昨年、17年ぶり(!)のシングル“犬の日々”をリリースしたAhh! Folly Jetこと高井康生。彼がayU tokiOについてTwitterで言及しているのを見かけたとき、意外に思ったのと同時に、なんとなく得心がいった。シンガー・ソングライター、ギタリスト、エンジニアといった共通する顔を持ちながら、それらの類型には決して収まらない強烈な個性を持った2人。深い部分で共振する部分があるのではないかと感じた。
猪爪東風によるソロ・プロジェクト、ayU tokiOのアルバム『遊撃手』と、ayU tokiOプロデュースによるやなぎさわまちこのミニ・アルバム『回転画』が同時にリリースされると聞き、ふと頭のなかで〈ayU tokiO―やなぎさわまちこ―Ahh! Folly Jet〉という3者が1本の線で繋がった。この3人で、いったいどんなことを話すのだろう? 想像もつかないが、その場に居合わせてみたい。その会話のなかから、何かが炙り出されるのではないか――そんな淡い期待と好奇心とで企画したのが、今回の鼎談である(ceroや(((さらうんど)))らからリスペクトを集める謎めいた音楽家に会ってみたいという下心もありつつ)。
3人の音楽家、3人のシンガー・ソングライターが(ときに大笑いしながら)語り合ったこの鼎談記事は、前後編2回を掲載。前編は、3人が出会ったきっかけや、やなぎさわまちこの新作『回転画』についての対話となった。
大橋伸行が〈東風くんは昔の高井に似てる〉って言うんです(高井)
――東風さんとまちこさんが高井さんのことを知ったきっかけは何だったんですか?
猪爪東風(ayU tokiO)「バンドのMISOLAとか、元ブリッジの大橋伸行さんとか、僕の周りにいる先輩方からご紹介いただいたんです」
高井康生(Ahh! Folly Jet)「大橋とは高校の同級生で」
猪爪「大橋さんが〈高井とayU tokiOの音楽性にはリンクする部分があるから、仲良くなりなさい〉と」
やなぎさわまちこ「フフフ(笑)」
猪爪「それで、去年の年末に共演させていただいたときに※1、初めてご挨拶させていただいたんです。……でも実は、2014年の年末にも共演してるんですよね※2。そのときはAhh! Folly JetでKashifさんがギターを弾いていらっしゃって」
高井「はいはい! 強烈に覚えています。僕は最後まで残りたかったんだけど、事情があって途中で帰っちゃったんです。東風くんたちも出演してたんですね」
猪爪「まちこと2人でayU tokiOとして出てたんですけど、高井さんとは入れ替わりになっちゃったんですよね」
――では逆に、高井さんがayU tokiOとまちこさんのことを知ったきっかけは何だったんでしょう?
高井「ノアルイズ・マーロン・タイツの武ちゃん(武末亮)と飲んでたとき、〈良い曲を書く宅録のシンガー・ソングライターなんだけど、楽器のリペアもプロでやってる奴がいる〉って聞いたんですよね。それが東風くんで。その頃、武ちゃんがayU tokiOでギターを弾いてたんだよね?」
猪爪「そうですね。2013年の年末から2014年の年末まで」
高井「〈曲が難しいから覚えらんない!〉って言ってましたよ(笑)。その後、大橋に〈東風くんは昔の高井に似てる〉って言われたんです。音楽性の話だと思うんだけど、大橋はそう言うんだよね。そのときはその場だけで終わっちゃってたんだけど、前作のPV(2016年作『新たなる解』収録曲“九月の雨”)を僕の知り合いのカメラマンが撮ってて」
猪爪「相川(博昭)さんですよね」
高井「そうそう。それをSNSで見て、〈あの東風くんか!〉って気付いて、初めて聴いたんです。で、しばらくしてから対バンをして、音源を頂いたんですよね」
猪爪「何回かニアミスしてるんですよね。ようやくお話ができてよかったです!」
高井「こちらこそ!」
まちこさんの音楽からは、ただのポップスじゃないプログレっぽさを感じる(高井)
高井「まちこさんのことは、失礼ながらayU tokiOのライヴを観るまでは知らなくて。頂いた音源を聴かせていただいたんですけど、すごく良かったです。まちこさんって、東風くんとはサウンドのチームだなあと思うんです。東風くんと組む前の音楽はどんな感じだったんですか?」
猪爪「高井さん、鋭いな~!」
まちこ「元々はWiennersっていうパンク・バンドでシンセサイザーとサンプラーとコーラスをやってたんです、私は脱退しちゃったんですけど。Wiennersをやりつつ、東風くんがayU tokiOを始めてからは、そっちにも参加するようになって」
