監修:柳樂光隆(Jazz The New Chapter)、イラスト:yuki ohama
 

ジャズ・シーンを牽引する鍵盤奏者、ロバート・グラスパーが、デリック・ホッジ(ベース)、ジャスティン・タイソン(ドラムス)、クリスチャン・スコット・アトゥンデ・アジュアー(トランペット)、テラス・マーティン(シンセサイザー/ヴォコーダー/サックス)、テイラー・マクファーリン(シンセサイザー/ビートボックス)という名うての音楽家たちと新たなバンドを本格始動させた。

彼らの名は、R+R=NOW。まさに〈オールスター・バンド〉の冠がふさわしい彼らが、この度デビュー・アルバム『Collagically Speaking』をリリースした。さらに、8月には単独来日公演を、9月には〈東京JAZZ〉への出演を控えている。

現在のジャズ・シーンの顔役とも言えるこの6人の音楽的なコネクションを視覚化するため、「Jazz The New Chapter」シリーズの監修者・柳樂光隆と、同シリーズの初代編集担当である小熊俊哉が〈R+R=NOW 人物相関図〉を作成した。

Mikikiではその相関図を使用し、柳樂と「Jazz The New Chapter 5」でも筆を揮う気鋭の書き手、本間翔悟を交えた対談取材を実施(小熊が進行を担当)。R+R=NOWから現在のアフリカン・アメリカンの音楽シーンを広く、そして深く見渡すような濃密な対話の一部始終をお届けしよう。

R+R=NOW Collagically Speaking Blue Note Records/ユニバーサルミュージック (2018)

 

『ArtScience』の〈トラック感〉からR+R=NOWの〈セッション感〉へ

――ロバート・グラスパー・エクスペリメントの『ArtScience』(2016年)からR+R=NOWへの流れというのも、改めて整理しておきましょうか。

本間翔悟「ここ最近のグラスパーは、プロデューサーとしての鋭さが際立っていると思います。『Black Radio Recovered: The Remix EP』(2012年)でリミックスを任せたのは9thワンダーやピート・ロックで、ガチガチのヒップホップだったのが、『ArtScience』ではまるごとケイトラナダに頼んでしまうというのも、やっぱりグラスパーのセンスの表れだと思いますし」

柳樂光隆「あれはきっと、『The ArtScience Remixes』を作るところまでが『ArtScience』のセッションだったんですよね。『ArtScience』で素材を作って、『The ArtScience Remixes』で完成したという感じがあります」

ロバート・グラスパー×ケイトラナダの2018年作『The Artscience Remixes』(2016年)収録曲“No One Like You(KAYTRANADA Remix)”
 

――ケイトラナダ自身がJ・ディラやグラスパーのフォロワーですよね。彼はカナダ出身で、近いところにいるバッドバッドノットグッドも完全にグラスパー・フォロワーだし。

柳樂「“Glasper”って曲まで作ってるもんね(笑)」

――カナダの音楽家には、アメリカを客観的に見てきた歴史があるじゃないですか。そういう視点を持つケイトラナダやバッドバッドノットグッドが、いまでは独自の音楽性を確立して、チャンス・ザ・ラッパーやケンドリック・ラマーの周辺で重用されているのもおもしろい。

柳樂「J・ディラ的なリズムやネオ・ソウル的なハーモニーって、もはや基礎教養なんでしょうね」

本間「一周しましたよね」

柳樂「いまはもう、そこを通らないと次のセオリーにはいけないんだと思う。みんなそれを通過したうえで、その後に自分の音楽を探さなきゃいけない、みたいなモードになっているんでしょう」

『Collagically Speaking』アルバム・トレーラー
 

――『ArtScience』は『Black Radio』(2012年)の音とはだいぶ違ったから、リリース当時は驚いたファンも多かったと思いますけど、R+R=NOWのアルバムが出たことでようやく理解できるところもあるのかなと。

柳樂「そうかもしれないですね。『ArtScience』もサンダーキャットやテラス・マーティンの作品と近い雰囲気がありましたし」

本間「シンセサイザーの音色がそうですよね」

柳樂「あとは、やっぱりプリンスですね」

――『ArtScience』ではネオ・ソウル的な〈トラック感〉というより、ジャズの〈セッション感〉を、ロック的な解釈も含めて出していた。それが、R+R=NOWではもっと別の形で表れている。

