東京文化会館の新プロジェクト、〈フェスティヴァル・ランタンポレル〉を語る
東京文化会館が新たにスタートさせる音楽祭〈フェスティヴァル・ランタンポレル〉。「ランタンポレル l’intemporel(フランス語で“時代を超越した”を意味する)」という言葉が示すように、この音楽祭は常識にとらわれない柔軟なレパートリーの選択を大きな特徴としている。古典の作曲家と戦後の作曲家を毎年2人ずつ選び、両者の作品を組み合わせて作られるプログラムは、まさに時代を超越した音楽体験を我々に提供する。第1回の今年はベートーヴェンとフィリップ・マヌリ、シューベルトとヘルムート・ラッヘンマンの2組の作曲家が取り上げられる。
音楽祭の旗振り役は、2021年9月から東京文化会館音楽監督を務める、作曲家の野平一郎である。11月の開催を前に、音楽祭に込めた思いや企画の狙いなどを野平に語ってもらった。
「聴衆がジャンルを限定して聴くようになっていることに危機感を持ち、彼らの固定化した趣味に流動性を持たせるにはどうしたら良いかと考えていました。とりわけ現代音楽の聴衆のマニア化は顕著で、新しい聴衆の獲得は急務です。そんなとき、古くからの友人で東京音楽コンクールの顧問でもある作曲家のフィリップ・マヌリに、フランスのニームで開催されている〈レ・ヴォルク音楽祭〉を紹介してもらったのです。
ピリオド楽器オーケストラ、レ・シエクルのメンバーが中心となって、古典とコンテンポラリーを組み合わせたプログラムを提供しているこの音楽祭は、私の問題意識の答えとなり得るものでした。存命の作曲家に、自身が影響を受けた作曲家をリサーチしたうえで組み合わせを決定している点も大変ユニークです。一聴しただけではわからなくても、組み合わされる作曲家には発想に親和性があり、その表現方法の違いに面白さがあります。
そこで東京文化会館と〈レ・ヴォルク音楽祭〉の提携を模索し、それが〈フェスティヴァル・ランタンポレル〉としてかたちになりました」
作曲家、教育者、演奏者として、長年コンテンポラリー・ミュージックの先頭に立ってきた野平は、現代音楽の聴衆が広がりを欠く現状をどう分析しているのか。
「普段古典のレパートリーを聴いている聴衆は、コンテンポラリーの作品に触れる機会が少ないので、それらにどうやってアプローチしてよいかわからないのでしょう。ですから、そうした人々が作品へ近づくための道案内が必要です。〈フェスティヴァル・ランタンポレル〉では、作曲家の意図を解説してくれるガイドを専門家にお願いしており、第1回では音楽学者の沼野雄司さんがその役を務めてくださります。沼野さんなら自由な聴き方を尊重しつつ、作品の理解を手助けしてくれるはずです」
〈フェスティヴァル・ランタンポレル〉には、〈レ・ヴォルク音楽祭〉音楽監督のキャロル・ロト=ドファン(レ・シエクルの首席ヴィオラ奏者)率いるレ・ヴォルク弦楽三重奏団のほか、注目の若手ピアニストの阪田知樹と務川慧悟や、東京音楽コンクールの歴代入賞者たちが出演する。
「レ・ヴォルク弦楽三重奏団は名手揃いのアンサンブルですし、彼らと共演するのは、東京音楽コンクールで入賞後、古楽やコンテンポラリーの豊富な演奏経験を重ねてきた優秀な若手ばかりです。レ・ヴォルク弦楽三重奏団は古典のレパートリーには古楽器を用いて演奏を行いますが、それは歴史的な正しさを追求するためではなく、時代を超越した演奏を実現するためなのです。
今年の〈フェスティヴァル・ランタンポレル〉には、時代の寵児と言うべきふたりの若きピアニスト、阪田知樹さんと務川慧悟さんも登場します。彼らもベートーヴェンとシューベルトをフォルテピアノで演奏しますが、これはふたりからの提案です。現代の若い演奏家にとって、古楽器に関心を寄せることはごく自然なことであり、古典にもコンテンポラリーにもボーダーレスな考え方を持っているのです」
