〈その時々のリアル〉が鳴り響く未来へエモーショナルな歌声を解き放つニューEP。足取り軽くこの先の表現へ向けての実験にも取り組んだ彼女の現在地がここに
その時々のリアル
5lackやyahyel、WONKら時代を切り拓く才能を迎え、今年2月に発表したセカンド・アルバム『Juice』において、その洗煉された音楽世界をさらに進化させたiri。その後は初の全国ツアーやフランスの音楽フェス〈ラ・マニフィック・ソサイエティ〉での初の海外ライヴに臨んだ彼女は、自身の活動フィールドが広がりつつある手応えを感じている。
「ファースト・アルバム以降、楽曲制作について試行錯誤したことで、セカンド・アルバムではトラックに自分の好きなテイストである生音を活かすことができました。“Dramatic Love”はプロデュースしてくれたWONKとライヴで一緒に演奏したり、今まで以上に表現に広がりが出て、時間をかけて作品を作った甲斐があったなと思いますね」。
それからもライヴと並行して楽曲制作を行っている彼女だが、半年ぶりのリリースとなるニューEP『Only One』は、アルバムで実感した手応えを楽曲に還元しながら、その響きを未来に繋げていこうという意志が込められている作品だ。
「私は曲を作ったり、歌詞を書いたりすることで自分を表現しています。生まれた作品がどこまで広がるのかはわからないですが、未来に残っていくものであるからこそ、その時々のリアルなものを書きたいので、タイトル曲の“Only One”では、〈何物にも囚われず、自分らしいものを表現したい〉という思いを歌詞にしました」。
Tokyo RecordingsのYaffleがプロデュースを手掛けた同曲は、憂いを帯びたピアノとシンセサイザーが織り成す未来的なR&Bトラックのもと、みずからに言い聞かせるようなポジティヴなメッセージとエモーショナルなメロディーが際立つ一曲だ。
「トラックは、ピアノのコードのループに私が歌詞とメロディーを付けたものをYaffleくんに構築してもらいました。私の声はパンチがあるというか、ゆるい感じの声じゃないなって、自分でも思うんです。だから、声とトラックを合わせることで全体がくどくなりすぎないようにということを意識しつつ、彼とは“rhythm”(2016年)以来、何度も一緒に作業していて自由にやってもらったほうが良い結果になるだろうと思ったので、こちらの要望は伝えず、その後の作業はお任せしたんです。そうしたらおもしろいシンセの音を使いつつ、言葉が耳に入ってくるように、シンプルな曲に仕上げてくれました」。
力の抜けた曲も
明快さと率直さが聴き手に強い印象を残すタイトル曲に対して、カップリングの3曲はこの先の作品を見据えた新たな試みの実践の場でもある。アレンジャーにPistachio StudioのESME MORIを迎えた“Stroll”は、ラップによって生み出される密な言葉のグルーヴとチルなダウンテンポ・トラックの絶妙な組み合わせが、今までにない心地良い漂泊感を紡ぎ出している。
「フックに指弾きしたギターのフレーズが入ってるヒップホップなトラックを作りたくて、まず、曲の叩き台となるものをGarageBandで作りました。音色も決めて、歌詞も入れて、サビのメロディーもある程度まで自分で作ってから、MORIくんにアレンジしてもらったんです。ただ、あてどなく夜ふらふらしながら、気持ちもグチグチふらふらしている歌詞なのに、サビが思いのほかエモく歌い上げる感じになってしまったので、もう少し肩の力を抜いた曲にしようと。レコーディング前日にサビのメロディーと歌詞を急遽変更したことで、自分のプライヴェートな、リアルな温度感を反映できたと思います」。
同じくESME MORIがアレンジを手掛けた“Come Away”は、メロウなギターとしなやかなベースを活かしたダンス・トラックのゆったりしたグルーヴが何気ない日常の描写を明るく輝かせている。
「この曲では、ギタリスト、ベーシストに入ってもらって、MORIくんと一緒に生音を入れるバランスを模索しつつ、トム・ミッシュっぽい抜けのいい曲を意識しました。パーカッションの音色も含め、音の鳴りがオーガニックで、ちょっと夏を意識した曲になっています。歌詞では〈何もなく平凡だけど、すごくハッピーな一日〉を描きました。私は気付くとストイックな曲やエモい曲が多くなってしまうんですけど、〈何かを伝えなきゃ〉とか、悩んでること、苦しんでることばかりを書くんじゃなく、こういう力が抜けた曲がもうちょっとあってもいいんじゃないかなって。先日、chelmicoのMamikoともそういう話をしてたんですけど、彼女はそういう曲を得意としているので〈羨ましい〉って言ったら、逆に〈iriみたいにストイックな曲はどうやったら書けるの?〉って返ってきて、隣の芝生は青く感じるんだねって話になりました(笑)」。
今後に向けての実験
そして、ラストの“飛行”は、origamiのKan Sanoとの初顔合わせとなる美しいラヴ・バラード。本人いわく、結婚する友人たちに触発され、結婚式で歌える曲が書きたかったそうだが、楽曲の佇まいは彼女らしくナチュラルかつドリーミーだ。
「Kan Sanoさんの存在を初めて知ったのは、マーヴィン・ゲイ“What's Going On”のKan Sanoリミックスなんですけど、オーディションでグランプリを取ってNYに行った時、街に合うなと思って、よく聴いていました。音の印象からもっとゴリゴリにヒップホップな人かと思ったんですけど、ライヴでのピアノ演奏はキラキラしてて、参加されている%Cくん(TOSHIKI HAYASHI)の“little life”や七尾旅人さんをフィーチャーした“C'est la vie”も大好きだし、いつか一緒にお仕事したいなと思っていたんです。この曲はダニエル・シーザーをフィーチャーしたハーの“Best Part”をイメージして、私がギターを弾きながら即興で作ったものをKan Sanoさんにアレンジしていただいたんですけど、こういう隙間を活かした曲が最近なかったので、個人的にはお気に入りの一曲です」。
真摯に取り組んだ『Juice』がもたらした心の平穏や安らぎ。『Only One』はそうした心境の変化を糧に、iriが新たな一歩を踏み出した節目の作品と言えそうだ。
「生音と打ち込みトラックのバランスをどういう配分にしたらいいのか。今回のカップリング曲では時間をかけて、その実験に取り組みました。前作『Juice』はヒップホップ色が強まった作品でもあったんですけど、今にして思えば、言葉を詰め込みすぎてしまったり、トラックもボリューミーになってしまったりで、がんばりすぎてしまったのかも(笑)。だから今回のEPを足がかりに、今後の作品では肩の力を抜いて曲作りに取り組みたいと思ってますね」。
iriの作品。