大韓ロック――70年代~80年代中盤における韓国のロックを指すという。強烈なファズ・ギターが印象的な韓国グループ・サウンズの重要人物であるシン・ジュンヒョンを筆頭に一時代を築いたこの大韓ロックに魅せられ、90年代半ばから約20年に渡って韓国で音楽活動をしているのが、現在チャン・ギハと顔たちのギタリストとして活躍する長谷川陽平氏だ。そして、〈レコードを買いに〉韓国・ソウルへ渡ったことがきっかけだという彼の現地での体験を通じて、大韓ロック~韓国のインディー・シーンの実情を紐解いた本「大韓ロック探訪記」がこのたびリリースされた。

かの地のインディー・シーンにどっぷり関わる長谷川氏が見てきた笑いあり涙ありのエピソード、彼が所有する貴重なアナログ盤の紹介などなどが盛り込まれ、長谷川氏が音楽のみならず韓国の人々を心から愛おしそうに話している様子が伝わってくるのも微笑ましい一冊。今回はそんな愛に溢れた本書について、長谷川氏本人と、この本を共にまとめたライターの大石始氏を交えてお話を窺った。

長谷川陽平, 大石始 『大韓ロック探訪記』 DU BOOKS(2014)

俺の話なんか本になるのかな?

――まずは、この「大韓ロック探訪記」を作るに至るまでのことをうかがえますか?

長谷川陽平「では大石さんからお願いします(笑)」

大石始「(笑)。本の前書きにも書いたんですが、2012年にとある取材で僕がソウルに行った時に長谷川さんとお会いしたのが初対面。その日は長谷川さんのオススメの冷麺屋へ行って、よく通われていたカフェへ行って、コプチャンチョンゴル(*1)へ初めて行って度胆を抜かれたりして(笑)、6時間くらいテープを回してましたが、〈これは凄いな!〉と思うエピソードがバンバン出てきたんですよね。何より長谷川さんの語り口がすごくおもしろくて。泥酔していたので詳細は忘れていましたが(笑)、記憶の片隅で〈本をいっしょに作りましょうよ〉と言ったのは覚えています」

(*1)コプチャンチョンゴル:韓国歌謡が大音量で流れる弘大の有名なバーで、「大韓ロック探訪記」の表紙が撮影されたのはこの店。長谷川氏がかつて担当していたbounceウェブ連載〈ソウルで勝手に生きてます。〉にも登場

――初めてお会いした日に、もうそういう話になったんですね。

大石「そうですね、すごく盛り上がって」

――長谷川さんはそもそもご自身の韓国での体験をまとめたいといった意向はあったんですか?

長谷川「この本が出た後ですが、ハッと思う瞬間があったんです。かつて湯浅学(*2)さんに、〈(韓国で活動してきたことが)ない歴史にされちゃダメなんだよ。やっぱりどんな形でも残しておかないともったいないから〉ということを言われて、確かにそうだったなと。結果論ですけど。大石さんから〈本作りましょう〉と言われる前にも……そういうのって、言う人いるでしょ? わりと」

(*2)湯浅学:音楽評論家。韓国の音楽シーンについても詳しく、漫画家の根本敬らと結成した〈幻の名盤解放同盟〉名義での監修した本「ザ・ディープ・コリア」などを発表

――社交辞令的な?

長谷川「そう社交辞令的に。だから、今回もそういう感じかなと思ってたんだけど、しばらくしたら大石さんから本の具体的な企画案が送られてきて。それでDU BOOKSさんに掛け合ったところ出してもらえることになったんですけど、実際にそこまで話が行くことがこれまでなかなかなかったから、そうなって初めて(本を出すということを)実感したというか。サヌリム(*3)に参加した時みたいに、ライヴで演る曲を見て初めて〈これ、やるんだ〉と思った(このあたりのエピソードは「大韓ロック探訪記」に詳しい)のと同じ感覚だったんじゃないかな。そこからやっと具体的に考えはじめたんですよね、何をしよう、何を出そうとか。あと条件としては、僕は書く時間がないから、大石さんに話をまとめていただけますかというお願いはしました。書くとなるとこの本がいつ出るかわからないので(笑)」

(*3)サヌリム:77年に結成された大韓ロックを代表するバンドのひとつ。2005年の再々結成時に長谷川氏が参加したエピソードは「大韓ロック探訪記」でどうぞ

サヌリムの78年作『サヌリム 第2集』収録曲〈我が心に絨毯を敷いて〉

――大石さんは具体的にこの本を通じてどういったことを抽出したいと思われたんですか?