〈フェスティヴァル・ランタンポレル〉は〈レ・ヴォルク音楽祭〉だけでなく、IRCAM(フランス国立音響音楽研究所)とも提携し、歴史的なサイレント映画に現代の作曲家がフィルム・スコアを提供するプロジェクト「IRCAMシネマ」をプログラムに加えている。
「マヌリやヘルムート・ラッヘンマンのような、現代音楽のレファレンスとなっているビッグネームだけでなく、真のコンテンポラリーというべき若手作曲家の音楽も紹介していくことが大切です。今回は、フランスを拠点に活躍する作曲家の平野真由さんが、衣笠貞之助監督、川端康成原作・脚本による1926年の映画「狂った一頁」に音楽をつけたものを上映します。映画が制作されてから音楽が書かれるまでに約100年の月日が流れていますが、作曲家が1世紀前の映画にどのように反応するのか、ここにも時代を超越した面白さがあります。平野さんは従来の枠にはまらない、イマジネーション豊かな作曲家ですので、彼女の音楽を皆さまにご紹介できるのが嬉しいです」
演奏会から映画、トークセッションにマスタークラスまで、古典とコンテンポラリーの自由な楽しみ方を提案する〈フェスティヴァル・ランタンポレル〉は、東京の新たな創造の場となり、音楽家と聴衆の双方に大きな刺激を与えるだろう。
野平一郎(Ichiro Nodaira)
東京藝術大学大学院修了後、パリ国立高等音楽院に学ぶ。現在、作曲家、ピアニスト、指揮者、教育者として国際的に活躍する音楽家。第13回中島健蔵音楽賞、第44回、第61回尾高賞、芸術選奨文部大臣新人賞、第11回京都音楽賞実践部門賞、第35回サントリー音楽賞、第55回芸術選奨文部科学大臣賞、日本芸術院賞、第52回ENEOS音楽賞洋楽部門本賞を受賞。2012年春、紫綬褒章を受章。日本芸術院会員。現在、静岡音楽館AOI芸術監督、東京藝術大学名誉教授、東京音楽大学学長。2021 年 9 月より東京文化会館音楽監督。
LIVE INFORMATION
フェスティヴァル・ランタンポレル Festival de l'Intemporel〜時代を超える音楽〜
レ・ヴォルク弦楽三重奏団 et 上野由恵(フルート)~ベートーヴェン&マヌリ~
2024年11月27日(水)東京文化会館 小ホール
開演:19:00
阪田知樹ピアノ・リサイタル~ベートーヴェン&マヌリ~
2024年11月28日(木)東京文化会館 小ホール
開演:19:00
IRCAMシネマ「狂った一頁」
~ポンピドゥー・センターと歴史的無声映画のコラボレーション~
2024年11月29日(金)東京文化会館 小ホール
開場/開演:15:00/19:00
★17:30からトークイベントを行います。各回のチケットをお持ちの方が入場可能です。
フェスティヴァル・ランタンポレル トークセッション
2024年11月30日(土)東京文化会館 小ホール
開演:14:00
出演:フィリップ・マヌリ(作曲家)/キャロル・ロト=ドファン(レ・ヴォルク音楽祭芸術監督)/野平一郎(東京文化会館音楽監督)/モデレーター:沼野雄司(音楽学者)※日本語通訳付
務川慧悟ピアノ・リサイタル~シューベルト&ラッヘンマン~
2024年11月30日(土)東京文化会館 小ホール
開演:19:00
レ・ヴォルク弦楽三重奏団&東京文化会館チェンバーオーケストラ・メンバー~シューベルト&ラッヘンマン~
2024年12月1日(日)東京文化会館 小ホール
開演:15:00
★14:30からプレトークがあります。