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【現代ポップ独立派】第16回 なぜエンジェル・オルセン(Angel Olsen)はカントリーを歌う?

 エンジェル・オルセンはセントルイス出身のシンガー・ソングライターで、ボニー・プリンス・ビリーに見い出される形で2011年にデビューし、一躍インディー・シーンのスターダムへ。当初は弾き語りによるオーセンティックな風合いが特徴的であったが、2作目以降はグランジ、ガレージ的な歪んだギター・サウンドを取り入れていく。昨年のカヴァーEPはシンセが目立つ80年代風であった。しかし、6枚目のアルバムとなる新作『Big Time』はさらに一風変わって壮麗なカントリー的アレンジが前面に出た作品である。

ANGEL OLSEN 『Big Time』 Jagjaguwar/BIG NOTHING(2022)

 クィアであることのカミングアウトや、両親の死といったトピックが今作の制作に大きく影響しているということだが、歌詞を読む限りそれは表立って言及されていない。カントリー的な〈愛するあなたとの別れ〉というべきモチーフが告白詩を思わせる形で歌われる。音楽的には往年のスワンプ・ロックやカントリー風で、ペダルスティールやオルガンが温かな懐かしさと、切なさが混じった情感を繊細に作り上げている。彼女の歌唱はまるでパティ・ペイジのようでさえある。

 では、なぜ彼女はここまで直球で保守的とも言われかねない作風を選び取ったのか。それはカントリーでしか表現できない心の領域を表すためだろう。例えばフェイ・ウェブスターはこうしたサウンドを実にあっけらかんとやるが、今作にそんな余裕はなく、いわば〈古き良きサウンド〉でしか歌えない彼女の切実さが存在する。1曲目が“All The Good Times”であるように彼女自身もアルバムのある種の懐古的な面には意識的である。そうして振り返った過去には、亡くなった両親も存在しているのかもしれない。

 このアルバムは過去の音楽的遺産に多くを依っているが、彼女が自分の喉を震わせ、その思いを声に出して歌うことによって、魂を震わせる音楽が新たに作り出されている。表面上の聴き心地の良さと共にそんな凄みを感じさせる作品だ。

PORRIDGE RADIO 『Waterslide, Diving Board, Ladder To The Sky』 Secretly Canadian/BIG NOTHING(2022)

 一方、3作目『Waterslide, Diving Board, Ladder To The Sky』をリリースした英ブライトン出身のポリッジ・レディオは2015年に結成されたポスト・パンク・バンドである。けれども〈ポスト・パンク〉という言葉がすっかり飽和状態にあるなかで、前作がマーキュリー・アワードにもノミネートされたこの気鋭のバンドは、当然のごとくそのカテゴリーに収まらない作品を出してきた。

 チャーリーXCXとデフトーンズにインスパイアされたという先行曲“The Rip”を筆頭にポスト・パンク的クールな質感という統一感のなかで、さまざまなジャンルが混淆された、極めて優れたアートポップ作品である。抑制の効いたアルペジオが静かに高揚していく5曲目の“Rotten”は余りにも素晴らしい。今作はポスト・パンクという枠組みだけで語られるにはもったいない、ロック/ポップ・ミュージック全体においていま聴くべき傑作と言えるだろう。

 


【著者紹介】岸啓介
音楽系出版社で勤務したのちに、レーベル勤務などを経て、現在はライター/編集者としても活動中。座右の銘は〈I would prefer not to〉。

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