Photo by Shervin Lainez

〈NY最良の秘宝〉と評される才媛の多面性を露わにする世界初のコンピレーション

 ベッカ・スティーヴンスは、「ニューヨーク・タイムズ」で〈NY最良の秘宝〉〈印象的なまでに人を夢中にさせる〉と評され、エスペランサ、ホセ・ジェイムズ、ブラッド・メルドーらと共演してきた希代の女性ヴォーカリスト。2016年にはグレッチェン・パーラトやレベッカ・マーティンとティレリーというユニットを組み、傑作をものにした。そんなベッカの代表曲や隠れた名曲、未発表音源4曲などを集めたこのコンピレーションCDを聴いて、彼女のミュージシャンとしての多面性と引き出しの豊富さに改めて驚嘆した。

BECCA STEVENS 『The Supreme Collection』 コアポート(2024)

 彼女はオーセンティックなジャズ・シンガーではない。本作の選曲を担当した音楽評論家の柳樂光隆氏は、〈ベッカ・スティーヴンスという人はわかるようでわからない音楽家だ〉と書いているが、正鵠を得た表現である。収録されている曲は、弦楽四重奏団と堂々と渡り合ったり、コーラスを幾重にも重ねたり、トリップ・ホップ風のビートが刻まれたり、良い意味でのけれん味がもりこまれている。2011年の『Weightless』で、アニマル・コレクティヴやザ・スミスのカヴァーをしていたのも、この多彩で越境的なサウンドなら合点がいく。

 特に、中盤以降の流れが圧巻。フランク・ザッパのような面妖なアレンジがなされているかと思えば、アイリッシュ/ケルト風味の味付けがなされていたり、 スピネッタを想わせる透明な音像が耳を撫でたりと、その変幻自在の様態はまるでカメレオンのよう。彼女の音楽的な懐の深さと飽くなき探求心と創造力、開拓者精神が鮮明に伝わってくるつくりだ。

 なお、彼女が敬愛するアーティストには、ビョーク、ケンドリック・ラマー、ハイエイタス・カイヨーテ、トム・ヨークらの名前が挙がっている。この並びに本作を置いてみても、違和感やぎこちなさはまったくない。だが、というべきか、従って、というべきか、いつだって彼女の次の作風を予想することは難しい。新作もこの路線か? と気を緩めると、心地よく裏切られることになるからだ。さて、次作でどう出るか。

 


LIVE INFORMATION
BECCA STEVENS Solo ”Maple to Paper"

2024年8月24日(土)、25日(日)Blue Note Place
開場/開演:18:00/19:00
予約:https://www.bluenoteplace.jp/