当代きってのトップ・プロデューサーが成功の陰で辿り着いた哀しみの境地――かつてなくエモーショナルなニュー・アルバムが伝えるメランコリックな夜更けのフィーリングとは?

パーソナルな作品なんだ

 「“Shallow”や“Uptown Funk”のように成功する保証はどこにもないけど、力の限り僕が思う最高の形にしてリリースしたい。このアルバムは非常にパワフルなエモーションに裏打ちされているから、これまでの作品よりも強い思い入れがあるように感じるんだ。他のアルバムはどちらかというと楽しむことを主眼にしていたからね」。

MARK RONSON Late Night Feelings RCA/ソニー(2019)

 前作から4年ぶりとなったニュー・アルバム『Late Night Feelings』についてマーク・ロンソンはこのように説明する。言うでもなく前作『Uptown Special』(2015年)は彼にとって初の全英No.1アルバム(USでのTOP5入りも初)であり、その勢いを牽引したブルーノ・マーズとの“Uptown Funk”(2014年)は世界中のチャートを制して、すでに得ていた成功以上の栄誉をマークにもたらすことになった。昨年にはハウス志向の新ユニット=シルク・シティをディプロと結成する一方、映画「アリー/ スター誕生」の主題歌としてブラッドリー・クーパー&レディ・ガガの歌う“Shallow”を共作し、ゴールデングローブ賞やアカデミー賞などにも輝いて絶大な評価を得たのも記憶に新しい。

 ただ、そうした華々しさの裏で、マーク自身は苦境を経験していた。5年半連れ添った女優のジョセフィーヌ・ドゥ・ラ・ボームと2017年に離婚し、その時点で制作過程にあったアルバムもボツにしたという。それは自身の作品への向き合い方に大きな変化がもたらされた結果だった。

 「結果的には良かったと思うよ。そもそも自分名義のアルバムに着手する時はいつも、まず最初にDJの視点で構想を膨らませる。〈どうやったらみんなを踊らせることができるだろうか?〉とか〈どうしたら楽しいアルバムになるだろう?〉って考えるんだ。曲作りに関しても、僕が人生で初めてプレイした楽器はドラムだから、常にビートを優先して取り組む。ビートをいじって、何か気に入るものが出来たら、それを土台にして曲を組み立てるんだよ。“Uptown Funk”も“Bang Bang Bang”も“Ooh Wee”も、みんなそういう成り立ちだった。ところが今回の僕は、結婚生活の破綻という試練に直面して、エモーションが音楽に入り込むことを避けられなかった。だから〈じゃあ、いまの自分が抱えている感情に正面から向き合って、音楽に注ぎ込もうじゃないか〉と考えたのさ。本当にパワフルなエモーションだったから、それが導くままに進めば、素晴らしい音楽に辿り着くんじゃないかと思ってね。少し皮肉な話ではあるんだけど(笑)。そんなわけでソングライティングはいつもよりエモーショナルなプロセスになったし、従来とは異なる趣向のアルバムになったんだ。いつもの僕は、例えばエイミー・ワインハウスやレディ・ガガやクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジといった人たちがありったけのエモーションを注ぎ込んで音楽を作るのを支える側にいて、〈マーク・ロンソンのアルバム〉を作る時は、逆に〈パーティーにぴったりの音楽を作るぞ!〉っていうような軽い気持ちで臨んでいたからね」。

 マーク本人の感情を起点とする創作は、楽曲を俯瞰しながら職人的に楽曲を組み立てていく前作までの作業とは、結果的に大幅に異なるものとなった。

 「『Uptown Special』は大好きだし、否定する気は一切ないけど、あれは〈理科の研究〉のような感覚があったんだ。マイケル・シャボンという作家に自分では書けない歌詞を依頼していたりね。今回はパーソナルな作品なんだ」。

 

いまの時代に即した音

 そんな個人的な視点から誕生した『Late Night Feelings』だが、作品そのもののテーマや方向性には、仲間内で行っていた〈Club Heartbreak〉なるイヴェントが大きく作用したそうだ。

 「デュア・リパが歌ったシルク・シティの“Electricity”で、XXのロミー・マドレー・クロフトとコラボしたんだ。今回のアルバムの曲でも共作してるんだけど、そんな経緯もあってロミーとXXのマネージャーで僕の親しい友人でもあるカイアス・ポーソンがスタジオに出入りしていて、ある日カイアスがクレイジーな提案をしてきたんだよ。〈夏の間、ギリシャやイタリアの島でも回って、小さなバーで夜な夜なパーティーを開いて、お前のお気に入りのサッド・バンガーをプレイするのはどう?〉とね(笑)。それはやりすぎじゃないかと思ったんだけど、彼は〈スタジオのラウンジにスピーカーを持ち込んで、友達を招いて今日にでもパーティーを始めたらいい〉と言って引き下がらない。それで僕らはそのアイデアを実行に移して、アルバムを作っている間、その催しをいろんな形でずっと続けたんだ。最初は僕とロミーでDJして、その後ディプロやケイトラナダやいろんな人がDJをしてくれた。そんなわけで〈Club Heartbreak〉は、このアルバムと同時に進行して互いに影響し合ったんだ」。

