〈ドラマティックな〉いざこざのない、ただただ楽しめるバンド
今年で設立20周年を迎えるレーベル、ベラ・ユニオン(Bella Union)の主宰者であり、元コクトー・ツインズ〜スノウ・バードのサイモン・レイモンドと、ジーザス&メリー・チェインでの活動でも知られるドラマーのリチャード・トーマスによって結成されたユニット、ロスト・ホライズンズがファースト・アルバム『Ojala』をリリースした。
★ベラ・ユニオン20周年企画・前編↓
ベラ・ユニオン主宰サイモン・レイモンドが語る、ビーチ・ハウスらレーベル象徴する10枚とコクトー・ツインズへの甘苦き想い
実は、リチャードは以前ディフ・ジャズというバンドに所属し、コクトー・ツインズの司令塔ロビン・ガスリーによるプロデュースのもと、エリザベス・フレイザーをゲスト・ヴォーカルに迎えたアルバム『Extraction』を85年に4ADよりリリースしたことがある。また、ホープ・ブリスターのメンバーとしても同レーベルから数枚のアルバムを出すなど、4ADとは所縁の深い人物だ。
サイモンの所属していたコクトー・ツインズは、言うまでもなく4ADの伝説的な看板バンドだったわけで、そういう意味ではこのユニット、〈元レーベルメイトの新プロジェクト〉とも言えるだろう。何より、ここ数年ほとんど、みずからは音楽活動をしていなかったサイモンが、こうしてシーンに戻ってきたことが嬉しい。今回はサイモンにインタヴューを実施。カムバックの経緯について、彼はこう語ってくれた。
「昨年あたりから、〈そういえば長いこと音楽をやってないな〉と思うことが多くなってきた。今回はまず、コクトー・ツインズみたいな〈ドラマティックな〉いざこざのない、ただただ楽しめるバンドが組みたかった(笑)。それで、友人でもあり、ドラマーとしても活動中のリチャードにFacebookでメッセージをしてみた。彼は今、クロアチアに住んでいて、最近は何をしているのか知らなかったんだけど、きっと彼もまた音楽を作りたがっていると思ったんだ。それで彼をスタジオに呼んで、即興のジャム・セッションをやっているうちに次々と曲が出来ていった。で、今度はそこにヴォーカルを入れたくなってきちゃって(笑)、その楽曲にぴったりだと思うシンガーたちに連絡を取ったんだ」
ボウイの死が引き出したメランコリア
最初はアルバムを作る予定もなく、〈ライヴバンド〉としてステージで演奏するのに必要なレパートリーを、ただ増やしていくつもりだったという。そのため、ほとんどの楽曲は即興的なセッションによって生み出されたそうだ。
「とにかく、音楽をやるのが楽しくて仕方なかった。ほぼ20年ぶりの曲作りは新鮮だったしね。ロンドンのハックニー・ロード沿いにあるスタジオで、僕がグランドピアノを弾きリチャードがドラムやサックスを演奏するという、ただそれだけのことに没頭したよ」
本作『Ojala』は、そんな流れや勢いによって作られたアルバムだ。即興の魅力や醍醐味がどこにあるかとサイモンに尋ねると、「実際にやってみるまで何が出来るのかがまったくわからない。その未知の領域が、不安でもありエキサイティングでもある」と言う。
「それって、コクトー・ツインズをやっていた頃から何も変わらないね。あとは、その時の自分たちの状況やヴァイブレーションが如実に反映されるのもおもしろい。今回のアルバムは、そういう意味ではちょっとメランコリックになっていると思うよ」
本作が〈メランコリックな〉仕上がりとなった大きな要因の一つは、デヴィッド・ボウイの死にあったとサイモンは明かす。
「彼の訃報(2016年1月10日)を知ったのは、レコーディング中だったんだ。あまりにもショックで、その日はもうスタジオに入る気持ちにすらなれなくなってしまったのだけど、リチャードは〈いや、今こそスタジオに入るべきだ〉と譲らなかった。迷ったのだけど、結局は続行することにしたよ。今、この瞬間に感じていることは、たとえそれがハッピーであろうがなかろうが、ポジティヴだろうがネガティヴだろうが、特別なものだからね。それをなんとか楽曲に落とし込もうと思った。自分の感情がどんなもので、頭の中にどんなイメージが浮かんでいるのかは、はっきりとはわからない。ただただ感じるがまま、音にしていく。だからこそ、今の感情が色濃く反映されているんだろうね」
