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監修:柳樂光隆(Jazz The New Chapter)、イラスト:yuki ohama
 

〈プロデューサー=グラスパー〉としての才覚

――アルバムのゲスト陣についてはどうですか?

本間「ヤシーン・ベイ(モス・デフ)は何度もグラスパーと共演していますが、スターリーはゴリゴリのヒップホップの人ですよね。彼はリック・ロスのレーベルから出てきたラッパーで、出身地のオハイオをレペゼンしていて、デビュー・アルバムのタイトルも『Ohio』(2014年)。実力派として知られてはいたんですが、生演奏やジャズとはぜんぜん違うところでラップをやってきた人なので、今回どうやって繋がったのか気になっています」

――他の参加者では、ゴアペレは西海岸のシンガーで、『Dreamseeker』(2017年)というEPにBJ・ザ・シカゴ・キッドが参加しているんですよね。

本間「BJ・ザ・シカゴ・キッドって、実は相関図の左上と繋がるんですよ。名前は〈シカゴ〉ですけど、ずっとLAで活動してきた人なので、ケンドリック・ラマーの初期のミックステープにも参加しています。そういえば、グラスパーの『Covered』(2015年)は語りが多いんですけど、それが教会の説教に近いんじゃないかという話を以前、柳樂さんにしましたよね」

柳樂「してたね。ゴスペルにおけるスポークン・ワードに通じるものがあるとか」

本間「今回のアルバムでは、アマンダ・シールズのような俳優のスポークン・ワードも聴けますし、その感じがわかりやすく出てきたのかなと思いました」

――アマンダ・シールズは過去にQ・ティップの『The Renaissance』(2008年)にも参加しているし、アメリカでは大きい存在なんでしょうね。テリー・クルーズも大人気ドラマの主役を張る俳優で、ジムに置いてあった筋トレ本の表紙を飾っていたけど(笑)、大半の日本人にはネームバリューが伝わりづらい顔ぶれかもしれない。

本間「テリー・クルーズやオマリ・ハードウィックは、ブラック・ムーヴィーにメチャクチャ出演している俳優なんですけど、日本ではDVDスルーもされてないし、なかなか紹介される機会がないですね。向こうはTVショーやリアリティー・ショーの影響が大きいので、そういうところで有名になった人は日本だと伝わりづらい」

柳樂グラスパーのInstagramを見ていても、謎の有名人がよく写っているしね(笑)」

Q・ティップの2008年作『The Renaissance』収録曲、アマンダ・シールズ(アマンダ・ディーヴァ)をフィーチャーした“Manwomanboogie”
 

――そういう人たちがスタジオによく遊びにくるんでしょうね。〈ついでに何かやってよ〉と。

本間「テリー・クルーズはグラスパーの友達で、『レコーディングの様子を見たくてスタジオに遊びに来ていた』って言っていましたね(笑)」

柳樂「最近は緩くなってきたんでしょうね。権利関係がガチガチだったような時代とは変わってきた気がします。いまは携帯の留守電とかを曲に使っていることも多いですし」

本間「昔だったら、こうやって俳優がスポークン・ワードで参加しても、権利関係で出せないというのがけっこうあったと思うんです」

――アルバムで印象に残った曲はありますか?

本間「アルバム終盤、“Her=Now”以降はデリック・ホッジとテイラー・マクファーリンの色が強めに出ていて印象に残っています。現代ジャズの関心がリズムからハーモニーに移っていることがよくわかるんじゃないでしょうか。柳樂さんはどうですか?」

柳樂「グラスパーの謎のラップかな(笑)」

※日本盤ボーナストラックとして収録されている“Reflect Reprise - MC Rob G Version”
 

本間「スキルを披露していましたよね(笑)」

柳樂「オーガスト・グリーンでコモンとレコーディングしているとき、インスタでしょっちゅうラップしていたもんね。ライヴ会場でもよくやっています。体格が良いから、昔のラッパーっぽいんだよね(笑)」

本間「マイクを持つと様になるんですよね(笑)」

柳樂「オーガスト・グリーンは、カリーム・リギンスのドラムがすごいんですよ。ブレイクビーツの種類をどれだけ細かく叩き分けることができるかっていうことをやっている。〈これはネイティヴ・タン〉〈これはプリモ〉〈これはJ・ディラ〉〈これはオールドスクール〉とかね。

