少し前のことだが、今もその光景を鮮やかに思い出せる。今年4月1日、東京・新木場STUDIO COASTでの、きのこ帝国10周年ツアー公演〈夢みる頃を過ぎても〉は素晴らしかった。10年間の軌跡を振り返るベスト盤的な選曲を現在の成熟したバンドの演奏力で表現し、さらに新曲も披露することで開かれた未来への希望を見せた、圧巻のステージ。インディーズ期より確固たる人気を誇るバンドであるが、絶頂期はまだ来ていない、これから訪れるのだと、強く確信させるライヴだった。

だからこそ、10周年ツアーのあの感激を未だ見ぬリスナーへと届ける意味でも、バンドのヒストリーを一望する機会があればいいと思っていた。そんなタイミングで、インディーズ期の音源による〈UK.PROJECT編〉とメジャー以降の音源による〈EMI編〉という、これまでのきのこ帝国を総括する2つのプレイリスト、その名も〈はじめてのきのこ帝国〉が各サイトで配信されることになった。時宜を得た素晴らしい企画だと思う。

〈UK.PROJECT編〉では、“東京”“クロノスタシス”“風化する教室”“ユーリカ”“海と花束”“WHIRLPOOL”“ロンググッドバイ”の7曲が並んだ。この時期ならではのアンダーグラウンドな空気を濃密に身にまとった、内省的な歌詞やシューゲイザー色の濃いオルタナティヴ・ロックの尖ったサウンド。その中で、きのこ帝国の誇る美しいメロディーと、渦巻く轟音のノイズ・ギターの海の中にふわりと漂いながらもゾクッとするほどに覚めた、佐藤千亜妃の中性的なヴォーカルを堪能できる楽曲たちだ。ヒップホップ的なビートを取り入れた“クロノスタシス”、メジャー・コードで明るく行進する“海と花束”“ロンググッドバイ”、そしてインディーズ期の代表曲である名ラヴソング“東京”と、非凡な才能がキラキラと光る。

〈EMI編〉には、“猫とアレルギー”“怪獣の腕のなか”“桜が咲く前に”“Donut”“愛のゆくえ”“夏の影”“クライベイビー”の7曲が収録。まっすぐなラヴソングやクリアになった音像、ポップスへと接近したアレンジメントなど、誠実な成長と音楽的挑戦を感じさせる近年のサウンドが確認できる。ストリングスを大フィーチャーしたバラード“猫とアレルギー”、流麗なピアノが先導する“桜が咲く前に”、映画「湯を沸かすほどの熱い愛」の主題歌となった“愛のゆくえ”など、装飾は華やかだが、どの曲の中心にも、メロディーのしっかりとした〈歌〉がある。アレンジのアイデアとスケール感が格段に増しているのだ。

 

そして、すでに発表されているように、きのこ帝国は9月12日(水)に、2年振りのニュー・アルバム『タイム・ラプス』を発表する。同作には、ライヴではすでに披露されている“タイトロープ”“&”などを含む全13曲が収録。このたび先述のプレイリストと共に“夢見る頃を過ぎても”“金木犀の夜”の先行配信も開始されている。

きのこ帝国 タイム・ラプス ユニバーサル(2018)

10周年を過ぎ、新たなスタートを切る強い決意は、“夢みる頃を過ぎても”を聴けば明らかだ。宇多田ヒカルも手掛けたヒットメイカー、河野圭を共同プロデュースに迎えたこの曲は、雄大なストリングスを加え、佐藤の歌の力を最大限に生かしたエモーショナルなスロー・バラード。夢見る頃を過ぎても、夢を見続ける人生を願う気持ちを、惜別の友情ソングに託した歌詞がメンバーの姿と重なり合い、感動せずにはいられない名曲だ。

もう1曲“金木犀の夜”は、“夢みる頃を過ぎても”とは趣の違う、淡々と刻まれるリズムが何とも心地よい、可愛らしいポップ・チューン。これほど屈託なく、せつない恋の感情を吐露する少女めいた佐藤の歌声は、聴いたことがなかった気がする。一言で言うならば、青春を感じさせる楽曲なのだが、先走って言えば、『タイム・ラプス』には、こうしたキラキラした青い日々を感じさせる楽曲が多く詰め込まれている。サウンド的には、これまででもっともヴァラエティーに富んでいるが、歌詞の世界観を追って聴けば、そうした青春を感じさせる内容のものが多く、その意味では一つのコンセプト・アルバムとも言えるかもしれない。

思えば、きのこ帝国は初めから、少女から大人になってゆく青春の日々の風景を歌い続けてきたのではなかっただろうか。インディーズ期の楽曲である“風化する教室”“WHIRLPOOL”といった、思春期のやりきれない閉塞感の中にも、“夢みる頃を過ぎても”のような、痛みを超えて未来へ向かっていく大人びた視線にも、脈々とそれが感じられる。僕はきのこ帝国を、尖ったオルタナ・ロックの文脈でとらえられると同時に、普遍的な魅力を持つ良質なポップスであり〈青春歌謡〉であると思っている。そして、そこがこのバンドを大好きな理由のひとつなのだが、どうだろう?

過去の名曲群をおさらいするプレイリストと新作『タイム・ラプス』を、どうかまっさらな気持ちで聴いてほしい。きっと彼らの音楽が多くの人たちから必要とされる理由が見つかると思うし、そう願う。きのこ帝国は、今、あなたに聴かれるのを待っている。

 


Live Information
〈きのこ帝国 New Album『タイム・ラプス』Release Party〉

9月20日(木)大阪・なんばHatch
開場/開演:18:00/19:00

9月23日(日・祝)東京・新木場STUDIO COAST
開場/開演:17:00/18:00

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