高井「Wiennersの音楽は、ayU tokiOとはぜんぜん違うんでしょ?」
まちこ「違います。でも、東風くんも元々はパンクのシーンにいたんです」
高井「へ~! パンク出身で、いまこの感じなんだ。おもしろいですね。というのも、お2人共ルーツが見えなかったんです。いろんなテイストが複雑に入り込んでるから。東風くんとまちこさんの音楽って、ザックリと言って〈ポップス〉じゃないですか。でも、ポップスをずっとやり続けてて、それに殉じて生きてきた人たちの音楽ではなくて……うまく言えないんだけど」
猪爪「いや~。高井さん、最高だな~!」
――そこに付け加えると、お三方共シンガー・ソングライターではありますが、そのステレオタイプではまったくないと思います。
猪爪「シンガー・ソングライター然とした活動をずっと続けているタイプじゃないからね」
高井「僕も一緒ですね」
――トータルでサウンドを作り上げる、プロデューサー的な視点を持っていらっしゃるような気がします。
猪爪「僕はバンドをやってた頃も、リーダーじゃなかったんです。サイドマンのギタリストで、バンドのブレーンになることが多かった。それで、全体を見るスキルが向上したんだと思います。
元々モブのキャラクターが好きだったりして、そういうおもしろい人たちを集めて何かをやりたかったんです。それを音楽に落とし込むとなったら、〈プロデュース〉っていう名前を付けてあげるとしっくりくる、みたいな感じかな」
――そういった東風さんのプロデュース・ワークについて、高井さんはどう感じられていますか?
高井「まちこさんの作品しか聴いてないので迂闊なことが言えないんだけど、前作(『わたしの向こう側』)はすごくウェルメイドな、良い意味でプロデュースが効いてるアルバムだと思います。端正だし、お化粧されているというか、まちこさんが綺麗に整えられている。それがすごく素晴らしいんです。でも、今回(『回転画』)はちょっと整ってなくて、すっぴんカットもある、みたいな」
まちこ「アハハ(笑)」
高井「もちろん音楽の話ですよ。どっちにも良さがあるけど、まちこさんが楽しそうなのはこっち(『回転画』)だなって。すごく風通しが良くて、良いレコード。〈あれに似てる〉とかって、あんまり言わないようにしてたんだけど……」
まちこ「聞きたいです!」
高井「えーっとね……80年代にケヴィン・エアーズなんかのプログレ残党がポップスに近寄ろうとしたんだけど、ちょっと煮え切らない、でもとても耳に残る楽曲を残してて、その感じにちょっと似てるかな。
〈楽園的〉〈トロピカル〉って比喩はちょっと雑だけど、80年代のカンタベリー勢の作品には南国感とニューウェイヴのロックの音像が混ざった作品がけっこう多くて、その感じを思い出しました」
猪爪「うわ~、すごい! 80年代のカンタベリーの人たちの作品って、僕たちは一切聴いてないんですけど(笑)」
高井「あ、ハズレた(笑)。でも、スラップ・ハッピーのピーター・ブレグヴァドの80年代のアルバムとかが、ちょうどこんな感じだったな」
まちこ「聴いてみたい!」
高井「これは僕の想像ですけど、70年代に難しい音楽をやりすぎて、〈これじゃモテない、 売れない〉って思ったんじゃないかな(笑)。だから、シンセや打ち込みを使ってポップスにチャレンジする人たちが出てきて。まちこさんの音楽からはそういう、ただのポップスじゃないプログレっぽさを感じたんだけど」
猪爪「まちこはプログレはあまり通ってないので、それはもしかしたら僕かもしれないですね。僕は今回、サウンド・プロデュースに徹したんです。まちこの音楽的なパーソナリティーをそのまんま放牧して、補うべき部分を補ってあげるだけ、みたいな。前作は1作目っていうことで、曲の作り方もよくわからない状態で」
まちこ「バンドで1曲だけ作曲したことはあったんですけど……」
猪爪「1曲しか作ったことなかったんですよ(笑)!」
高井「えっ!? 最近、作曲を始めたってことですか?」
まちこ「そうですね。デモを作るにしても、〈コードから〉とか、〈打ち込みから〉とか、やり方が決まってないから、どこから手を付けていいのかぜんぜんわからなくて。前作は、東風くんにそこから教わったんです」
猪爪「〈パンク出身の東風くんがいきなりポップスをやれたんだから、私もできるだろう〉みたいな感じだったんですよ。それで怒ったりもしたんですけど、〈じゃあ、やってごらんよ、大変さを思い知れ!〉と(笑)。それからレーベル・オーナーとして、〈リリース・スケジュールを決めよう〉って優しく鞭を打ったんです。そしたら案の定、〈私。できない!〉ってパニックになって」
