10月13日から11月18日まで開催される国内最大規模の国際舞台芸術祭「フェスティバル/トーキョー」。その一環として、カンボジアのとある動きに焦点をあてた「ボンプン・イン・トーキョー」という公演が行われる。これはカンボジアはプノンペンの郊外で2014年から開催されている「ボンプン(BonnPhum)」という巨大イヴェントの日本初上陸版。ボンプンは3日間で延べ14万人が来場するなど現地でかなりの話題を集めているそうだが、興味深いのは、このイヴェントの発端となったのが、人気バンドでもなければアイドルでもなく、とある伝統芸能だったということだ。
メインとなるのはスバエク・トムという伝統的な影絵芝居や昔ながらの農村の遊びで、まさに「Bonn Phum(村祭り)」という言葉通りの素朴なもの。カンボジアではかつてのポルポト政権下で多くの大衆文化・伝統文化が弾圧されたが、ボンプンも70年代に一度途絶えた歴史があるという。現代版ボンプンはそれを若い世代が復興させたものであり、そこには一度破壊された自身のアイデンティティーを再構築しようという意識も表れている。
そんな「ボンプン・イン・トーキョー」の開催に先駆けて、ディレクターを務めるローモールピッチ・リシーが来日。BBCのメディア・ アクション・カンボジアでディレクターを務めたあと、プノンペンのアート・シーンでさまざまな活動を展開してきた彼女にインタヴューを試みた。
――まず、ボンプンとはどのようなものなのか説明していただけますか。
「一言でいえば『村祭り』です。決まった形式があるわけじゃなくて、地域ごとに行われているものですね。ボンプンに限らず、カンボジアではあらゆる習慣と文化がポルポト派の時代に途絶えてしまいました。それ以降も日々の暮らしが大変だったため、ボンプンは忘れ去られてしまったんです」
――ポルポト派以前のボンプンではどういうことが行われていたのでしょうか。
「稲作を中心とする農村であれば、それぞれが刈り取った稲を少しずつ持ち寄って、大きな山を作るんです。その周りに果物などの収穫物を並べて、そこでみんなで踊ったりしていたようです。漁村であれば、収穫した魚を炙り、その周りで踊ったり。開催時期も地域によって違います。農村なら稲の収穫のあとに行われるし、漁村だったら漁のあとに行われる。日々の慰労をかねてみんなで集まるというのが基本です。私たちは『みんなで楽しむもの』というボンプンの基本に則りながら、それを若い人たちも楽しめるものとして考えているんです」
――2014年に1回目のボンプンを開催した経緯を教えてください。
「最初はスバエク・トムという伝統的な影絵芝居のドキュメンタリー映像を作ろうと考えてたんです。あるプログラムに参加することになって、カンボジアの芸能を調べ始めたんですが、スバエク・トムの世界や大太鼓の響きに触れたとき、自分の心の鍵を開けられたような感覚がありました。今のカンボジアの若者たちのあいだではスバエク・トムのことはあまり顧みられていないので、この芸能を広めたいと思うようになったんです。調査を続けるなかでソバンナプムというスバエク・トムのグループの団長として知り合いまして、彼らの公演を企画するなかでそれが1回目のボンプンに発展していったんです」
――若者たちにスバエク・トムに触れてもらうというのがボンプンの当初の目的だったわけですね。
「そうですね。昔の風習をどうやって若者たちに知ってもらえるか。ただし、昔のままやっても古臭く感じられてしまうので、今の音楽や食文化と組み合わせて表現しようとしています」
彼女たちの試みは、いわば世代間のミッシングリンクをボンプンという祝祭空間のなかで繋ぎ合わせようとするものでもあって、それは近年日本の都市部で新たに始められている盆踊りや祭りとも通じるものだ。先述したようにカンボジアではポルポト政権下でさまざまな文化が根絶やしにされたが、当時虐殺されたシン・シサモットやロ・セレイソティアといったクメール歌謡黄金時代の歌手に近年国際的なフォーカスがあてられているほか、プノンペンからはクラップヤハンズのようにそれらをサンプリング/リメイクするヒップホップ・レーベルも出てきている。
ボンプンの復活もそうした潮流とリンクするもの。ここではカンボジアの人気グループ、スモール・ワールド・スモール・バンドと伝統音楽のコラボが繰り広げられるというが、ローモールピッチ・リシーは「古いものを継承・維持しつつ、発展させることが重要だと思うんです。いわば新しいものと古いものを結婚させるということですよね」と話す。
――今年4月に開催されたボンプンには3日間で14万人もの人が押し寄せたそうですね。
「そうですね。朝から午前中11時までは托鉢やお坊さんの説法、瞑想など、仏教に関する企画をやりました。お昼は昔ながらの遊びや踊り、夕方6時まではチャパイという伝統弦楽器の演奏や現代劇を、その後からメインとなるスバエク・トムや仮面舞踊を上演しました。スバエク・トムの人形を作ってみたり、伝統的なお菓子を作るというワークショップも企画しました」
――Youtubeにアップされている映像を見るかぎり、来場者は若い世代がかなり多いですよね。彼らはスバエク・トムのような伝統芸能にどのように反応しているんでしょうか。
「一番最初の年は、こちらから呼びかけないと誰も芝居を見てくれなかったんです。役者が歌うと多少人が集まってくるんだけど、しばらくすると席を立ってしまう。そんな感じでしたね。ただ、2年目になると興味を持ってくれる人もだいぶ増えました。そうやって少しずつ状況が変わってきた感じです。スバエク・トムをまったく見たことがない人たちばかりなので、影や音楽が新鮮に映るんでしょうね」
――若者たちの間で「カンボジアの伝統を知りたい」という欲求が高まっている?