本間「『Collagically Speaking』を聴いて、デリック・ホッジの『Live Today』(2013年)を思い出したんです。即興ではないんですけど、ガッチリ作曲しているわけでもなく、演奏している間にハプニングが起こって、それが自然と曲になっている、という感じですよね」

柳樂「言われてみればデリック・ホッジっぽいね。あとは、クリスチャン・スコットがちゃんとトランペットを吹いているシーンがあまりないですよね」

本間「そうですね。トランペットがサウンドの一部として使われている曲のほうが多い」

柳樂「ヴォコーダーやシンセサイザーと変わらない感じだよね」

本間「先行シングルだった“Resting Warrior”やクリスチャンが作曲したと言っている“The Night In Question”では思いっきり吹いているところもあったりするんですけど、他の曲では、いままでの彼とは違う感じのプレイが聴けます」

『Collagically Speaking』収録曲“Resting Warrior”

 

〈とりあえず行って弾く/吹く〉ジャズへの回帰

――柳樂さんは今回のアルバムについてどう思いました?

柳樂「80年代のマイルス・デイヴィスっぽい感じがありますよね」

――というと?

柳樂「わりと即興一発録りっぽいんだけど、ファンク的ではないし、いわゆる〈普通のジャズ〉のように音が機能的に組み合わさっているというよりは、レイヤーっぽい音で、プレイヤーが入れ替わり立ち替わり演奏する、そして音に空間性があるというところですね。一発録りだけど質感が多重録音っぽいというか。それに、ジャスティン・タイソンのビートはわりと硬くてジャスト。そういうところが80年代のマイルスやプリンスの作品に近い」

本間「クリスチャン・スコットのトランペットとシンセの音が被っていく感じが、80年代のマイルスっぽい。でも、それも彼が自分のアルバムでやっていることとは別物ですね」

――彼が発表した近年のアルバムはもっと尖っているし、本人の演奏が前に出ている印象です。

柳樂「クリスチャンって、ディアンジェロの『Voodoo』(2000年)よりはレディオヘッドの『OK Computer』(96年)のほうが好きって感じの人だと思うんだけど、そのロック趣味の音響感やテクスチャー感を彼なりに他のメンバーの演奏に合わせながら、なんとか調和させようとしている感じがしますね」

――それでいうと、テラス・マーティンのソロ作におけるレイドバックした感じやテイラー・マクファーリンのアトモスフェリックな音作りも少しずつ入っている。

柳樂「参加しているメンバー6人の、ちょうど中間のサウンドなんですよね」

――それを狙っていたのか、偶然そうなったのかはわからないけど、全員のカラーがきちんと出ています。

本間「ブルーノート・オールスターズのようなわかりやすいソロ回しとは違いますが、メンバー全員の個性がうまく反映されていますよね。それぞれがコンポーザー/プロデューサーとしての視点を持っているのが大きいと思います」

ブルーノート・オールスターズの2017年作『Our Point Of View』収録曲“Second Light”
 

柳樂「最近のグラスパーはしっかりと企画して作品を作るというよりは、スタジオにフラッと行って演奏して帰る、みたいなモードになっていますよね。ジャズ・ミュージシャンっぽくなってきたというか、本来そうだったのが加速している。だから、R+R=NOWはブルーノート・オールスターズとも矛盾していなくて、メンバーや使う楽器と音楽性が違うだけで……」

本間「やっていること自体は似ている?」

柳樂「そうそう。〈とりあえず行って弾く/吹く〉っていう、かつてのジャズメンみたいになってきている。いわゆるスタジオ・ミュージシャンではない感じ」

本間「その〈とりあえず弾く〉のレヴェルがものすごく高くなっていますね。あとその感じって、ラッパーがフラッとスタジオに来て、ヴァースを一発録りして帰っていくのと近いですよね」

 

監修:柳樂光隆(Jazz The New Chapter)、イラスト:yuki ohama
 

〈プロデューサー=グラスパー〉としての才覚

――アルバムのゲスト陣についてはどうですか?

