若手筆頭のジャズ・ドラマーとして、2017年だけでも20作以上のアルバムで演奏し、300本を上回るライヴを行ってきた石若駿。そんな彼が昨年末に発表したリーダー作『Songbook』は、筆者も含めたある種のリスナーに静かな衝撃をもたらした。とりわけ驚かされたのは、冒頭に収録された“Asa”だ。内省的に揺れ動くピアノのうえで歌うのは、石若が東京藝大に通っていた頃の先輩で、ceroのサポートでも知られる打楽器奏者の角銅真実。滑らかに句点を刻む、柔和で艶のあるヴォーカルと、そこにアンニュイに寄り添う演奏は、日常から夢へと体が浮かんでいきそうな、淡く切ない響きに満ちていた。

そんな『Songbook』について、先にリリースした話題のソロ作『ノスタルジア』に石若を迎えた岡田拓郎は、bounceのインタヴューでこう語っている――〈ドラマーのリード・アルバムなのに、ビートっぽいことをやるっていうよりも、フォーキーな良い曲のアルバムなんですよね。めちゃめちゃ叩ける人がそういうのを作るって、ある種の抑制されたプロデュース感覚がないとできないと思うんですよ〉。

前作から早1年。続編となる『Songbook2』が11月15日(水)にリリースされる。角銅のほかに、シンガー兼トラックメイカーのermhoi、CRCK/LCKS(クラックラックス)の盟友である小西遼と、複数のゲスト・ヴォーカルを迎えているのは前作同様。一方で、ドラム以外にもピアノやキーボード、打ち込みまで石若が多重録音した前作に対し、この新作では吉田ヨウヘイgroupの西田修大(ギター)、CRCK/LCKSの越智俊介、Clean Up Trioの須川崇志(共にベース)が参加し、バンド・アンサンブルが強調された作りとなっている。

このあと、11月17日(金)~19日(日)に東京・新宿Pit Innで開催される〈石若駿3Days 6公演〉では、打楽器ソロにジャズ系のデュオ/トリオ、CRCK/LCKSに加えて、〈Songbook〉シリーズから派生したバンドでも出演するという。次々と表現の幅を拡げてきた石若に、『Songbook2』と2017年の充実ぶりを語ってもらった。

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石若駿 Songbook2 YoungS'tones/APOLLO(2017)

理想のシンガー像、角銅真実や岡田拓郎ら信頼寄せる同士たち

――前回の『Songbook』は、リリースの5~6年前に書かれた曲も入っていました。新作の曲はいつ頃に作られたものなんですか?

「最後の“Jazzfriendz”を除いて、どれも比較的新しい曲です。前作を出したあとにSongbook名義のバンドでライヴをするようになったので、そのレパートリーとして書いた曲が多いですね」

――日々いろんな現場を飛び回っているなかで、『Songbook2』はどういうタイミングで録音したんですか?

「たまに空いた日ができて〈休みだ!〉と思ったら、すぐに動くような感じですね。ミュージシャンに声をかけたり、スタジオを押さえたりして、〈明日来れますか?〉って」

――休む間も惜しんで制作に取り掛かるなんて、このプロジェクトに相当入れ込んでいるんですね。

「僕はいつも、〈明日死ぬかもしれない〉って考えながら動いているんですよ。だから、思い付いてタイミングが合えば、新しいことをやっておきたい。アイデアを温かいうちに残して、どんどん次へ循環させていくというか。そういう意味で、〈Songbook〉は自分にとってのライフワークなんでしょうね」

――〈Songbook〉での石若くんは、ソングライターとしてはもちろん、プロデューサーとしての才能も発揮していると思う。それこそ、角銅さんにシンガーとしての才を見出したのは、ひとつ大きかったんじゃないかなと。ここ2作で、全10曲中5曲に参加しているわけですし。

「Songbook名義でライヴするようになってから、もっと角さんと一緒にやりたいと思うようになったんですよね。最初はいろんなヴォーカリストを集めて、自分の曲を歌ってもらうイメージで始めたんですけど、何度もライヴを重ねていくうちに、特別なものを感じるようになってきて」

――どんなところに惹かれているのか、具体的に教えてもらえますか?