だから、ブレイクビーツをドラムでやるにしても、〈どれだけディテールを突き詰められるか〉〈精度をどれだけ上げられるか〉というところまで辿り着いたんだということを、オーガスト・グリーンを聴いて思いました」

オーガスト・グリーンが2018年に行った〈タイニー・デスク・コンサート〉。同バンドは、前編でも言及されたホワイトハウスでのライヴを出発点としている
 

本間「オーガスト・グリーンのアルバム(『August Greene』、2018年)はカリームの代表作と言っていいと思います。それと、グラスパーがプロデューサーとしてすごいなと思ったのは、コモンってヒップホップ的には〈終わった〉人になりかけていたんですよね」

柳樂「そうだよね」

本間「でも、『Black America Again』(2016年)で一気に復活して、ホワイトハウスでライヴまでした。そうやって復活できたのは、やっぱりグラスパーとカリームの力が大きかったんだと思います。コモンって若い頃はバトル・ラップをやったりステージでブレイクダンスを踊っちゃうような人だったんですが、カリームの叩き出すブレイクビーツに刺激を受けたようにオーガスト・グリーンでもメチャクチャ良いラップをしています。

いま、40歳前後のラッパーって、音楽的にどうしたらいいかわからないと思うんですよね。歳を取ったラッパーのロールモデルがいないので」

柳樂「ラップがスキルフルになり過ぎたのと、ライムの作り方が変わったのがあるんでしょうね。昔のラッパーをフックアップするということが可能になりはじめているのは、歴史のサイクルとしては早いんじゃないかな」

 

R+R=NOWの来日公演で見せる、グラスパーの新局面とは?

――R+R=NOWの来日公演ではどのようなところに期待できますか?

柳樂「やっぱり、アルバムのようなインプロヴィゼーションじゃないですか。SXSWで最初に演奏したとき、3時間ぶっ通しでやったんでしょう? クリスチャン・スコットはバリバリ吹くでしょうし、テラス・マーティンもサックスを吹きたいでしょうし。そうなると、グラスパーはあまり弾かないかも」

本間「グラスパーはトリオでもエクスペリメントでもけっこう来日していますが、今回はまた新しい面が見られそうですね。テラスがライヴでどのくらいサックスを吹くのかはわかりませんが、カマシ・ワシントンに引けを取らないインプロヴァイザーだと思っているので楽しみです。

そういえば数日前にアップされたライヴ映像を観たんですけど、最初にテイラー・マクファーリンがヴォコーダーやシンセを使ってハービー・ハンコックの“Butterfly”を演奏していましたね」

柳樂「へー! それはレアだね」

本間「予想以上にテイラーが前に出てくるとしたら、おもしろいと思います」

――この6人がひとつのステージに立つというだけで、どう考えてもヤバいですよね。全員リーダーとして来日公演をやっているミュージシャンですし。

柳樂「オールスター・セッションですよね。ジャズって時代によって、〈この人の共演者だけ追っていれば、シーンの全体像が見える〉というミュージシャンがいたわけじゃないですか。90年代だったらブラッド・メルドーやブライアン・ブレイド、ジョシュア・レッドマン、80年代はウィントンとブランフォード・マルサリス、フュージョンの時代はマイケル・ブレッカーやスティーヴ・ガッド、70年代以前はマイルスというように。そういうポジションに、いよいよグラスパーがなっている感じがしますよね」

――そうですね。

柳樂「『Jazz The New Chapter』は当初、そういうコンセプトで作って、1冊の本にまとめたわけですが、予想以上に関係が繋がりだして、いまや1冊や2冊じゃまとまらない分量になっています。それだけの存在にグラスパーがなってきたというか、こちらが想像していた以上に大きなミュージシャンになりましたね」

本間「クリスチャン・スコットが、グラスパーのいちばんすごいところは『コミュニティを築く能力なんだ』と言っていました」

――とにかく愛嬌があるから。

柳樂「あいつ、いいヤツだからね(笑)。僕に会っても〈ヘイ・ブラザー〉の後はいつも冗談。天然でコミュ力が高いんですよ」

 


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8月28日(火) Billboard Live TOKYO
8月29日(水)、30日(木) Billboard Live OSAKA
9月1日(土)東京・渋谷 NHKホール〈第17回 東京JAZZ