キャロル・キングの『Tapestry』が時代を超えて愛される理由
時代を映す鏡となったロック/ポップス名盤のなかでも、キャロル・キングのセカンド・アルバム『Tapestry』(71年)はかなりのサイズ感を持った鏡だと言えよう。60年代の幕が閉じると同時に、あれだけ華やかに飾られていた共同幻想のスローガンも降ろされ、アメリカの社会全体に疲弊した空気が漂うなか、小さな幸せを希求するシンガー・ソングライター・ブームが勃興。その盛り上がりの象徴的な作品こそ『Tapestry』である。個をじっと見つめ、個にそっと語りかけるような楽曲群が、ヴェトナム戦争の泥沼化に胸を痛めて空虚感を抱くリスナーたちに、優しく寄り添ったのだ。

この『Tapestry』が時間を経てもなお信奉者を増やしている理由は、不安や喧騒から逃れたいと願う人にとって言わばスタンダードな治療薬であり続けているから。主役の普段着感覚なヴォーカルとピアノを演出するプロダクションも見逃せない。プロデューサーであるルー・アドラーの指揮のもと、〈飾り気などここでは必要ない〉とばかりに、キャロルのパーソナリティーを邪魔することなくシンプルなバッキングに徹するプレイヤーたち。自分のすべき仕事を各々十分に理解したダニー・コーチマー(ギター)やラス・カンケル(ドラムス)らの演奏が、親密な会話を交わしているかの如き雰囲気を発生させ、ソフトかつメロウな味わい深いサウンドを紡ぎ出していく。この独特の音色に憧れを抱くミュージシャンはいまでも後を絶たない。なかにはラテン・ロックのフィーリングを注入した“It's Too Late”のように、(シンガー・ソングライター・ブームとは別の)当時の流行を感じさせるアレンジもあるものの、大半は高い普遍性を獲得することに成功している。
もちろんキャロルのソングライターとしての優れた能力が示された作品集である点も、高い支持を受け続ける理由なことは言うまでもない。歌手として出発する前は、いくつものポップソングをチャートに送り込むヒットメイカーだった彼女。当然、その才能に揺るぎはなく、『Tapestry』にも強力なまでにキャッチーなメロディーが横溢している。あとパフォーマーとしての彼女はどうか。正直なところ、素人っぽさを醸す部分も見られたりするが、それが良い具合に歌い手の等身大感を伝える結果に繋がっているから何ら問題はなし。むしろウブな歌唱がチャーミングに思えたりもするのだ。

