Photo: Sony Music Japan International

温かく、ふくよかなジョージ・セル。カサドシュの珠玉のタッチ!

 1970年代前半の日本。指揮者ジョージ・セル (18971970)の評価はまだ、微妙だった。70年に大阪で開かれた万国博覧会の文化イヴェントの1つ、「エキスポ・クラシックス」は世界的演奏家の日本公演を政府間の「文化交流」から日常の「ツアー」に転換させたレガシーだが、中でもセルとクリーヴランド管弦楽団はピアノのリヒテルと並ぶ待望の初来日、センセーションだった。それ以前も国内盤は出ていたが、米CBSの第2レーベル「エピック」の原盤という背景もあってバーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル、ワルター指揮コロンビア響より1格下にみられ「硬くて癖のある録音」「精確なだけで冷たい指揮」といった評価がまかり通った。エキスポでの実演を聴いた人は実演の繊細さ、スケール、温かさに驚いたが、当時の名盤ガイドの類には依然、「冷たい」の文字が踊っていた。筆者はなぜか、最初からセルとクリーヴランド管の磨き抜かれたオーケストラ芸術の虜となり、米国プレスの輸入盤を買いあさった。楷書体で一点の曇りもないアーティキュレーション、克明に刻まれるリズムが生き生きとした表情を支え、どのフレーズもふくよかに歌いこまれていく。中でもお気に入りの盤はモーツァルトの交響曲とロベール・カサドシュ(1899~1972)の独奏によるピアノ協奏曲集、シューマンとブラームスそれぞれの交響曲全集だった。

ROBERT CASADESUS,GEORGE SZELL モーツァルト: ピアノ協奏曲第15・17・21~24・26・27番(2017年 DSDリマスター) ソニー(2017)

GEORGE SZELL,THE CLEVELAND ORCHESTRA ドヴォルザーク: スラヴ舞曲集(全曲)(2017年 DSDリマスター) ソニー(2017)

 日本のタワーレコードとソニーミュージックが組み、米国に現存するオリジナルの3チャンネルマスターにDSDリマスターを施したCD&SACDハイブリッド盤のシリーズはベートーヴェン、ブラームスときて今回、カサドシュとのモーツァルト録音すべて、ドヴォルザークの『スラヴ舞曲集』という極め付けの名盤に至った。いずれも1950年代末から10年間、セルとクリーヴランドの全盛期を見事に刻む。無駄口をたたかず、音楽にすべてを語らせるカサドシュの珠玉のタッチに秘められたニュアンスの豊かさも、ここまではっきり出たのは初めてだ。