高井「ハハハ(笑)!」
猪爪「まあ、そうだよなって(笑)。で、キーボードとサンプラーが得意なんだから、サンプリングをやってみなよってMPC2000を与えて。バンドで使ってたローランドのSP-606は超使いこなせるんですけど、他の選択肢を増やしてあげたんです。ドラムもレコードから引っ張ってきて、加工しなさいと。
だから、あえてやり方を絞って、こういう作り方をしてみたら?って提案してあげる――そういうのが前作のプロデュースだったんですね。まちこは、その過程で曲作りを覚えていったんです」
高井「ちょっとびっくりだなあ、それは。そんな〈よちよち状態〉の方が作ったアルバムだったとは(笑)」
まちこ「かなりの〈よちよち状態〉でした(笑)」
猪爪「作詞作曲もアレンジも難しいものなんだっていうのがわかったのが前作でしたね」
高井「でも、完成度高すぎだよね……」
猪爪「まちこは、なぜか〈立つ〉メロディーと独特のハーモニーを元々持ってて」
高井「出してなかっただけ?」
猪爪「出す機会がなかったんですね。メッセージや主張があって歌いはじめるタイプではないし、音響的なものやチクチク作業するのが好きっていうわけでもなくて」
高井「成り立ちがすごく特殊と言いますか、いわゆるシンガー・ソングライターの方とは……」
まちこ「違いますね(笑)」
高井「でも、バンドや音楽は好きでやってたと」
猪爪「謎なんです(笑)」
高井「いいんじゃないかなあ。言い方は悪いけど、肩透かしみたいな感じですが(笑)」
猪爪&まちこ「アハハ(笑)!」
高井「でも、まちこさんって、すごい才能だなあと思ってて。ご本人は〈すみません……〉みたいな感じだけど(笑)」
まちこ「ホントに〈すみません……〉って感じです」
まちこはど真ん中に向かって掘り進めるスピードがすごく速いんです(猪爪)
高井「いやいや。予想してたのとぜんぜん違う。〈昔から曲を書くのが好きで、書き溜めてたんです〉ってタイプなのかなあって思ったんだけど。1曲目の “パノラマ島”も良い曲ですよね。ちょっとアニソンみたいな、かわいらしい感じで」
まちこ「“パノラマ島”は、カーペンターズみたいな感じになる予定だったんです」
高井「なるほど。言われてみれば、バート・バカラックやロジャー・二コルズに近いものを感じます」
猪爪「この曲は、まちこが歌詞を書けないって言うので、僕が歌詞を書いてるんです。で、江戸川乱歩の小説を丸尾末広が漫画化した『パノラマ島奇譚』っていう本を渡されて、これを読めと。それを元に書いたんです。デモのメロディーを聴いてる限りはすごくA&Mっぽいんですけど、歌詞を当てたら……」
まちこ「カーペンターズじゃなくなっちゃった(笑)」
高井「アハハ(笑)。確かに、陽気な島の話なのかなって思ったけど、よく読むとそうじゃない。〈恨み〉の話というか(笑)」
まちこ「『パノラマ島奇譚』はストーリーがひどいんですよ(笑)」
猪爪「主人公が、自分とよく似た富豪になりすまして、そのお金で自分の夢を叶えちゃうんです。それで、自分だけの夢の楽園パノラマ島っていうのを作るんです。そういう大犯罪者の歌ですね、これは(笑)」
高井「他人のお金でむなしく、楽しくやってる感じがあのメロディーなんですね(笑)。深いなあ……」
まちこ「そうですね(笑)」
猪爪「そんなこと思ってないでしょ(笑)!」
高井「まちこさんはA&Mがお好きなんですか?」
まちこ「好きですけど、そんなに詳しいわけじゃなくて」
猪爪「キャロル・キングは好きだよね」
高井「元々お好きなんですか?」
まちこ「好きになったのは最近ですね。詩人の血をやってた辻(睦詞)さんのバンドがキャロル・キングのカヴァーをやってるのを聴いたのがきっかけで」
高井「えっ!? じゃあ、ホントに最近なんですね。……天才?」
猪爪「天才だと思いますね……」
まちこ「いやいやいや!」
高井「お話を伺って、びっくりしてます。でも、まちこさん、キャラ立ってますよ!」
まちこ「ホントですか(笑)?」
高井「〈天然の天才〉ってパッケージしやすいし、それで売り出そう!」
まちこ「アハハ(笑)。でも、恥ずかしいんですよ、音楽の基礎教養がなくて」
猪爪「関係ないんじゃない?」
高井「うん、関係ないよ。音楽に詳しくなっちゃうと、どんなに天才でも天才に見えなくなっちゃうから」
