サントリー芸術財団 サマーフェスティバル2015 特別公演「TRANSMUSIC」

音楽のエッセンツィア“現代音楽の楽しみ方” in 東京
"Eszencia" How to enjoy playing & listening contemporary music

 

西村朗 (C)東京オペラシティ・撮影:大窪道治

 

 夏フェスといっても、野外ロックフェスのことではない。“現代音楽”の夏フェスといえば、サントリー・サマーフェスティバルだ。今年は例年のプログラムに加え、特別公演「TRANSMUSIC」が開催される。日本の現代音楽界を牽引する作曲家たちが、よりぐっと身近になりそうな内容である。登場する作曲家は、西村朗中川俊郎伊左治直野平一郎三輪眞弘。1950~60年代生まれの作曲家たちだが、彼らの作風は実に多彩。1人1流派どころか1人多流派ともいうべきで、個々の作風の幅が実に広い。彼らが作曲を始めた1970年代には、すでに戦後の欧米の作曲手法の潮流が一通り出尽くしていたこととも関係するが、徒党を組まず、流行を追わない美学は共通している。

 さて今回のプログラムの特徴は、この隙のない顔ぶれだけではない。「TRANSMUSIC 音楽のエッセンツィア“現代音楽の楽しみ方”」という、これまで毎年いずみホール(大阪)で開催されてきたユニークなコンサート・シリーズ(主催:サントリー芸術財団)がその基だ。2010年からは毎回、テーマ作曲家に「一般のファンも演奏可能な小曲(内包曲)を一部に含む曲」を委嘱し、その内包曲の楽譜をコンサートの聴衆にプレゼントするという趣向で開催されてきた。

 

中川敏郎

 

 「内包曲」というのは、その日初演となる作品の一部を成す、作品のエッセンスの部分が切り取られた小品である。この楽譜を持ち帰って、家で密かに(?)、曲の再演を試みるというのがミソ。内包曲は作品全体の縮図ではないが、特に現代作品のように情報密度の濃い作品では、部分に込められたエッセンスは濃厚である。当夜は、これまでに委嘱・初演された5作品、更に「プレ・コンサート」では、それらの内包曲が演奏される。「プレ・コンサート」の内包曲の演奏は、コンサート本編で演奏される作品の予習ともなり、自宅での内包曲の演奏=作品の復習の備えにもなろう。作曲家自身によって抽出されたエッセンス=「粋(すい)」を、持ち帰れるなんて「粋(いき)」な計らいではないか。われわれ聴き手にとっては、ブラックボックスである作曲家の頭の中身の一端が覗けるような気もしてくる。

 現代作品は、クラシック名曲と違って、(まして初演となれば)初めての出会いが基本だ。ふつうの聴き手にとっては、1度きりの印象を曖昧な記憶として頼りにするしかない。新作はCDも発売されておらず、歯痒い思いをすることが多かったので、こうしたプロジェクトは実に貴重だ。

 

伊左治直

 

 5人の作品を一瞥してみよう。西村朗は、年来のヒンドゥー神“ヴィシュヌ”をテーマに据えた室内ピアノ協奏曲。西村のピアノ曲は、ちょっと密室的な響きがあるので、内包曲を家で一人で弾いてみるにはぴったりではないだろうか。中川俊郎は室内交響曲だが、内包曲《主題と変奏》のピアノは自身で演奏するという、相変らずの徹底ぶりだ。ブラジル音楽好きで知られる伊左治直は、鈴木大介(ギター)をソリストに迎えて万全の構えを見せる。野平一郎《網目模様》は、室内サックス協奏曲だが、そのソロとなる部分のひとつが内包曲《一人ぼっち》となる。サックスでは楽器の複雑な音色の変化に耳を奪われがちだが、楽譜をもらって自分でピアノで弾いてみれば、作品の音楽的思考が透明に浮かび上がるであろう。

 

野平一郎

 

 昨年初演の三輪眞弘の《万葉集の一節を主題とする変奏曲》と、その内包曲《海ゆかば》は、特異な作品だ。太平洋戦争中、玉砕を伝えるラジオ放送のテーマとしても使われ、第二の国歌ともいわれた《海ゆかば》(作曲:信時潔)を俎上に乗せている。海行かばー 水漬く屍…。一見晴朗なタイトルに反して、悲壮な内容の曲。私の母など戦後40年頃でも、信時の名を耳にしただけで、この曲を諳んじてみせたほど有名な曲だ。しかし、YouTube上に初音ミク版もある!という現在の状況は、やはり三輪流のシニカルなプロセスを必要とするに違いない。毎回のチラシには「現代音楽はこわくない!」のキャッチフレーズが踊るが、現実の方がよほど「手ごわい」だけかもしれない。

 

三輪眞弘

 

LIVE INFORMATION

サントリー芸術財団 サマーフェスティバル2015
TRANSMUSIC 特別公演

○8/26(水)18:00開場/19:00開演  
*18:30~ プレ・コンサート(各作品の“内包曲”5曲を演奏します!)
会場:サントリーホール ブルーローズ

曲目:
・西村 朗:〈ヴィシュヌの臍〉~ピアノと室内オーケストラのための(2010)/ 演奏:碇山典子(p)
・中川俊郎:室内交響曲第1番(2011/15)改訂初演
・伊左治 直:南海の始まりへの旅(2012/15)改訂初演 / 演奏:鈴木大介(g)
・野平一郎:網目模様 アルト・サクソフォンと室内管弦楽のための(2013)/ 演奏:井上麻子(sax)
・三輪眞弘:万葉集の一節を主題とする変奏曲 MIDIアコーディオンと管弦合奏のための (2014)/ 演奏:岡野勇仁(MIDIアコーディオン)

演奏:野平一郎(指揮)東京シンフォニエッタ

楽譜プレゼント
作品の「粋=エッセンツィア」に直に触れる機会を持っていただけるように、ご来場の皆様に各内包曲の楽譜をプレゼントいたします。

suntory.jp/summer/

【関連動画】三輪眞弘と岡野勇仁による〈サントリー芸術財団コンサート TRANSMUSIC2014〉
リハーサル映像