ちなみに、ボウイが亡くなった日にレコーディングしていたのは“On The Day You Died”というタイトル(アルバムには未収録)だった。
「その日、たまたまリチャードがスタジオにサックスを持ってきていたんだ。ボウイの楽曲にはサックスが特徴的なものが多いし、〈よし、俺は今日サックスをプレイする!〉とリチャードが宣言し、僕はピアノの前に座った。リチャードはかなりポジティヴな人間で、あの日の悲しみをエネルギーに変えてレコーディングしようとしていたんだよね。仕上がりに関しては、あまりリチャードは納得していなかったみたい。〈サックスの間の息遣いが気に入らない〉んだって(笑)。僕は、すごく良い曲になったと思っているよ。あの時の気分を、見事に捉えていたからね」
新しいアーティストにプラットフォームを与えるのが好きなんだ
そうして作られた本作『Ojala』は、2人の、とりわけサイモンの美学がふんだんに盛り込まれたアルバムである。コクトー・ツインズのルーツにもなっていた、ジャズやフォーク、ソウル、ワールド・ミュージックなどの要素を取り入れながら、サイモン独自のフィルターを通し、幽玄かつ壮大なサウンドスケープへと昇華しているのだ。あの、〈コクトー・ツインズ印〉とも言えるロビン・ガスリーの耽美なギターサウンドがないぶん、ロスト・ホライズンの楽曲は、コクトー・ツインズの本質的な部分をむき出しにしたまま引き継いでいる、とも言えるかもしれない。
そして、そんなアルバムを彩っているのは、楽曲ごとにフィーチャーされているさまざまなヴォーカリストたち。例えば先行曲となった“Life Inside A Paradox”には、キャメロン・ニール (ホース・シーフ)がリード・ヴォーカルとして、シャロン・ヴァン・エッテンがバッキング・ヴォーカルで参加している。
「この曲は先行曲であり、最初のセッションから生まれた曲でもある。アルバムの中でも極めてアップビートなトラックだ。基本的にメロディーはヴォーカリストに考えてもらったんだけど、キャメロンは素晴らしいソングライターだね。あの若さであのレヴェルの曲を書けるなんて頭が下がるよ。彼のバンド、ホース・シーフも僕は大好きで、この曲にぴったりなのは彼しかいないと思ったし、音源を送ったらすぐに取りかかってくれたのは嬉しかった。
そのヴォーカルにシャロンが美しいハーモニーを付けてくれて、それでもう完成。彼女のことも昔から大好きで、この作品に関わって欲しかった。子供を産んだばかりですごく忙しい時期だったけど、〈バッキング・ヴォーカルとしてなら〉という条件で引き受けてくれたんだ。次回は是非、メイン・ヴォーカルで参加してほしいな」
“She Led Me Away”にミッドレイクのティム・スミスが参加していることは、彼らの熱心なファンにとっては驚くべきトピックだろう。ティムが自分のバンド以外の楽曲でヴォーカルを取ったのは、ケミカル・ブラザーズの“The Pills Won't Help You Now”(2007年作『We Are The Night』収録)以来だろうか。ティムとは13年来の付き合いであるサイモンのプロジェクトだったからこそ、実現した奇跡のコラボと言えるかもしれない。
「ティムはとにかく、徹底した完璧主義者。ギリギリまで作業を引き延ばすことでも知られていて、ミッドレイクのメンバーたちも頭を抱えているんだよね(笑)。そんな彼との仕事だったから、最初の感触が良くてもまったく安心できないことは十分承知していた。ところが、音源を送って数週間で、ティムのほうから連絡があった。〈ちょっと聴いてもらいたいものが出来た〉と。そのメールには、〈期待に添うようなものじゃないかもしれないし、だから気に入らなくても気にしないでほしい〉といったことも書かれていた。彼らしいよね(笑)。とにかく、奇跡的なペースで物事が進んだし、出来上がったものにも心から満足した。ティムはあまり満足していなかったみたいだけど……。〈こんな感じでいいの……?〉ってね」