「歌っている表情が、苦しそうになるときがあるんですよ。そこがたまらなく好きですね。実際に、角さんが歌うときの声や佇まいに接していると、そんな表情を浮かべるのも頷けるところがあって。心地良い苦しさというか」

前作『Songbook』収録曲、角銅が歌う“10℃”の2016年のライヴ映像
 

――あの歌声は、今にも感情が零れ落ちそうですもんね。

「たぶん、普通の人よりも物事への捉え方が敏感なんだと思う。(自分の手元とアイスコーヒーに目をやって)グラスを手に取る動作をとっても、自分の手と氷とグラスの関係だとか、〈冷たさ〉について思いを馳せたり、イメージを膨らましていくような感じ。だから、ひとつひとつのメロディーや言葉は単純だけど、角さんのなかでいろんな意味が込められていて、それを歌として発しているというか」

――それと角銅さんのヴォーカルは、適切な表現かはわからないけど、イマジネーションの跳躍力がある気がして。〈そこにも声を置くことができるんだ!〉みたいな。

「僕はデモの時点で、ガチガチに作り込んでいて、誰かに歌を載せてもらうときは、譜面にメロディーを書いて、ピアノを録音したものと一緒に送っているんですよ。でも、角さんはたぶん譜面を見ていないのか、間奏のつもりだったフレーズにも歌詞が付いて戻ってくる。要するに、まったく予期せぬものが返ってくるんですよね。そこがおもしろい。今回の曲だと、“Purkinje”が特にそういう感じ」

角銅真実の2017年作『時間の上に夢が飛んでいる』収録曲“窓から見える”
 

――石若くんが〈Songbook〉で一緒にやりたい歌い手はどういうタイプなんですか?

「単純に言うと、クリエイティヴな音楽家が好きですね。(聴き手やサポートとしては)上手なシンガーも好きだけど、自分の音楽に関しては、上手さは別にいらない。それよりも、その人しか持っていないものがほしいんですよ。そこは拘っています」

――実際に参加している人たちは、技術的にも優れていると思うけど、〈Songbook〉ではもっと深いところを求めているんでしょうね。

「そうですね。エンジニアの吉川(昭仁)さんは、角さんやエリンちゃん(ermhoiの本名)の歌はかなり上手いと熱弁していましたし。曲のメロディーが難しいのに、ピッチの修正をしなくてもちゃんと当てているって。でも2人はやっぱり、シンガーというよりは自分で音楽を作る人だから、(『Songbook2』では)もっと別の能力を発揮している気がするんですよね」

――歌手としてのポイントも抑えたうえで、それ以上の何かを作品にもたらしていると。

「自分の声と音楽、その両方を兼ね備えている人はそんなに多くない気がしていて。やっぱり大抵の場合は、プロデューサーや作曲者が別にいたりするわけじゃないですか。そういう意味で、僕は自分だけの強い音楽を作っている人が好きなんでしょうね」

――今の話と同様に、プレイヤーもただ上手く演奏するだけではなくて、曲を発展させていくアイデアを持った人を集めたんじゃないですか? 前作のインタヴューで、〈多重録音はその人(作り手)のもっとも深いところが見られると思う〉と話していたけど、今回は参加したミュージシャンの深いところを、〈Songbook〉というコンセプトを通じて引き出している感じがします。

「自分がプロデューサー的かと言われると、まだ修業が足りてない気がして。音色やフレーズに関してもそうだし、曲の構成についても、どうするべきで何が必要なのかすぐにわからないし、思い付いたら実験している感じなので。だから、みんなに助けられたと思います」