本間「ヤシーン・ベイ(モス・デフ)は何度もグラスパーと共演していますが、スターリーはゴリゴリのヒップホップの人ですよね。彼はリック・ロスのレーベルから出てきたラッパーで、出身地のオハイオをレペゼンしていて、デビュー・アルバムのタイトルも『Ohio』(2014年)。実力派として知られてはいたんですが、生演奏やジャズとはぜんぜん違うところでラップをやってきた人なので、今回どうやって繋がったのか気になっています」

――他の参加者では、ゴアペレは西海岸のシンガーで、『Dreamseeker』(2017年)というEPにBJ・ザ・シカゴ・キッドが参加しているんですよね。

本間「BJ・ザ・シカゴ・キッドって、実は相関図の左上と繋がるんですよ。名前は〈シカゴ〉ですけど、ずっとLAで活動してきた人なので、ケンドリック・ラマーの初期のミックステープにも参加しています。そういえば、グラスパーの『Covered』(2015年)は語りが多いんですけど、それが教会の説教に近いんじゃないかという話を以前、柳樂さんにしましたよね」

柳樂「してたね。ゴスペルにおけるスポークン・ワードに通じるものがあるとか」

本間「今回のアルバムでは、アマンダ・シールズのような俳優のスポークン・ワードも聴けますし、その感じがわかりやすく出てきたのかなと思いました」

――アマンダ・シールズは過去にQ・ティップの『The Renaissance』(2008年)にも参加しているし、アメリカでは大きい存在なんでしょうね。テリー・クルーズも大人気ドラマの主役を張る俳優で、ジムに置いてあった筋トレ本の表紙を飾っていたけど(笑)、大半の日本人にはネームバリューが伝わりづらい顔ぶれかもしれない。

本間「テリー・クルーズやオマリ・ハードウィックは、ブラック・ムーヴィーにメチャクチャ出演している俳優なんですけど、日本ではDVDスルーもされてないし、なかなか紹介される機会がないですね。向こうはTVショーやリアリティー・ショーの影響が大きいので、そういうところで有名になった人は日本だと伝わりづらい」

柳樂「グラスパーのInstagramを見ていても、謎の有名人がよく写っているしね(笑)」

Q・ティップの2008年作『The Renaissance』収録曲、アマンダ・シールズ(アマンダ・ディーヴァ)をフィーチャーした“Manwomanboogie”
 

――そういう人たちがスタジオによく遊びにくるんでしょうね。〈ついでに何かやってよ〉と。

本間「テリー・クルーズはグラスパーの友達で、『レコーディングの様子を見たくてスタジオに遊びに来ていた』って言っていましたね(笑)」

柳樂「最近は緩くなってきたんでしょうね。権利関係がガチガチだったような時代とは変わってきた気がします。いまは携帯の留守電とかを曲に使っていることも多いですし」

本間「昔だったら、こうやって俳優がスポークン・ワードで参加しても、権利関係で出せないというのがけっこうあったと思うんです」

――アルバムで印象に残った曲はありますか?

本間「アルバム終盤、“Her=Now”以降はデリック・ホッジとテイラー・マクファーリンの色が強めに出ていて印象に残っています。現代ジャズの関心がリズムからハーモニーに移っていることがよくわかるんじゃないでしょうか。柳樂さんはどうですか?」

柳樂「グラスパーの謎のラップ※かな(笑)」

※日本盤ボーナストラックとして収録されている“Reflect Reprise - MC Rob G Version”
 

本間「スキルを披露していましたよね(笑)」

柳樂「オーガスト・グリーンでコモンとレコーディングしているとき、インスタでしょっちゅうラップしていたもんね。ライヴ会場でもよくやっています。体格が良いから、昔のラッパーっぽいんだよね(笑)」

本間「マイクを持つと様になるんですよね(笑)」

柳樂「オーガスト・グリーンは、カリーム・リギンスのドラムがすごいんですよ。ブレイクビーツの種類をどれだけ細かく叩き分けることができるかっていうことをやっている。〈これはネイティヴ・タン〉〈これはプリモ〉〈これはJ・ディラ〉〈これはオールドスクール〉とかね。

