生々しく呼吸を続ける同時代の音楽
~サントリーホール〈サマーフェスティバル2018〉~輝かしいヴィトマン

サントリーホールの夏の定番、〈サマーフェスティバル〉は2018年も充実の極みにある。ほぼ10日間の会期は「ザ・プロデューサー・シリーズ《野平一郎がひらく》」「テーマ作曲家《イェルク・ヴィトマン》」「第28回芥川作曲賞選考会」の3本柱で貫かれ、大ホール、ブルーローズ(小ホール)がフル稼働している。

野平は多美夫人ともどもフランス留学組という自身のルーツをみつめ、〈フランス音楽回顧展〉を大小両ホールで企画したほか、夫人の書き下ろしをロナルド・カヴァイエが英語台本に訳した創作オペラ『亡命』の世界初演で気を吐いた。いずれも政治や戦争、核兵器などに翻弄された20世紀の作曲シーンを振り返り、私たちが今向き合っている「音楽」の来し方だけでなく、行く末もじっくり考えさせるような内容だった。

ヴィトマンに初めて会ったのは今から10年前。メシアン生誕100年の終わりに児玉桃(ピアノ)が企画した《時の終わりのための四重奏曲》の演奏会(2008年12月12日、浜離宮朝日ホール)にヴァイオリンとチェロのルノー、ゴーティエ・カピュソン兄弟とともにクラリネット奏者として参加したときだ。すでにウィーン・フィルやベルリン・フィルがこぞって新作を委嘱、新日本フィルで演奏された機会もある最先端の作曲家だったが、クラリネットでも世界の頂点に立つ存在と知り、驚いた。今年の1月14日にはトッパンホールで無伴奏クラリネット・リサイタルを行い、さらに唖然とさせた。

インタヴューや立ち話でみせる人柄は真摯で優しく、どこまでも礼儀正しい。内に秘めた自信はかなり強いのだが、語りくちは常に謙虚だ。すっかりファンとなってしまって音源を買いあさり、2012年にはミュンヘンのバイエルン州立歌劇場まで新作オペラ『バビロン』の世界初演(ケント・ナガノ指揮)を観に出かけるなど、私のヴィトマン熱は上がるばかり。今回は室内楽の個展に続き、妹のカロリン・ヴィトマンを独奏に起用した《ヴァイオリン協奏曲第2番》(サントリーホールとパリ管弦楽団、フランクフルト放送交響楽団の共同委嘱)と、教授を務めるフライブルク音楽大学の教え子であるヤン・エスラ・クールが作曲した《アゲイン》の世界初演2曲を携え、自ら東京都交響楽団を指揮する管弦楽演奏会でもたっぷり、ヴィトマンの音世界を楽しめるのが嬉しい。

《ヴァイオリン独奏のためのエチュード第1巻》第1~3曲で接したカロリンのヴァイオリンは、「不可能」のかけらも感じさせない超絶技巧を極めながら、それを演奏家の自我や技の誇示には一切使わず、千変万化する楽想の伝達にささげ尽くす。実兄だけでなく、多くの作曲家にとって「使徒」の名に値する素晴らしい名手だ。福川伸陽(ホルン)、吉井瑞穂(オーボエ)、小山莉絵(ファゴット)、キハラ良尚(ピアノ)ら共演の日本人演奏家もヴィトマン兄妹の大きな音楽に包まれ、最良の成果を上げた。

器楽曲であっても声楽曲であっても、ヴィトマンの作曲の根底には人間の声、それが生む歌や響きの共鳴への深い信仰(クレド)があり、時にエンターテインメントの色彩も帯びながら、多くの聴き手を魅了するのだと思う。まだまだ、聴き続けたい。

 

まだ間に合う! サントリーホール〈サマーフェスティバル2018〉今週のスケジュール


サントリーホール国際作曲委嘱シリーズNO.41
テーマ作曲家〈イェルク・ヴィトマン〉

イェルク・ヴィトマン ©Marco Borggreve

《管弦楽》
8/31(金) 19:00開演(18:20開場)大ホール
◉イェルク・ヴィトマン(1973- )
オーケストラのための演奏会用序曲『コン・ブリオ』(2008)
クラリネット独奏のための幻想曲 (1993/2011)
ヴァイオリン協奏曲第2番(2018、世界初演、サントリーホール委嘱)
◉ヤン・エスラ・クール『アゲイン』(2018、世界初演)
◉ウェーバー:クラリネット協奏曲第1番 ヘ短調 作品73 (1811)
【出演】
イェルク・ヴィトマン(指揮,cl)
カロリン・ヴィトマン (vn)
東京都交響楽団


フランス音楽回顧展Ⅰ・Ⅱ

《フランス音楽回顧展Ⅱ》
現代フランス音楽の出発点~音響の悦楽と孤高の論理~

9/1(土) 18:00開演(17:20開場)大ホール

◉モーリス・ラヴェル(1875-1937)(ピエール・ブーレーズ編曲)
『口絵』(1918/2007)日本初演
◉フィリップ・ユレル(1955- )
『トゥール・ア・トゥールⅢ』~レ・レマナンス~(2012)日本初演
◉ピエール・ブーレーズ(1925-2016)
『プリ・スロン・プリ』~マラルメの肖像~(1957-62/89)
【出演】
浜田理恵※(S)
ピエール=アンドレ・ヴァラド(指揮)
東京交響楽団