キャロル・キングは、71年の歴史的なベストセラー・アルバム『つづれおり』で、70年代前半のシンガー・ソングライター・ブームに火を付けた偉大なるアーティストだが、60年代はヒット曲を量産した作曲家という舞台裏にいた人で、自作自演に転向してからもコンサート出演をあまり好まなかった。
そんな彼女が73年に故郷ニューヨークにお返しをすべく、セントラル・パークに推定10万人を集めた無料コンサートは当時大きな話題を呼んだ。プロデューサーのルー・アドラーはそのパフォーマンスを録音するだけでなく、有名な映画になった67年のモンタレー・ポップの主催者だった経験から、映像にも残すべきと撮影も行った。しかし、その録音と映像は発表されぬままに半世紀も眠ることになった。『ホーム・アゲイン』は遂にそのコンサートの模様が作品化されたDVD/CD/LPである。
これは歴史的なイヴェントの記録であると同時に、非常に意欲的な作品に取り組んだ時期のキャロルをとらえたものでもある。73年の『ファンタジー』はマーヴィン・ゲイやカーティス・メイフィールドらの〈ニュー・ソウル〉の影響濃い新たなサウンドに挑戦したアルバムだった。思えば、60年代に書いたヒット曲の多くは、黒人グループや歌手が歌ったR&Bポップだったし、71年末の“ブラザー、ブラザー”はマーヴィンの“ホワッツ・ゴーイン・オン”を下敷きにしたのが明白だったから、それほど驚くことはなかったのかもしれないが。
そして、その主題はより良い社会へのファンタジーを歌う社会批評的なもの。表題曲で〈ファンタジーでは、黒人にも白人にもなれるし、女性にも男性にもなれる〉と歌うように、様々な登場人物に扮し、その視点で歌うコンセプト・アルバムとなっている。だから“コラソン”のようなラテン曲まであった。
コンサートは2部構成で、前半はピアノ弾き語りで主に『つづれおり』の曲を歌い、野外という広い空間にも親密な雰囲気をもたらす。それから『ファンタジー』に参加した超一流奏者揃いのバンドと、アルバムを曲順通りにまるごと演奏した。ドラムズのハーヴィー・メイソン、ベースのチャールズ・ラーキーらに、トム・スコット他のホーンも加えた豪華な顔ぶれだ。彼らが申し分ない演奏を聞かせて、序盤で緊張を窺わせていた主役自身が高揚感を味わいながら歌っているとわかる。ただし、映像に関しては、カメラマンが音楽をよくわかっておらず、バンマスの名ギタリスト、デイヴィッド・T・ウォーカーがあまり映らないところが残念だ。
『ホーム・アゲイン』は、キャロルの人気の絶頂期であり、シンガー・ソングライターという存在が時代の顔だった73年の雰囲気と、『つづれおり』の大成功に満足することなく、新たな音楽的挑戦を続けるアーティストの姿をとらえた魅力的なスナップショットである。