3人の個性が紡ぐカラフルな音織物
再び重なり合った偉大なるトライアングル

 昨年8月に開催されたリオデジャネイロ五輪の開会式は、サンバ歌手の大御所パウリーニョ・ダ・ヴィオラ等とブラジル国民による国歌の斉唱や、カエターノ・ヴェローゾとジルベルト・ジル、アニッタの3人の共演など、ブラジル音楽のファンにとっても見どころの多いイヴェントだった。そのテレビ中継をぼんやり眺めていたら、聞き覚えのある低い男声による詩の朗読が流れてきて、はっとした。もしかしてアルナルド・アントゥネス?! 果たして、その通りだった。

 思い返せば、2012年のロンドン五輪の閉会式ではカルリーニョス・ブラウンとマリーザ・モンチが、それぞれパフォーマンスを繰り広げた。しかも海の女神イエマンジャーに扮したマリーザは、ブラジル側のメイン・アクトとして登場し、ロンドンとリオデジャネイロの架け橋の役割を見事に果たした。

 こうした事実が物語っているように、マリーザ・モンチとカルリーニョス・ブラウン、アルナルド・アントゥネスの3人は、それぞれブラジルでは大きな実績と高い知名度を誇るミュージシャンである。

 最年長(1960年生まれ)のアルナルド・アントゥネスは、82年から92年までの約10年間、チタンスのヴォーカリストとして活動し、ブラジルのロック・シーンを牽引し続けた。88年にリリースされたマリーザ・モンチのファースト・アルバム『マリーザ・モンチ』の冒頭を飾るのは、そのチタンスのヒット曲のカヴァーである。そして91年にリリースされたマリーザのセカンド・アルバム『マイス』の1曲目は、マリーザ、アルナルド、そしてプロデューサーのアート・リンゼイが初めて共作した“ベイジャ・エウ~私にキスをして”。また、アルナルドは書き下ろしの2曲をこのアルバムに提供している。

 アルナルド・アントゥネスがチタンスから独立後の93年に初めてリリースしたソロ・アルバム『Nome』には、マリーザが客演。その翌年にリリースされたマリーザ・モンチのサード・アルバム『ローズ・アンド・チャコール』にはアルナルドの曲がマリーザとの共作も含めて3曲収録されているが、ここで初めてチンバラーダを率いて活動していたカルリーニョス・ブラウンとの接点が生まれる。カルリーニョスも、この『ローズ・アンド・チャコール』にマリーザとの共作を1曲含む計3曲を提供し、パーカッションの演奏でも参加していたからだ。その後、96年にリリースされたカルリーニョス・ブラウンの『バイーアの空のもとで』において、カルリーニョスとマリーザは“Seo Ze”を共作し、なおかつ共演。同年、アルナルド・アントゥネスはサード・アルバム『O Silencio』をリリースしたが、表題曲はカルリーニョス・ブラウンと初めて共作した曲で、しかもカルリーニョスは2曲でパーカッションを演奏している。

 そしていよいよ、マリーザ・モンチとアルナルド・アントゥネス、カルリーニョス・ブラウンの3人が初めて一堂に会してセッションする機会が訪れる。マリーザ・モンチは、97年にアルバム『グレート・ノイズ』をリリースしたが、同名ヴィデオには3人が一軒家に集まり、その場でセッションをしながら一緒に作り上げた“バトン・ノ・デンチ”というアルバム未収録曲が収められていたのだ。

 トリバリスタスの結成の直接的きっかけとなったのは、アルナルドの通算6作目のアルバム『Paradeiro』(2001年)。このアルバムはカルリーニョスのプロデュースで、サルヴァドールにある彼のスタジオでレコーディングが行われた。マリーザもこのサルヴァドールで一週間を過ごし、3人はタイトル曲を共作した。そして2002年にトリバリスタスとして始動する。

 トリバリスタスは、一種のスーパー・グループだけに大きな反響を呼んだ。ファースト・アルバム『トリバリスタス』はブラジル国内だけで150万枚近くを売り上げ、他の南米諸国やヨーロッパでも好セールスを記録。まさしく大きな成果を生んだ。2004年までツアーを行ない、その後はそれぞれソロ活動に戻った。以来、3人はアルナルド・アントゥネスのライヴ・アルバム『Ao Vivo No Estudio』 (2007年)で共演したものの、トリバリスタスとしての活動を再開することは否定してきた。ところが、今年8月10日、再始動することが伝えられ、翌日には4曲がアルバム先行の形で配信リリース。そして8月25日、セカンド・アルバム『Tribalistas』とレコーディング風景を収録した同名のDVDが同時リリースされた。

TRIBALISTAS 『Tribalistas』 Universal Music Brasil(2017)

TRIBALISTAS 『Tribalistas』 Universal Music Brasil(2017)

 『Tribalistas』には、前作に引き続いて、セザール・メンデス(ギター)とダヂ・カルヴァーリョ(ベース、ギターハモンド・オルガン、フェンダー・ローズなど)が参加している。また、メインのプロデューサーがマリーザで、カルリーニョス、アルナルド、アレ・シケイラの3人が共同プロデューサーという点も前作と同じだが、今回はダヂの息子でエンジニアを務めているダニエル・カルヴァーニョも共同プロデューサーとしてもクレジットされている。

 今回の特筆すべきポイントは、ポルトガル人女性歌手のカルミーニョが2曲の曲作りに関わり、しかもそのうちの1曲にはヴォーカルでも参加していることである。カルミーニョは、男性歌手のアントニオ・ザンブージョと並ぶ、新世代のファド歌手で、ブラジル音楽に積極的にアプローチしてきたという点でも、アントニオと共通している。その証拠にカルミーニョは、 『Canto』(2012年)でマリーザとアルナルドの共作による“Chuva No Mar”を取り上げている。しかもこの曲はマリーザとのデュエットで、カルリーニョスがパーカッションを演奏しているから、今回のトリバリスタスとの共演の伏線だったと言えるかもしれない。また、カルミーニョは、昨年リリースしたアントニオ・カルロス・ジョビンのトリビュート・アルバム『Canta Tom Jobim』でも、マリーザと一曲デュエットしていることを指摘しておこう。