猪爪「でも、すごいんですよ。まちこが小川美潮さんの音楽にハマって、メッケン(荻原基文)さんのベースを好きになったんです。それで〈私、ベース弾く!〉って言い出して、いきなりメッケンさんのコピーを始めたんですよ(笑)。弦楽器、やったことなかったのに」
高井「イングヴェイ(・マルムスティーン)のコピーから入るみたいな感じだよね(笑)」
まちこ「……〈イングヴェイ〉って、〈難しいベース〉ってことですよね?」
――速弾きで知られるギタリストです(笑)。
まちこ「えっ(笑)!? メッケンさんのベースをいきなりコピーするのはホントは遠回りなんですけど、もう時間がないから、そこに行くしかない!って思ったんです」
高井「わかりますよ。僕も遠回りができないんです。昔、自作エフェクターの本を買ったんですけど、いきなりいちばん難易度の高いリングモジュレイターにトライして失敗したり(笑)」
猪爪「でも、練習してると弾けるようになってくるんですよね。そうするとリズムの解釈も深まるじゃないですか。そういう最短ルートを行くセンスがあると思います。周りから攻めるとか、ちょっとずつ核心に迫るとかではなく、ど真ん中に向かって掘り進めるスピードがすごく速い。ドラムの打ち込みの習得も、すごく早かったんですよ」
まちこ「青山純さんをコピーして……(笑)」
――いきなり青山純(笑)!
高井「まちこさんは僕らが勉強して積み重ねてきたものを軽々と超えてくんですね。ご自分で〈勘が良い〉って思います?」
まちこ「いや~、別に……」
高井「……やっぱり天才ですね」
Live Information
やなぎさわまちこ
〈Mikiki Pit Vol. 5〉
日時/会場:2018年9月8日(土) 東京・下北沢 BASEMENT BAR
出演:やなぎさわまちことまちこの恐竜/石指拓朗/阿佐ヶ谷ロマンティクス/福田喜充(すばらしか)
開場/開演:12:00/12:30
終演:15:05(予定)
料金:前売り 1,500円/当日 2,000円/学割 1,000円
※いずれもドリンク代別。学割ご利用の方は、入場時に学生証をご提示ください
※すばらしかの出演はバンドの都合により中止となりました。代わりにヴォーカル/ギターの福田喜充が弾き語りで出演いたします。誠に申し訳ございませんが、ご了承のほどよろしくお願いいたします
>>チケットのご予約は
LINE@:
Facebook Messenger:m.me/mikiki.tokyo.jp
メール:mikiki@tower.co.jp もしくは ticket3@toos.co.jp まで
※各出演者でもご予約を承っております
〈コブラvs恐竜 〜2018・盆〜〉
8月14日(火) 東京・渋谷 7th FLOOR
出演:やなぎさわまちことまちこの恐竜/mmm trio
DJ:李 ペリー
ayU tokiO
〈new solution 6 西の遊撃手(京都)〉
8月10日(金) 京都 サロンド毘沙門
共演:ayU tokiO/やなぎさわまちこ
〈new solution 6 西の遊撃手(大阪)〉
8月11日(土) 大阪 HOPKEN
共演:ayU tokiO/やなぎさわまちこ/ゆうき
〈new solution 6 西の遊撃手(名古屋)〉
8月12日(日) 愛知・名古屋 猫と窓ガラス
出演:やなぎさわまちこ/児玉真吏奈
〈ex POP!! 112〉
8月30日(木) 東京・渋谷 O-nest
共演:ayU tokiO/TAMTAM/中村佳穂/Dos Monos 他
Ahh! Folly Jet
〈ROMANTIC TECHNOLOGY 47〉
8月12日(日) 東京・渋谷 HOME
共演:Ahh! Folly Jet/studio pandarine*/SUPERCREAM/CrazyRomantic
DJ:ODAMARI
〈cero presents “Traffic”〉
8月12日(日) 東京・新木場 STUDIO COAST
出演:cero/PUNPEE/SPANK HAPPY/Ahh! Folly Jet/YOSSY LITTLE NOISE WEAVER
DJ:SLOWMOTION(MOODMAN、MINODA、SPORTS-KOIDE)/DISCO MAKAPU’U(川辺ヒロシ、サイトウ“JxJx”ジュン)/VIDEOTAPEMUSIC/G.RINA/マイケルJフォクス
〈SUMMER MADNESS 2018〉
8月19日(日) 神奈川・江の島 OPPA-LA
出演:sugar plant/Ahh! Folly Jet/JAPPERS
DJ:YODA/田中 the record