「残念ながら、まだそこまで高まっているわけではないんです。ただ、以前は伝統に関する話すら会話のなかで出ることがなかったので、少しずつ意識が変わってきているのは確かですね。ボンプンでそういう気運を高めていければと思っています」
――プノンペンの音楽やアートの世界では、伝統と現代を繋ぐ動きも活発になってきてますよね。
「そうですね。みんな自分たちのアイデンティティーを探しているんだと思います。以前だったら海外のものをマネする人たちばかりだったけど、自分たちの表現を突き詰めようとしている。クラップヤハンズはお互いに宣伝し合う仲です(笑)。彼らとは今後なにか一緒にやることになるかもしれません」
最後に、日本公演となる「ボンプン・イン・トーキョー」のプランを話してもらった。
「『ボンプン・イン・トーキョー』ではボンプンの一部分を持ってこようと考えてます。もちろん伝統芸能のパフォーマンスがあり、スモール・ワールド・スモール・バンドと伝統音楽のコラボも予定しています。カンボジアのアート・シーンを紹介するドキュメンタリー映画も上演します。守らなくてはいけない自分たちのアイデンティティーを若い世代とどのようにしてシェアすることができるか。それが今回のコンセプトです。
海外の方にとってはカンボジアというとポルポト時代の悲惨なイメージがあると思うんですが、もちろん私たちの国はそれだけじゃない。素晴らしい芸術があるということを日本の方々にもぜひ知っていただきたいです」
LOMORPICH RITHY
映画監督。王立プノンペン大学メディア・コミュニケーション学部卒業。BBCメディア・アクション・カンボジアのディレクター、プロデューサー、ライターを経て、2014年にアートを愛する若者のコミュニティ「プレンコブ」(キャンプファイヤーの意)を創設。失われたカンボジアの伝統を現代に接続するボンプン(ビレッジ・フェスティバル)を主催している。5回目の今年は、3日間で約140,000人が来場した。別名、YoKi Cöcöとしても活動。
EXHIBITION INFORMATION
人と都市から始まる舞台芸術祭 フェスティバル/トーキョー18
○10/13(土)~11/18(日)
会場:東京芸術劇場/あうるすぽっと/南池袋公演ほか
アジアシリーズ vol.5 トランス・フィールド
『ボンプン・イン・トーキョー』
キュレーション:ローモールピッチ・リシー
○11/10(土)18:30開場/19:00開演
○11/11(日)17:30開場/18:00開演
会場:北千住BUoY
出演:スモールワールド スモールバンド/ソバンナ プム・アーツ・アソシエーション/ソピア・チャムローン、ティン・トン
『フィールド・プノンペン』
○11/10(土)14:00~21:30
○11/11(日)14:00~20:30
会場:北千住BUoY
参加アーティスト:ローリー・パク/シャハルフィクリ・サレー/マニス/ダナ・ラングロア/歌川達人/山川陸
『MI(X)G』
コンセプト・演出:ピチェ・クランチェン
○10/13(土)・14(日)15:00~
会場:南池袋公園
ショプノ・ドル『30世紀』
脚色・演出:ジャヒド・リポン
原作:バドル・ショルカル
○11/3(土)18:00~
○11/4(日)14:00~
会場:東京芸術劇場 シアターウェスト
『越境を越えて~アジアシリーズのこれまでとこれから~』
○11/8(木)~11/11(日)
会場:東京芸術劇場 シアターイースト
その他の演目はwebサイトへ www.festival-tokyo.jp/