だから、ブレイクビーツをドラムでやるにしても、〈どれだけディテールを突き詰められるか〉〈精度をどれだけ上げられるか〉というところまで辿り着いたんだということを、オーガスト・グリーンを聴いて思いました」

オーガスト・グリーンが2018年に行った〈タイニー・デスク・コンサート〉。同バンドは、前編でも言及されたホワイトハウスでのライヴを出発点としている
 

本間「オーガスト・グリーンのアルバム(『August Greene』、2018年)はカリームの代表作と言っていいと思います。それと、グラスパーがプロデューサーとしてすごいなと思ったのは、コモンってヒップホップ的には〈終わった〉人になりかけていたんですよね」

柳樂「そうだよね」

本間「でも、『Black America Again』(2016年)で一気に復活して、ホワイトハウスでライヴまでした。そうやって復活できたのは、やっぱりグラスパーとカリームの力が大きかったんだと思います。コモンって若い頃はバトル・ラップをやったりステージでブレイクダンスを踊っちゃうような人だったんですが、カリームの叩き出すブレイクビーツに刺激を受けたようにオーガスト・グリーンでもメチャクチャ良いラップをしています。

いま、40歳前後のラッパーって、音楽的にどうしたらいいかわからないと思うんですよね。年を取ったラッパーのロールモデルがいないので」

柳樂「ラップがスキルフルになり過ぎたのと、ライムの作り方が変わったのがあるんでしょうね。昔のラッパーをフックアップするということが可能になりはじめているのは、歴史のサイクルとしては早いんじゃないかな」

 

R+R=NOWの来日公演で見せる、グラスパーの新局面とは?

――R+R=NOWの来日公演ではどのようなところに期待できますか?

柳樂「やっぱり、アルバムのようなインプロヴィゼーションじゃないですか。SXSWで最初に演奏したとき、3時間ぶっ通しでやったんでしょう? クリスチャン・スコットはバリバリ吹くでしょうし、テラス・マーティンもサックスを吹きたいでしょうし。そうなると、グラスパーはあまり弾かないかも」

本間「グラスパーはトリオでもエクスペリメントでもけっこう来日していますが、今回はまた新しい面が見られそうですね。テラスがライヴでどのくらいサックスを吹くのかはわかりませんが、カマシ・ワシントンに引けを取らないインプロヴァイザーだと思っているので楽しみです。

そういえば数日前にアップされたライヴ映像を観たんですけど、最初にテイラー・マクファーリンがヴォコーダーやシンセを使ってハービー・ハンコックの“Butterfly”を演奏していましたね」

柳樂「へー! それはレアだね」

本間「予想以上にテイラーが前に出てくるとしたら、おもしろいと思います」

――この6人がひとつのステージに立つというだけで、どう考えてもヤバいですよね。全員リーダーとして来日公演をやっているミュージシャンですし。

柳樂「オールスター・セッションですよね。ジャズって時代によって、〈この人の共演者だけ追っていれば、シーンの全体像が見える〉というミュージシャンがいたわけじゃないですか。90年代だったらブラッド・メルドーやブライアン・ブレイド、ジョシュア・レッドマン、80年代はウィントンとブランフォード・マルサリス、フュージョンの時代はマイケル・ブレッカーやスティーヴ・ガッド、70年代以前はマイルスというように。そういうポジションに、いよいよグラスパーがなっている感じがしますよね」

――そうですね。

柳樂「『Jazz The New Chapter』は当初、そういうコンセプトで作って、1冊の本にまとめたわけですが、予想以上に関係が繋がりだして、いまや1冊や2冊じゃまとまらない分量になっています。それだけの存在にグラスパーがなってきたというか、こちらが想像していた以上に大きなミュージシャンになりましたね」

本間「クリスチャン・スコットが、グラスパーのいちばんすごいところは『コミュニティを築く能力なんだ』と言っていました」

――とにかく愛嬌があるから。

柳樂「あいつ、いいヤツだからね(笑)。僕に会っても〈ヘイ・ブラザー〉の後はいつも冗談。天然でコミュ力が高いんですよ」

 


Live Information
8月28日(火) Billboard Live TOKYO
8月29日(水)、30日(木) Billboard Live OSAKA
9月1日(土)東京・渋谷 NHKホール〈第17回 東京JAZZ〉