4年の間に何があった? 開けてはいけない扉を開けてしまったのか? すべての境界線をぼかしながら、ダークな歌が眠れない憂鬱な夜に覆い被さる。朝はまだ遠い……
むう。すげえ。何なんだ、この衝動と熱量と諦念と孤独感と痛ましさがグチャグチャに混ざった爆発力は? 踏み入ることすら躊躇われるような路地裏の地下にある昭和っぽいナイトクラブの重い扉を開けたら、煙とジャズの匂いがもくもくと立ち込め、バンドはインダストリアル的な破壊力でダブステップみたいな音を鳴らし、奥にはフリーキーなサックスを吹き散らかすヤツもいて、その真ん中では子どもみたいだけど人生に疲れたような表情の痩せた男が、トム・ウェイツ風のシャガレ声で次々に言葉を放ちながら歌っている……といった具合の、そんな無秩序で混沌としたまったく新しい衝撃。18歳でBBCの〈Sound Of 2013〉にノミネートされ、テン年代のUKアンダーグラウンド・シーンでもっとも広く注目されてきたシンガー・ソングライターのひとり、キング・クルールことアーチー・マーシャルによる4年ぶりのニュー・アルバム『The Ooz』のことだ。前作『6 Feet Beneath The Moon』からの跳躍ぶりが凄すぎてただただ圧倒されるばかり。いったいどんな日々を過ごしていたんだよ、おい!
「より自分がオープンになって、世界が広がったというような変化を感じていたな。でも葛藤もあったんだよ。自分が何をしたいのか、よくわからなくなった時期もあった。それでも俺は何が本当に作りたいのか考えながら音楽と向き合い続け、その結果、スランプから抜け出して納得のいく作品を完成させることができたんだ。だから俺は若いヤツらにこう言いたいよ、〈先が見えなくなることもあるけど、しばらくするとその状況が突然変わる時は来る〉ってね」。
盟友マウント・キンビーの最新作『Love What Survives』への客演も記憶に新しい彼が、既存のジャンルで括れない音楽をやっているのはすでに知られたことだろうが、それにしても今作には型というものがなさすぎる。ブルースだったり、パンクだったり、ロックンロールだったり、ダークウェイヴだったり、UKベース・ミュージックだったり……。だけど、おもしろいのは〈あれこれ手を出してみた感〉などない点で、曲調やビートは多様でもトーンは最後まで一貫しているのだ。
「この数年で音楽業界も大きく変わったよな。それもあって、俺は型にハマらない作品を作りたいと思うようになったんだ。だからこのアルバムは曲数も多いし、時間も長くなっている。リスナーがちょっと違和感を覚えるぐらいのものにしたかったんだよ」。
確かにいまどき全19曲収録というだけで違和感を覚える……というか、初めはギョッとする。しかし、曲と曲とが繋がりながらズブズブと深みにハマっていく独特の感覚は中毒性抜群。聴きはじめたらなかなか途中で止められない。好き勝手やっているようで実はしっかりプロデュースされた構成力の高いアルバムだ。共同プロデューサーはディリップ・ハリス、エンジニアはアンディ・ラムゼイ。共に先のマウント・キンビー作品にも関与している。
「2人といると勉強になるんだよ。俺が使ったことのない機材を完全に使いこなしているし、俺にいろいろな経験をさせてくれるからね。今回のサウンドはいままでよりもヘヴィーにしたかった。で、ヴォーカルはもっとドライにしたかった。あと、アナログ・シンセをたくさん使っているのも前作との違いだな」。
複数の曲で鳴っているサックスも強く印象に残る。イグナシオ・サルヴァドレスという男が吹いているのだが、彼との出会いも新作の大きなインスピレーションになったそうだ。
「ロンドン・ブリッジの下でイグナシオがプレイしている映像を観て、〈一緒にジャムろう〉って誘ったんだ。彼となら何時間でもジャムっていられる。彼こそがこのアルバム作りの大きな支えだったんだよ」。
ところで、本作には不眠について書かれた曲やドラッグによる昂ぶりを書いた曲も目立ち、マーシャルは「ずっと不眠症と戦っていたから、それが歌詞に出たんだろうね」と説明。そういえば前作の頃の少年性が失せて、顔つきもだいぶ変わったよう。この2作目での爆発力はさまざまな体験を経たうえでのものなのかもしれないが、どうか身を滅ぼさぬよう気をつけてほしいものです。
キング・クルールの作品。
キング・クルールが客演した作品。