現させるのは至難の業。それも、楽曲やアルバムの消費サイクルが早まっている現代においてはなおさらでしょう。ところが、USノースカロライナ州アシュヴィルを拠点に活動するシンガー・ソングライター、エンジェル・オルセンは、このたび初めて日本盤がリリースされた最新作『My Woman』で、そんなウルトラCをあっさりと成功させてしまいました。プラチナ・シルヴァーのウィッグに、どこかレトロなヘッド・マイクをしたリード曲“Intern”のトレイラー映像を観たファンからの〈イメチェンにも程があるだろ!〉という不安の声も何のその。本作はPitchforkをはじめ欧米メディアの年間ベスト企画で軒並み上位に選出されるなど、彼女のキャリアにおいて最高傑作という評価をモノにしています。
2011年にEP『Strange Cacti』でデビューを飾ったエンジェルは、もともとジョアンナ・ニューサム以降のフォーク・ロックやオルタナ・カントリーの文脈から登場しながら、作品を重ねるごとに見た目も音楽性も大胆なメタモルフォーゼを遂げており、常にリスナーと批評家の期待を上回ってきた恐るべき才媛。これまで一度も来日公演が行われていないこともあり、海外に比べると認知度がいまひとつであるのは否めませんが、彼女の音楽に触れるのはこれからでも遅くありません! 2016年のUSインディー・シーンを振り返ると、ワイズ・ブラッドやミツキ、フランキー・コスモスなどフィメール・シンガー・ソングライター群雄割拠の時代だったと言えるでしょう。そのなかで、なぜエンジェル・オルセンが特別なのか? 本稿ではその理由を明らかにします。
アルバムごとに見た目も音楽性も変わる、女優のようなシンガー・ソングライター
例えば2012年の初作『Half Way Home』では、アコギ、ダブル・ベース、ドラムスといった最小限の楽器を軸に、ヴィブラートの効いた歌でヴァシュティ・バニヤンやカレン・ダルトンにも迫るフォーキーな音世界を構築。その一方で、ジョン・コングルトン(セイント・ヴィンセント、スワンズなど)をプロデューサーに迎えた2作目『Burn Your Fire for No Witness』(2014年)では、コンプをかけたヴォーカルとノイジーなエレキ・ギターが炸裂するサウンドで、ロック姐ちゃん的な素顔もチラ見せ。その鮮やかな七変化っぷりは、それぞれのアルバム代表曲のビデオを見比べてもらうと伝わりやすいでしょう。
“Acrobat”のミュージック・ビデオではすっぴん&黒髪ストレートという野暮ったさを感じさせる佇まいなのに、“Hi-Five”では金髪にラメラメの衣装でドレスアップ。メイクもネイルもばっちりキメて女優顔負けの妖艶さを漂わせているため、〈この2〜3年の間にいったい何があったんだ!?〉と思う読者もいるかもしれません。しかし、3歳の頃に両親よりも歳が上の夫婦のもとへ養子に出された過去を持ち、スキーター・デイヴィスなどのカントリーからマライア・キャリーのようなメインストリーム・ポップまで分け隔てなく聴いて育ってきたエンジェルにとって、この良い意味での〈節操のなさ〉はごく自然なことだったのでしょう。
かつてなくキャッチーでバンド感に溢れた新作『My Woman』
そんなエンジェルの新境地を切り拓いたアルバムが、今年リリースされた最新作『My Woman』。〈子どもの頃はポップ・スターを夢見ていた〉という彼女の言葉を裏付けるように、今作はかつてなくキャッチーで取っ付きやすいサウンドが特徴的で、60年代のカントリー、70年代のフォークやグラム・ロック、80年代のシンセ・ポップ、そして90年代のグランジといった多様な音楽的ルーツが見え隠れしつつも、彼女にしか成し得ない高純度のポップソング集に仕上がっているのがポイントです。
夢見心地なリヴァーブに覆われた先述の“Intern”は言わずもがな、3曲目の “Shut Up Kiss Me”では〈だまって、キスして、抱きしめて!〉と草食系男子のケツを蹴り上げるかの如く叫びまくっており(個人的にはヴィターリー・カネフスキー監督の傑作映画「動くな、死ね、甦れ!」が脳裏に浮かびました)、その音楽的強度/破壊力はハンパじゃありません。