 ここで彼が言うところの〈サッド・バンガー〉とは、資料によると〈切ないアゲ曲〉のこと。哀愁やメランコリーを帯びながら踊れる要素も備えたそのフィーリングは、ひび割れたハート型のミラーボールというベタなジャケのヴィジュアルにも象徴されている。カミラ・カベロの歌う先行カット“Find U Again”を共作したケヴィン・パーカー(テーム・インパラ)をはじめ、ニック・モヴションやホーマー・スタインワイスらダップトーン~ビッグ・クラウンの敏腕プレイヤーたち、さらにはアンドリュー・ワイアット(マイク・スノウ)ら脇を固めるブレーンの顔ぶれは健在ながら、サウンドの意匠はモダンな浮遊感を纏ったシンセ・ポップが中心になり、穏やかに躍動するビートは今風のベッドルーム感覚として捉えることもできるだろう。

 「シルク・シティでディプロに影響された部分も大きいし、今回は若手のプロデューサーたちに大勢参加してもらったからね。なかでも才能豊かなフランス人の兄弟、ピカール・ブラザーズは音をモダンにするうえで大きく貢献してくれた。他にもJハスとの仕事で知られるジェイ5や、XXのジェイミーといった人たちだね。思うに、僕は年齢を重ねるほどに古典的なソングライティングに惹かれる傾向にあるんだけど、同時にプロダクションについて学ぶところも多くて、曲が古風になると最先端のプロダクションを施してバランスを取る必要があると悟ったんだ。じゃないと、78年に作った曲みたいに聴こえかねないからね(笑)。いまでも僕はクラブやフェスでDJをするのが大好きだし、そういう場所で自分の曲をプレイした時にイマっぽく響かせたい。だから今回は間違いなく、いまの時代に即した音になるよう最大限に努力したよ」。

 

人生が凝縮されたアルバム

 一方、楽曲を表現するヴォーカル陣は、先行ヒット“Nothing Breaks Like A Heart”で歌うマイリー・サイラスをはじめ、表題曲などに美声を注ぐリッキ・リー、“Don't Leave Me Lonely”など数曲に抜擢されたソウルフルな歌声のイェバ、80年代風味の“True Blue”を共作するエンジェル・オルセン、簡素なソウルの“Why Hide”などに貢献したダイアナ・ゴードン(あのウィンター・ゴードン)、さらにはアリシア・キーズ、マークのレーベルが契約した新人のキング・プリンセス、ラッパーのラスト・アートフル・ドジャー、多くの楽曲に関わる人気ソングライターのイルシーまで、アルバムを印象づける声はすべて女性で固められている。

 「最初から決めてたわけじゃないんだ。アルバムを作っている期間中にコラボしていたアーティストが、たまたま女性ばかりでね。男性アーティストがスタジオに出入りしていた記憶がない(笑)。あと、ソングライターとしてイルシーが多くの曲に貢献してくれたことも関係してるんだろうね。彼女は初期の段階から深く関わっていて、女性である彼女が綴った言葉はやっぱり女性が歌うべきなんじゃないかと思ったんだ」。

 偶然の産物にせよ意識下のチョイスにせよ、そのことが全体の幻想的なメロウネスを紡ぎ出したのは間違いない。しかも、そんなトーンを集約するアルバムの表題もリッキ・リーのアイデアから生まれたそうだ。

 「リッキがスタジオにやって来た時、表題曲は確か50%くらい出来ていたんだけど、彼女に手伝ってもらいながらBメロとサビを書いているなかで生まれたフレーズなんだよ。どこかドレイクっぽいというか(笑)、今風のエモい響きがあって、すっかり気に入ってしまった。アルバムのフィーリングをすごくうまい具合に総括しているように感じたんだ。それは、独りでベッドで寝ていて、眠りに落ちる20分前くらいのフィーリング。孤独感に苛まれていたり、心の痛みが疼いていたり、あるいは欲望に駆られていたり、あるいは、すでに半ば夢の世界に入り込んで朦朧としていたりする。リッキがこのフレーズを口にした瞬間に、〈ああ、これはアルバム・タイトルになりそうだな〉とピンときたよ」。

 長い夜の果て、締め括りの“Spinning”では「メランコリックで悲しい曲が多いアルバムだから、長いトンネルの先に光が見えているような幕引きにしたかった」と夜明けが示唆されている。

 「それに、この曲を作っていた頃には一人の女性と恋愛関係にあって、実際にポジティヴな気持ちを抱いていた。悲しいことにそれもうまくいかなかったんだけどね」。

 そんな悲しい現実も絡んだアルバムだけに(?)本人の思い入れが格別なのは言うまでもないが、そしてそれは多くの聴き手にも伝わるフィーリングに違いない。

 「このアルバムは僕がいままで作ってきた中でもっとも重要な作品だという手応えがある。何しろここにはエモーショナルな意味で、僕という人間が大きく反映されているからね。過去2年半の僕の人生が、そっくりこのアルバムに凝縮されているように感じるんだ」。

『Late Night Feelings』に参加したアーティストの作品を一部紹介。

 

『Late Night Feelings』に参加したクリエイターの関連作を一部紹介。