前作『Songbook』試聴動画
 

――今回参加したプレイヤーは、どういう意図で選んだのでしょう。まずは越智俊介さん。

「オチ・ザ・ファンクは(お互いの地元である)札幌時代から付き合いが長いんですよ。それでクラクラ(CRCK/LCKS)に加入してもらったのと同時に、こっちにも参加してもらいました。彼はジャズやブラック・ミュージックもそうだし、何でも弾けるタイプのベーシストで、〈Songbook〉ではクラクラとは異なる側面を見せてほしかった。でも、本人らしいエッセンスも入れてくれて。“晴れた夜”のベースラインなんて、そこだけ抜き出してもメッチャ格好いいし」

――Clean Up Trioでも一緒にやっている、須川崇志さんはどうですか?

「僕にとって恩人で、自分がやりたいことを理解してくれるベーシストですね。普段、僕がジャズをやっているところも見ているし、いろんな面を知っている。それに実は、前作の“Asa”や“10℃”でもベースを弾いてもらっていたんですけど、お蔵入りになったんですよ。それもあって、今回は参加してほしかった」

――西田修大くんとの出会いは、岡田拓郎くんが『ノスタルジア』を制作している現場だったんですよね。第一印象はどうでしたか?

「やさしい人だなって(笑)。僕はいきなりそこに飛び込んだので、最初は知らないミュージシャンばかりだったけど、いろいろ親切にしてくれて。それに熱いヤツじゃないですか。一気に仲良くなりました」

――彼は自分から絡んでくるタイプですもんね(笑)。

「あと、そこでは音楽の話がいろいろできたのも大きかった。例えば、くるりやグリズリー・ベア、レディオヘッドとか、僕が好きな音楽についてみんな詳しくて。だから、ポンポンポンと話が合う。スネア(の音色)とかについても語れるし。普段ジャズをやっているときは、そっち方面の話をすることがないので」

――ギタリストとしては、どんな魅力を感じていますか?

「最初に吉田ヨウヘイgroupのライヴで演奏しているのを観たとき、ギター・ヒーローだと思いましたね。あそこまでブワーッと弾く人は観たことがなかったから。あとはファズの音も綺麗だし、音響的にも練られている。あと、僕はギタリストが好きなんですけど、ジャズだと失われるロックらしさってあるじゃないですか。例えば譜面で、何とかメジャーって表記したときに、メジャーセブンスをくっ付けてお洒落に弾く人が多いけど、西田くんだったら王道の音を弾ける。そのバランスを今回は求めていたんですよね」

吉田ヨウヘイgroupのニュー・アルバム『ar』収録曲“トーラス”
 

――ちなみに、岡田くんとはどうやって知り合ったんですか?

「最初は、ライターの花木(洸)が岡田くんを紹介してくれたんです。それで昨年の春先くらいに、クラクラのライヴを観に来てくれて。自分も刺激を求めていた時期で、ちょうどそのときに現れてくれたんですよね。ジャズもめっちゃ詳しいし、ブライアン・ブレイドの話で盛り上がったりもして。だから出会えたのは嬉しかったです」

――それこそ、石若くんと西田くんが参加した(『ノスタルジア』収録曲の) “ブレイド”は、曲名やドラムもブライアン・ブレイドを意識している感じがしました。

「そうですね。(岡田くんからは)フェローシップのときのブライアン・ブレイドと、あとはマット・チェンバレンって指定がありました。ブラッド・メルドーのバンドで叩いているときの8ビートがほしいと」

――ほかにも『ノスタルジア』と〈Songbook〉は、いろいろ共鳴し合うところがある気がしますね。

「確かに。岡田くんは前作も聴いてくれてたし、お互いソロとしてやっていくうえで、響き合っているかもしれない」

Okada Takuro(岡田拓郎)の2017年作『ノスタルジア』収録曲、石若と西田が参加した“硝子のアイロニー”