本作のプロデュースを担当しているのは、スカイ・フェレイラやチャーリーXCX、あるいはサンティゴールドといった女性ポップ・シンガーを多数手掛けてきたジャスティン・レイズン。彼がプロデュースしたLAの男性シンガー・ソングライター、ローレンス・ロスマンの“California Paranoia”にエンジェルが客演したことをきっかけに出会ったそうですが、ジャスティンはあのキム・ゴードン(元ソニック・ユース)も自身初のソロ名義曲“Murdered Out”のコラボレーターとして選んだ人物だけに、これ以上ないほどの適任者だと言えるでしょう。
とはいえ、クレジット上では共同プロデューサーとなっていることからも明らかなように、主導権を握るのはあくまでもエンジェル。ブラック・マウンテン出身の4人組、フローティング・アクション(2016年の最新アルバム『Hold Your Fire』にはエンジェルも客演)の中心人物であるセス・カウフマン(ギター)をはじめ、USインディーの実力派ミュージシャンが全面参加したことにより、グッとバンド感を増したメロディーがしなやかに躍動しています。特に“Not Gonna Kill You”の間奏で爆発するカオティックなグルーヴや、“Sister”におけるネルス・クライン(ウィルコ)ばりのエモーショナルなギター・ソロなどは、これまでのエンジェルのディスコグラフィーにはなかった一番の聴きどころかもしれません。
そして、ラストの“Pops”はエンジェルがピアノ弾き語りを披露する唯一のナンバーですが、〈もう演じない/もう演じない/全部やったわ/もう演じない〉と歌う生々しいヴォーカルには、タイトルに反して底知れない闇を感じさせる瞬間も。なお、日本盤にはボーナス・トラックとしてロッキー・エリクソンの“For You”と、ブルース・スプリングスティーンの“Tougher Than The Rest”という2つのカヴァー・ソングを収録。アナログ・テープで録音されたかのようなラフな耳触りが心地良く、エンジェルの途方もない歌声と表現力を垣間見ることができます。
i just wanna be alive, make something real pic.twitter.com/gtuyXdQHt5
— Lorde (@lorde) 2016年9月14日
大物ミュージシャンたちも魅了する、唯一無二の歌声
そもそもエンジェルを表舞台に引っ張り上げた人物は、10月のジャパン・ツアーも記憶に新しいボニー“プリンス”ビリーことウィル・オールダムでした。エンジェルの歌声をいたく気に入ったウィルは、ボニー“プリンス”ビリー&ザ・カイロ・ギャングの前座に抜擢。このときの貴重な経験が、エンジェルとエメット・ケリー(カイロ・ギャング)の共同プロデュースとなった初作『Half Way Home』へと実を結びました。それ以降も、ティム・キンセラ(キャップン・ジャズ/ジョーン・オブ・アーク)やリロイ・バック(元ウィルコ)とのコラボを実現するなど、USインディー・シーンの大物たちが次々とエンジェルを指名したことからも、その歌声が唯一無二であることが窺い知れるはずです。
最近だと、カリフォルニアの吟遊詩人ことキャス・マックームスの新作『Mangy Love』(2016年)にゲスト・ヴォーカルとして参加。こちらも『My Woman』同様に初めてジャケ写にセルフ・ポートレートを採用したアルバムであり、〈Sister〉というキーワードでシンクロした“Run Sister Run”というナンバーも収録されていたりと、コインの表裏のような関係性と呼べるのかもしれません。ほかにも、ナショナルのデスナー兄弟が企画/編纂したグレイトフル・デッドのトリビュート・アルバム『Day Of The Dead』(2016年)では賛美歌のように美しい“Attics Of My Life”のカヴァーを披露しているので、そちらもぜひ聴いてみてください(クリスマスにもぴったり!)。
実は、11月初頭にパリでエンジェル・オルセンのライヴを観る機会があったのですが(前座はなんとリトル・ウィングス)、ナマで体感する『My Woman』の楽曲は音源以上にラウドで迫力満点です。エンジェル以外の5人がスーツでビシッとキメた立ち姿はそれだけで絵になりますし、エンジェルが時折見せるケイト・ブッシュ的な狂気であったり、シン・リジィみたいなツイン・ギターの絡みであったり、ライヴならではの魅力も盛りだくさん。ソールドアウトを記録したフロアの熱気は凄まじいものがありました。ツアーは来年の夏まで続くようなので、どこかのタイミングで悲願の来日公演実現にも期待したいものですね!