梅雨の時分を迎え、いまにもひと雨降りそうな曇天の放課後。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。おや、珍しく新馬場先生が顔を出しているようですね。

【今月のレポート盤】

RADIOHEAD OK Computer: OKNOTOK 1997-2017 Parlophone/XL/BEAT(2017)

 

雑色理佳「こんなところで油を売ってるバンバちゃんって暇人なの?」

新馬場康夫「たまには研究の息抜きもしないとね。雑色君だって就活中じゃないの?」

雑色「私は家事手伝い志望だから、にゃはは」

新馬場「ところで、いま流れているのはレディオヘッドの『OK Computer』? ロッ研にしてはずいぶん新しい作品を聴いているね」

逗子 優「何を言ってるんですか~。僕と同じ97年生まれのアルバムだから、もうハタチですよ~」

新馬場「えっ!? もう20年も前なのか。やれやれ、何てこった……」

雑色「リマスタリングされ、〈OKNOTOK 1997-2017〉って副題の付いたこのリイシュー盤には、シングルのB面8曲と初の公式リリースとなる3曲が追加で収録されているんだよ」

逗子「特に何度もライヴで披露されてきた超名曲“Lift”が、やっとCDで聴けるんだから感涙です~」

新馬場「確かにレディオヘッドの中でもとりわけポップでポジティヴなナンバーだよね」

雑色「最近のインタヴューでギター担当のエド・オブライエンが、〈“Lift”を『OK Computer』に入れなかったのは、売れすぎてバンドが変わってしまうと思ったから〉なんて語っていて……物凄い自信だわね!」

新馬場「僕には何となく理解できるなあ。1つの曲に人気が集中するより、アルバム全体を聴いてほしかったんだろうね。ちなみに、97年というとデーモン・アルバーンが〈ブリット・ポップは死んだ〉って発言した年。つまり狂騒的なブームが終息し、ロック・シーンが次第に内省へ向かっていった時期でさ、本作はその嚆矢とも言えるアルバムなんだよ」

逗子「僕が生まれた頃にロックは転換期を迎えていたんですね~」

新馬場「そうだね。ちょうどドラムンベースやビッグ・ビートの流行も相まってリスナーが分散されはじめ、UK国内でもロックが音楽シーンのメインストリームではなくなっていったんだ」

雑色「にゃるほど。レディオヘッドもこの3作目からエレクトロニクスへの傾倒が目立っていくもんね。そして次作の『Kid A』でさらに音響系へ振り切ったわけで」

新馬場「デビュー当時はブリット・ポップ人気に乗った一介のギター・ロック・バンドって印象だったのに、まさかこれほど進化するとはなあ」

雑色「『OK Computer』が世に出たことで、ロックの世界地図が刷新されたような感じはあるかも」

新馬場「大いにあるね。叙情的な旋律と実験的なサウンド、憂愁に満ちたヴォーカルというスタイルは、初期のコールドプレイやシガー・ロスらに大きなインスピレーションを与えているだろうし」

逗子「USに目を向けてみても、TVオン・ザ・レディオはデビュー前に作ったデモ・アルバムのタイトルを『OK Calculator』にするくらい『OK Computer』から影響を受けていたわけですし、ヴァンパイア・ウィークエンドも本作収録の“Exit Music(For A Film)”をカヴァーしていたり、“Let Down”を2010年作『Contra』の中でサンプリングしていますよね~」

新馬場「そう考えると、もし『OK Computer』が存在しなかったら、USインディー・シーンもいまとはまったく別の勢力図になっていたかもなあ。おっと、ついつい喋りすぎて喉が渇いちゃったよ。雑色君、お茶を煎れてくれない?」

雑色「え~、面倒臭いなあ」

新馬場「そんなことじゃ優秀な家事手伝いになれないぞ」

雑色「ウザッ!」

流石はロッ研の顧問だけあって、先生もロック談義がお好きなようで。さてさて、今回はこのあたりでお開きにしましょうか。 【つづく】