左から、阪田知樹 ©Ayustet、務川慧悟 ©Yuji Ueno

野平一郎プロデュース、ひらかれた現代音楽を目指す「フェスティヴァル・ランタンポレル」がいよいよスタート!

 2021年9月に東京文化会館の音楽監督に就任した野平一郎。作曲家、ピアニストとして、日本のコンテンポラリー・ミュージックの先頭に立ってきた野平のこだわりのプロジェクトが、2024年11~12月に開催される〈フェスティヴァル・ランタンポレル〉だ。〈ランタンポレル l’intemporel〉とは〈時代を超越した〉という意味のフランス語。現代音楽のコンサートの聴衆が熱狂的なマニアだけで固定されている現状に危機感を抱いた野平は、広く一般の音楽ファンにもコンテンポラリー・ミュージックへの関心を持ってもらうべく、この音楽祭をスタートさせた。

 〈フェスティヴァル・ランタンポレル〉は、フランス・ニームの〈レ・ヴォルク音楽祭〉やIRCAM(フランス国立音響音楽研究所)と連携した国際音楽祭であり、コンサートだけでなく、レクチャーやマスタークラス、無声映画と電子音楽のコラボレーションといった多彩なプログラムが展開される。丁寧な楽曲解説を提供するなど、コンテンポラリー・ミュージックに普段から親しんでいるわけではない聴き手も演奏を楽しめるように様々な工夫を施すという。

 〈レ・ヴォルク音楽祭〉は2020年に設立された室内楽に特化した音楽祭で、ピリオド楽器オーケストラ、レ・シエクルのヴィオラ奏者、キャロル・ロト=ドファンが芸術監督を務めている。〈レ・ヴォルク音楽祭〉では毎年、古典とコンテンポラリーから1人ずつ作曲家を選び、両者の作品を組み合わせてプログラムを構成しており、〈フェスティヴァル・ランタンポレル〉でもそうしたプログラミングの手法を取り入れ、第1回はベートーヴェンとフィリップ・マヌリ、シューベルトとヘルムート・ラッヘンマンを掘り下げる。

 その目玉となるのが、阪田知樹と務川慧悟、ふたりの人気若手ピアニストによるリサイタルだ。阪田がベートーヴェンとマヌリ、務川がシューベルトとラッヘンマンのプログラムをそれぞれ披露する。さらにベートーヴェンとシューベルトの作品では、ふたりの作曲家が生きた19世紀初頭のスタイルのフォルテピアノが使用される点も見逃せない。

 マヌリはベートーヴェンから少なからず影響を受けており、マヌリの第2ソナタ“変奏曲”とベートーヴェンの“ディアベリ変奏曲”を続けて聴けば、マヌリの音楽に息づくベートーヴェンの精神をはっきりと感じ取れるだろう。日本でも度々特集されてきたマヌリの作品は、フランス音楽のいまを語るうえで欠かすことのできないものだ。オペラやオーケストラ、電子音響音楽など、大規模な作品に注目が集まるマヌリだが、2008年に作曲された第2ソナタも、ピアノから無限の色彩を引き出したマヌリらしい名曲である。密度の高い凝縮された表現は、晩年のベートーヴェンの内省的な世界とも共鳴するだろう。

 作曲家、編曲家としても活躍する阪田は、いかに複雑な作品であっても、作品の全体像をクリアに示すことのできるピアニストである。阪田の弾く20世紀のレパートリーはいつも説得力に満ちており,今回のマヌリも大いに期待できる。ベートーヴェンの作品中とりわけ難解な“ディアベリ変奏曲”でも、変奏の一つひとつから作曲家のメッセージを読み解いてくれるはずだ。

 戦後のドイツ、ポスト・セリーを代表する作曲家、ラッヘンマンもシューベルトに創作上の影響を受けているのだが、ラッヘンマンの場合は、マヌリのケースよりもはっきりと、シューベルトの音楽を引用している。務川が今回演奏する3曲のラッヘンマン作品のなかでも、1956年作曲の“シューベルトの主題による5つの変奏曲”は、シューベルトの“ドイツ舞曲”(D 643/1)をテーマにしているのだ。アヴァンギャルドな厳しさよりも、ラッヘンマン流の歌謡性を楽しめる“変奏曲”は、〈フェスティヴァル・ランタンポレル〉のコンセプトとも重なる作品だろう。

 この6月に東京フィルハーモニー交響楽団とメシアンの“トゥーランガリラ交響曲”を演奏するなど、20世紀のレパートリーにも積極的に取り組んでいる務川がラッヘンマンをどのように聴かせるのか、コンテンポラリー・ミュージックのファンだけでなく、ピアノ・ファンにとっても聴き逃せないコンサートとなる。パリ国立高等音楽院ではピアノだけでなくフォルテピアノも学んだ務川の、フォルテピアノによるシューベルト、とりわけ最晩年の傑作、ピアノソナタ第19番(D958)を聴けるという点でも貴重な機会となりそうだ。務川がフォルテピアノで紡ぐ、死を前にした作曲家の幻想的な心象風景は、聴くものの記憶に永く残り続けるに違いない。

 


LIVE INFORMATION
野平一郎プロデュース
フェスティヴァル・ランタンポレル Festival de l’Intemporel~時代を超える音楽~

阪田知樹ピアノ・リサイタル~ベートーヴェン&マヌリ~
2024年11月28日(木)東京文化会館 小ホール
開演:19:00(予定公演時間:約75分)

■曲目
フィリップ・マヌリ:第2ソナタ“変奏曲”
ベートーヴェン:ディアベリのワルツの主題による33の変奏曲 ハ長調“ディアベリ変奏曲” Op.120

務川慧悟ピアノ・リサイタル~シューベルト&ラッヘンマン~
2024年11月30日(土)東京文化会館 小ホール
開演:19:00(予定公演時間:約75分)

■曲目
ヘルムート・ラッヘンマン:シューベルトの主題による5つの変奏曲/ゆりかごの音楽/セリナーデ ピアノのための
シューベルト:ピアノ・ソナタ第19番 ハ短調 D958

公演詳細:https://www.t-bunka.jp/info/21598/