アメリカのシンガー・ソングライター、マリッサ・ナドラーは“I Saw The Days Go By”“Winter's Approaching”の2曲で参加。彼女とのコラボは、思わぬ成り行きで実現に到ったという。
「アルバムが完成した後、あるスタジオに入る機会があって、そこには質の良いグランドピアノがあることを知っていたから、ボーナス・トラックでも作ろうかなと考えていたんだ。で、演奏しはじめたら止まらなくなってね。一体何が起こったのかは自分でも定かじゃないんだけれど、まるで爆発のような即興の嵐が巻き起こったんだ。で、持ち帰ってじっくり吟味しようと思い自宅で聴き返してみて、これはアルバムの一部だってことに気付いた。それから曲に合う声をあれこれ思案したのさ。
そこで、マリッサ・ナドラーに辿り着いた。実は今回のアルバムではマリッサを起用したいと思っていたんだけれど、適当な曲がなかなかできなくてね。最終的には4種類のセッション・トラックが出来上がって、そのうちの2曲を本編に、残りの2曲“There Goes My Fantasy”“Phantom Limb”をボーナス・トラックにすることにした。マリッサとのやりとりはMessengerで行ったよ」
他にもカレン・ペリスやベス・キャノン、Soffie Viemoseといった、まだ無名のシンガーも多く含まれている。
「そう、本作には、これまで誰も聴いたことないのようなアーティストのヴォーカルも入っている。僕はビッグなアーティストを起用するよりも、新しいアーティストにプラットフォームを与えるほうが好きなんだ。自分が素晴らしいと思えば誰だって声をかける。それに、ヴォーカルが曲ごとに違っても、僕とリチャードがトラックを作っていることは変わらない。そこに一貫性はあるからね」
そんななか、もっとも苦労したというのが、ロンドンを拠点に活動しているソロ・アーティスト、ヒラン・チャイルド(Hilang Child)をフィーチャーした“The Engine”。
「7分以上あるのに、今のところもっとも万人ウケしているのがこの曲(笑)。難航したけどね。というのも、僕が気に入らないアイデアをリチャードが気に入ってしまって、僕はどうにも好きになれないまま作業を続けていたから、気づいたら1年くらい宙ぶらりんになったままだったんだ(笑)。だって、そんな曲を誰に歌ってもらったらいいかなんて、判断できないだろう? はたしてシンガーが決まり、リチャード抜きで僕とシンガーでスタジオに入った。僕がピアノを弾きながらいろいろとアイデアを出してもらっていたら、『ガリバー旅行記』を基にした歌詞を彼が思いついた。彼はまだ20代で、まったくの無名だけどおもしろかった。55歳の僕にとっては、ジェネレーション・ギャップの連続だったよ(笑)」
嵐を迎えている時代だからこそ前向きな姿勢を表現したい
ところで、本作のタイトル『Ojala』はスペイン語で〈希望〉という意味。リチャードがバルセロナで暮らしていたこともあり、スペインの人たちのポジティヴなエネルギーにインスパイアされて付けたという。
「すごく美しい言葉だし、〈希望〉というのは特に今の時代、すべての人にとって必要で大切なものだと思うんだ。気候、政治……今我々は嵐の時期を迎えている。音楽がそれをどうにかできるかはわからないけれど、このアルバムで、前向きな姿勢を表現したかった。どんな小さなことでもいいから、自分にできる何かポジティヴなことがしたかったんだ」
今後、ロスト・ホライズンズはどのような活動していく予定なのだろうか。最後に訊いてみた。
「次のレコードではどうなるかわからない。ヴァイブ次第だね。超エレクトロニックになるかもしれないよ(笑)。ともあれ、リチャードも僕もすごく忙しいけれど、今回このプロジェクトをきっかけに一緒に時間を過ごして、お互いにとってこの活動がすごく大切だということがわかった。本当に楽しく新鮮なので、できればこれからも続けていきたいな。ライヴもしたいし、日本にも行きたいよ!」