メロウな時間を演出するスモーキーな歌声が世に放たれてから5年──シンガー・ソングライターとしての葛藤と克服、それにまつわる彼女の物語を読み解くようなベスト盤が登場!
日記を読んでいるような気持ち
抑制された響きの奥底に強い意志を感じさせる歌声によって心の機微を描き、グルーヴと共に躍動感をもたらしてきたシンガー・ソングライターのiri。ファースト・アルバム『Groove it』を携えて2016年にデビューを果たし、これまでに4枚のアルバムとシングル、EPを発表しながら、光と陰が揺らめく独自の表現世界を描き出してきた彼女の初のベスト・アルバム『2016-2021』には5年間の足跡が濃密に凝縮されている。
「今回選曲しながら歌詞を聴き返していたら、過去の日記を読んでいるような気持ちになりました。デビュー前に作った曲とデビュー後の葛藤、そのなかでの前向きな気持ちとダウナーな気持ち……すべてが詰まっているベスト・アルバムだと思います。独学で学んだギターをポロポロ弾きながら、曲作りを始めたのは19歳の時だったんですが、当時はリスナーをまったく意識せず、自分の感情をただ吐き出したり、自分にとって響きの気持ちいい言葉を自然と歌ってただけ。だから、ファースト・アルバムのテンション、歌詞は素の自分なんです。ただ、それだけでは活動を続けていくのが難しいことを自分でもわかっていたので、いろんな方と、いろんなアプローチで曲を作るチャレンジを始めたんですけど、もともと、人とコミュニケーションを取るのが上手くないうえに、曲の作り方もよくわからなければ、やりたいことを人に伝える術もなかったので、弾き語りでやっていた曲をトラックに発展させていく初めての作業は不安な気持ちでいっぱいでした」。
ライヴの定番曲でもある初期の代表曲“rhythm”や“ナイトグルーヴ”において、90sヒップホップ/R&Bやオールド・スクールなディスコのオーセンティックなテイストを織り交ぜたトラックと共に広がる歌詞世界は、シンガー・ソングライターとしての出自を感じさせる内省的なもの。そして、新しい一歩を踏み出す背中を後押しする“Watashi”では、ケンモチヒデフミを迎えたダンス・トラックの躍動感に触れ、その眼差しは内から外へ。続く2018年のセカンド・アルバム『Juice』は、エネルギーに満ちた作品となった。
「自分なりのメッセージを込めた“Watashi”に象徴されるように、セカンド・アルバム『Juice』はリスナーさんに向けて歌う術を習得した作品です。それによって自分の理想的な表現になったかというと、売れなきゃいけないとか、いろんな思いが入り交じっていましたし、自分にとっては試行錯誤の真っ只中ではあったんですけど、自分は生音と打ち込みを共存させたサウンドを求めているんだなって。音楽面でもフォーカスが合っていった作品でもあります」。
他ジャンルとのクロスオーヴァーが進行する現行のヒップホップ、R&Bを軸に、モダナイズされた楽曲は、歌とラップをシームレスに行き来するiriのしなやかなヴォーカル表現を際立たせていった。
「曲を作っている時、〈この曲はラップを入れよう〉とか、意識的にやっているわけではなくて。ギターのループやトラックに、適当に乗せる鼻歌がラップっぽかったり、歌とラップの中間だったり、自然にやった結果がそうなっているだけ。私が好きなラップもそう。“Telephone”を一緒に作った5lackさん、学生時代に聴いていたLIBROさんのラップにも言えるんですけど、自分には肩の力が抜けた自然なフロウと詩を読んでいるように伝わってくるリリックがしっくりくるんです」。