ここ数年のライヴ活動を糧とする、〈バンド〉としての2人が刻む青い時間。曲と曲とが淡く溶け出して滲み、境界が曖昧なひとつの像を結ぶ瞬間のマジカルな心地良さといったら……!

バンド、キセルのアルバム

 キセルの音楽はシンプルなようでいて、その魅力を言葉で説明するのは難しい。ほっとするようなメロディーもクセになるグルーヴも魅力的だけど、その余白にキセルの歌心が潜んでいる気がする。ノスタルジックで、どこかエキゾチック。そんな不思議な感覚を共有できるのは、メンバーの辻村豪文と辻村友晴が兄弟だからかもしれない。彼らの3年ぶりの新作『The Blue Hour』は、そんなキセルらしさを極めたようなアルバムだ。音はますますミニマルに研ぎ澄まされてコクは一層深くなった。アルバムの方向性について、兄の豪文はこんなふうに振り返ってくれた。

キセル The Blue Hour KAKUBARHYTHM(2017)

 「出来上がった曲をリハでやって、いろいろ話をしている時に、なんとなく見えてきたものはあって。それは基本的に前作『明るい幻』の延長線上にありつつ、もう少しアルバムに統一感があるというか。『明るい幻』のほうは各曲のカラーがはっきりしていたと思うんですけど、今回は曲同士が滲んでいるような感じにしたいなっていう話はしましたね」(豪文)。

 『明るい幻』の特徴と言えば、キセルとしては初めて、ほぼ全曲で生ドラムを導入したこと。これまでリズムボックスを使っていた彼らにとって、それは大きな変化だった。

 「それまではライヴのことを考えて、二人だけでできるようにリズムボックスとかを使っていたんですけど、曲の作り方が少しずつ変わってきて打ち込みでは対応できなくなってきたんです。それで前作では自分が叩いて、それに合わせて弟がベースを弾いたんですよ。そうすれば宅録感が出るかと思って。でも、今回はlakeの北山ゆうこさんに全部お願いしました」(豪文)。

 キセルはもともと独特のグルーヴ感を持っていたが、本作ではドラムが生み出すプリミティヴとも言える生々しいビートが曲の屋台骨を支えている。「昔からブラジルとかアフリカの音楽の変わったビートが好きで聴いていた」という二人にとって、北山のドラムの魅力はどんなところだったのだろう。

 「勝手な印象なんですけど、なんかすごくヒップホップ感があって。今回のアルバムに“二度も死ねない”っていう曲があるんですけど、〈メロは出来ているけどリズムをどうしよう?〉となった時、J・ディラで好きな曲(“It’s Like That”)があって、それをゆうこさんにも聴いてもらって、無理くりですけどその感じをはめ込んだりして。曲の内容的にもありかなと思って」(豪文)。

 「ゆうこさんとは7~8年くらい付き合いがあるんですけど、ようやく最近になって、3人で一緒に練習することで曲の正解と思えるところまで辿り着けるようになってきた気がします。ここ2年くらいは3人でライヴをやることも多くなって、バンドとして固まってきた。その感じをアルバムに録っておきたかったというのもあるんです」(友晴)。

 つまり今作は、デュオからバンドへと進化したキセルが堪能できるアルバムなのだ。北山のほかには、サックス/フルートで加藤雄一郎、キーボードでエマーソン北村と野村卓史。ヴィブラフォンで山田あずさといった面々がゲスト参加。なかでも、加藤が奏でる管楽器の艶やかな音色はブラジル音楽を彷彿させたりもして、アルバムのアクセントになっている。

 「確かに彩りになってますよね。今回、管のアレンジに関しては、シンプルなリフ以外は全部、加藤さんが考えてくれました。加藤さんの演奏は、抑えててもすごく歌っている感じがあるんですよ。ギターと鍵盤と、もうひとつ歌があるような感じ。なんかキセルの演奏がちょっとエモくなるようなところがあって、それがおもしろいと思いますね」(豪文)。

 そうやって、ゲストと意見を交換しながらアルバムを作り上げていったことが、本作を風通しの良い作品にしているようだ。その制作に入る前、豪文はmei eharaのアルバム『Sway』のプロデュースを手掛けていて自分たちの新作に専念できなかったが、それが結果的にゲストとの連携を強めた。

 「プロデュースと新作を並行してやってたんですけど、(新作の曲のうち)自分たちだけで完結させるアレンジに関して準備不足なところや、迷ったままになっているところがあって。それを今回、みんなに投げて任せたんです」(豪文)。

 「それがうまくいって、すごく良いベーシックが録れました。普段ならベーシックにギターや鍵盤を時間をかけてダビングしていくんですけど、今回はそんなに重ねなかった気がしますね」(友晴)。