そんな名作がこのたび時代を超えて甦った。『Tapestry: Live In Hyde Park』という作品によって、現在のキャロル・キング自身が『Tapestry』の時代へと向かう旅に出るのだ。これは2016年7月3日、ロンドンの中心部にあるハイド・パークで行われた、『Tapestry』のリリース45周年を記念してのアルバム再現ライヴをパッケージ化したもの。約65000人のオーディエンスそれぞれが自身の半生と照らしながら、色彩豊かな〈つづれおり〉に耳を傾けたのだろうな……なんて感慨に耽っていたのも束の間、オープニングの“I Feel The Earth Move”から飛び出してくるキャロルの溌剌とした歌声にグイッと引き込まれてしまった。ハスキーなヴォーカルがばっちりキマっているし、ノリも最高じゃないか。〈やっぱりこの人は自身のルーツであるリズム&ブルースを愛し続けているんだな〉ってことは、2010年に日本武道館で観たジェイムズ・テイラーとのジョイント・ライヴの際に強く印象付けられたものだが、その記憶が鮮やかに思い出されるパフォーマンスだ。
キャロルのイギリス公演が実現したのは89年以来のこと。さらに同国での大規模なコンサートとなると44年ぶりらしい。しかし、“So Far Away”や“Home Again”など優しいピアノ・バラードを聴いていると、肩肘張った感じはまったくせず、足元で猫がじゃれているかのようなリヴィング・ルーム的ムードに浸れ、それも彼女のライヴならではだと思う。もちろん、“You've Got A Friend”ではお約束の大合唱もあり。その場にいる人が思い思いの歌い方で、友情や愛の大切さを叫んでいる。人間同士の繋がりなんてどんな時代でも変わりはしない。私はいつもそばにいるから──そう観客ひとりひとりに語りかけていく彼女の歌には、お約束だとわかってながらも涙腺が緩む。“Where You Lead”や“Will You Love Me Tomorrow?”では娘ルイーズ・ゴフィンとの掛け合いも楽しめるし、終盤には通好みのシングル曲“Jazzman”をはじめ、マリーナ・ショウ“Go Away, Little Boy”やシフォンズ“One Fine Day”といったジェリー・ゴフィンとの共作曲によるヒット・メドレーなど、『Tapestry』以外のナンバーまで登場。その流れでいちばん心に残ったのは、リトル・エヴァに提供した“Locomotion”だ。少女さならがに茶目っ気を振り撒くキャロルの愛らしさと言ったら! 彼女はいつまでも変わらず魅力的なナチュラル・ウーマンだという事実を、しっかり確認できる素敵なライヴ・アルバムなのである。
『Tapestry』に参加したアーティストの作品。
キャロル・キングの作品。
アルバムの全曲再現ライヴから透けて見える送り手側の思い
今年の〈グラストンベリー〉でレディオヘッドが97年作『OK Computer』を丸ごと演奏するのでは?と、開催直前までネット上がザワついていましたが(残念ながら実現しなかったですけど……)、思い返してみると、フェスの目玉として、あるいはリリースからの周年を飾る企画として、名盤の再現ライヴが年々増えているように感じます。例えば〈サマソニ〉や〈フジロック〉ではメタリカや佐野元春、マニック・ストリート・プリーチャーズらがそれを行っていますし、いま現在もU2による『Joshua Tree』の30周年を記念した世界ツアーの真っ最中ですよね。
そうした特別なショウが、音盤や映像作品を通じて追体験できるのは嬉しい限り。過去に舞台上で演奏されたことのない“Slip Inside This House”を含むプライマル・スクリームの『Screamadelica』公演や、初めてLP4枚分の全曲をセットリストに組み込んだザ・フーの『Tommy』など、再現性の高さに重きを置く例もあれば、2012年から4年間かけて最新のエフェクターや3D映像と共にカタログ8作品を順に生披露したクラフトワーク、サニーデイ・サービスを従えて71年作『満足できるかな』に新たなアレンジを加えた遠藤賢司ほか、現代的な視点から再解釈を試みるケースもあり、一言で〈アルバムの再現ライヴ〉といってもやり方はそれぞれ。いずれにせよ、名盤を曲順通り演奏するステージとそのパッケージ化が増加している背景には、〈曲単位じゃなくアルバム全体を楽しんでもらいたい〉という送り手側の思いも少なからず関係しているような気がして。そんなわけで、受け手の私たちはこれらの作品とじっくり対峙することでその思いに応えたいものです。 *山西絵美
関連盤を紹介。
『Tapestry』から生まれた音楽の数々が、ここにひとつの巨大なタペストリーを生んだ
2歳でピアノを始め、物心つく前からキャロルに心酔していたというmiwa。相棒をギターに変えようともその憧れは冷めることなく、初めてアコギで弾き語った曲が“You've Got A Friend”なら、デビュー盤では窓際に猫と佇んでみたり……。本作収録の“Dear Days”など日常の些細な出来事をそっとすくい上げる作詞センスだって先輩譲りです。 *山西

ソロ・デビュー直前のキャロルが、ダニー・コーチマー&チャールズ・ラーキー(2番目の夫)と組んでいた3人組。当時レーベルのゴタゴタで市場からすぐ消えてしまったこの唯一作には、後にバーズやモンキーズもカヴァーする佳曲が満載。ダニーとチャールズは〈つづれおり〉にも参加しており、かの名盤の序章としても楽しめる。 *桑原

母親がキャロル好きというエイミーは、キャロルがシュレルズに提供し、『Tapestry』でセルフ・リメイクした“Will You Love Me Tomorrow?”をカヴァー。制作はマーク・ロンソンで、オリジナル・ヴァージョンに通じるオーケストラを配した60年代風の雰囲気に、ロネッツやシャングリラスを気取っていたエイミーらしさを感じる。 *林