大石「例えば知識的な、○○年にシン・ジュンヒョンが○○というアルバムを出して……みたいなデータ的なことは、ある程度調べればわかることが多いけど、長谷川さんが韓国で音楽活動をしているなかで体験した、このアーティストとこういうことがあって……みたいなエピソードには笑い話もあれば泣ける話もたくさんあって、韓国の音楽シーン、現地の人たちのコミュニティーに入り込んだ人じゃないとわからないことばかりだった。それを盛り込みたかったんですよね。僕はその前にも韓国には何度も行っていたけど、あくまでも旅行者としての立場でしかなかったから、そんな韓国を僕は知らなかった。おそらくほとんどの日本人が触れたことがないような韓国人の姿というのを長谷川さんはご存知なので、そういうことが伝わったらいいなと思って」

――まさにそれが凝縮されていますよね。長谷川さんが体験してこられたエピソードが軸になっていながら、そこに大韓ロックのあらましや、90年代の韓国のインディー・シーンのことが長谷川さんの体験とシンクロして書かれているので、すごくわかりやすかったです。

大石「あ、ありがとうございます(照)。わりと早い段階で〈大韓ロック〉をテーマにしようという話はしていて。例えば大韓ロックの歴史や90年代のインディー・シーンの流れを何らかの形でまとめたりとか、作り方はいろいろあるんだけど、長谷川さんの語ることというのは俯瞰したものではなく、あくまでも当事者としての話であって、僕はそこに説得力みたいなのを感じたんですよね。長谷川さんがサヌリムのメンバーとして音を鳴らしたときのエピソードだけで、キム・チャンワン先生(サヌリムのリーダー)の歴史を1万字使って書く以上にわかることはいっぱいあるなと」

長谷川「大石さんに言っていたのは、〈一気に読めるようにしたい〉ということだったんですよね。途中でしおりを入れて、そのまま本棚にしまわれるような本にはしたくないなと」

――なるほど。長谷川さんはそのほかに、この本を作るにあたってのこだわりはありましたか?

長谷川「特になかったですね。当初の流れに沿って必要であろうということ、例えば対談するなら誰がいいかなとかは考えていましたけど。むしろ大石さんからまとまった原稿が送られてくるまで、果たしてこれが本になるのだろうか……ということしか考えてなくて(笑)、こう言ったら大石さんが気分を害されるかもしれないけども、俺の話なんか本になるのかなというのがあった」

大石「(笑)」

長谷川「そんな大したことやってないと思ってたので、最初に大石さんから〈長谷川さん、これ凄いんですよ〉と言われた時に、そうなのかな~?という感じだったんですよ」

大石「大したことないなんて絶対ないんですよ(笑)」

――むしろ〈大したこと〉しかないですよ(笑)!

長谷川「自分のなかでは苦労したとか、そういう記憶がないんでね……。そりゃあまだ韓国へ行きはじめたくらいの時に体調を崩して、言葉も通じないし不安だったとか、そういうのはあったけど、果たしてそれが苦労だったかというとそういうことではなかったから」

PROFILE: 長谷川陽平

95年に初渡韓し、音楽活動をスタート。ホボクチ、ファン・シネ・バンド、トゥゴウンカムジャといったバンドを渡り歩き、2005年には大韓ロックを代表するバンドのひとつ、サヌリムの再々結成時のメンバーとして抜擢される。2009年には現在も活動中のチャン・ギハと顔たちのギタリスト/プロデューサーとして加入。また、ミミ・シスターズ(かつてチャン・ギハと顔たちのバックでコーラス&ダンスを担当していた女子2人組)やルック&リッスン(男女3人組パンク・バンド)といった面々の作品プロデュースも手掛ける。