ジェリー・ゴフィンとの間に生まれた長女が10代の頃に発表した初作で、プロデュースはダニー・コーチマー。スティーヴ・ルカサーら売れっ子プレイヤーを配した豪奢なロック盤ながら、バラードには母の面影がくっきりと。『Tapestry: Live In Hyde Park』でも確認できる通り歌声もそっくり。 *桑原
鎮静作用の高いハートウォーミングな歌声が魅力の自作自演シンガー。四季折々の匂いを豊かに描き出していくようなピアノの弾き語り曲が詰まった本作でも、その特別なヴォーカル・パワーは健在だ。凛とした歌声の訴求力が〈つづれおり〉時代のキャロルっぽいんだよな~。 *桑原

ROBERTA FLACK & DONNY HATHAWAY Roberta Flack & Donny Hathaway Atlantic(1972)
『Tapestry』制作時にキャロルがダニー・ハサウェイの70年作『Everything Is Everything』を友人に配っていたのは有名な話。対してダニーは“You've Got A Friend”をライヴで歌い(72年の『Live』に収録)、スタジオ録音版としてロバータ・フラックとの親密なデュエットも披露。これらのカヴァーによってソウルの名曲にもなった。 *林

『Tapestry』収録の“(You Make Me Feel Like)A Natural Woman”は、もともと本作用にキャロルが書いた曲。マッスル・ショールズの精鋭をバックに歌ったものだが、2015年にもケネディ・センター名誉賞の授賞式で歌い、オバマ大統領(当時)や作者のキャロルを感涙させた。さらにアレサは72年の教会実況盤『Amazing Grace』で“You've Got A Friend”を披露。 *林

こちらのキャロルも元夫(バート・バカラック)とのコンビにより作曲家として名を馳せた後、表舞台へ……という経歴の持ち主。マイケル・ジャクソンも歌った“It's The Falling In Love”を含むこの2作目は、とりわけ『Tapestry』の歌世界に通じるピアノ・バラード“Shadows”が絶品だ。 *桑原

男ジェイムズ・テイラーに対しての女キャロル・キング。親友でもあった2人はライヴで共演するなど関わりが深い。JTの“Fire And Rain”にレスポンスする形で書かれたのが“You've Got A Friend”であり、JTは本作で同曲をカヴァーしてもいる。71年にカーネギー・ホールで行ったコンサートでは2人でこれをデュエット。 *林

〈ピアノと私〉的な佇まいがキャロルと似ているだけでなく、生まれも同じマンハッタンというアリシア。このデビュー作に隠しトラックとして収録した“Lovin U”は、アレサ・フランクリン版“(You Make Me Feel Like)A Natural Woman”の換骨奪胎となるバラードで、キャロルへのトリビュートとも受け取れる名曲だ。 *林

『Tapestry』収録曲をたびたび取り上げているカントリー歌手のビリー・レイ・サイラスを父に持ち、幼い頃はキャロルやJTが大好きだったという彼女。一時期はド派手な路線に振り切れたものの、この新作ではナチュラル・ウーマン化しているとのこと。親父も太鼓判を押しているだけに、これはキャロル・ファンも期待してよさそう! *山西

〈つづれおり〉を彷彿とさせる陽だまり感がたまらないデビュー作。聴き手の心の柔らかい部分に訴えかけてくる温かいヴォーカルと、70年代初頭のポップスからの影響が色濃いシンプル&ナチュラルなサウンドを披露していくここでの彼女に対し、多くのメディアがキャロルを引き合いに賛辞を贈った。 *桑原
ニュー・ソウルに触発されてマーヴィン・ゲイやダニー・ハサウェイのカヴァーが流行した70年代半ばのレゲエ・シーン。その延長で『Tapestry』ソングにもスポットが当たり、本作から“It's Too Late”のラヴァーズ解釈が大ヒット。本家に勝るとも劣らない揺らぎのある歌唱が切なく響きます。 *山西
『Tapestry』収録曲のカヴァーが聴ける作品を紹介。


