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急成長を遂げた新作『Go To School』

レモン・ツイッグスの新作『Go To School』が素晴らしい。ポップで、キャッチーで、メロディアスで、メランコリックで、ノスタルジックで、しかし現代的で野心的でもある。彼らがこんな形で急成長を遂げるとは思いも寄らなかった。

THE LEMON TWIGS Go To School 4AD/BEAT(2018)

 2年前、『Do Hollywood』というアルバムを引っさげ、彗星のように登場した19歳の兄ブライアンと、17歳の弟マイケルのダダリオ兄弟。まさしく早熟の天才の名にふさわしい2人が作り上げた同作は、レトロスペクティヴな70年代ロック/ポップへの美しいオマージュに満ちていて、何もかもが高次元で止揚した最高のポップ・アルバムだった。

それは飛び抜けた才能の持ち主の若者が、10代後半というもっとも感受性豊かな時期だからこそ作り得た一瞬のきらめきのようなものであって、あんなレヴェルの作品は二度三度と作れるものではないと思っていた。だがそれは間違いだったのである。

『Go To School』は、こちらが予想もしなかった方向に変化・進化している。素晴らしいのは、前作ではまだ残っていたロック的な形式への執着がなくなり、むしろ非ロック的なサウンドを目指すことで、結果として音楽性の幅がぐっと広がり、自由で、柔軟なロック・ミュージックたりえていることだ。

もちろんそうは言っても本作の楽曲のスタイルの多くがロックに依っていることに変わりはない。彼らは「ベストなロックは70年代に生まれたと思っている」(マイケル)と公言するほどのオールド・スクールなロックの信奉者であり、本作でもそうしたロック的記号あるいは〈記憶〉は随所に登場する。ロック・オペラの古典、ザ・フーの『Tommy』(69年)へのオマージュと思わせる箇所もいくつかある。そうした引用のおもしろさは前作から変わらず受け継がれている彼ららしさだ。だが本作を本作たらしめているのはそこではない。むしろ非ロック的な部分こそが肝である。

 

ミュージカルへの挑戦で脱ロック、懐かしくも新鮮な音世界

本作で彼らがやろうとしているのは〈ミュージカル〉である。『Go To School』は、人間の男の子として育てられたピュアなハートを持つチンパンジーが成長していく様子を描いたコンセプト・アルバムだ。

明確なストーリー性を持った音楽作品という意味では、ザ・フーの『Tommy』や『Quadrophenia(四重人格)』(73年)、あるいはキンクスの『The Kinks Are The Village Green Preservation Society』(68年)、ジェネシスの『The Lamb Lies Down On Broadway(眩惑のブロードウェイ)』(74年)、ピンク・フロイドの『The Wall』(79年)といった、いわゆる〈ロック・オペラ〉作品が浮かぶが、レモン・ツイッグスの場合は、最初にストーリーありきではなく、出来上がった楽曲をまとめるテーマとしてチンパンジーのストーリーを思いついた、という。『Tommy』や〈四重人格〉のようなそれ自体で完成された作品ではないから、コンププト・アルバムやロック・オペラというよりはミュージカルに近い、と彼らは説明している。

『Go To School』収録曲“If You Give Enough”
 

ヒップホップやR&B、あるいはEDMといったいまの最新の流行に目配りするのではなく、といってブルースやオールド・ジャズ、カントリーなどルーツ音楽に遡行するのでもない。 むしろミュージカルという19世紀後半のアメリカで発祥した伝統の総合エンタテインメントのスタイル、手法を取り入れることでロック的な定型表現を脱し、他にはない懐かしくも新鮮な懐の深い世界を作り出しているのである。メロディー、楽曲構成、歌唱などが、通常のロック・ソングとは異なる華やかでカラフルでノスタルジックでファンタジックな、独特の表情を伝えてくるのだ。

 

レモン・ツイッグスの音楽はリアリティーではない、ファンタジーだ

人間として育てられたチンパンジーの成長譚、という奇妙な物語を思いついたきっかけは、45年初演のブロードウェイ・ミュージカル作品「回転木馬」を見たことだという。

「あまりにも古典的な定番のお芝居だから、あの作品のエンディングのくだりが実は奇妙なものであることを忘れてしまいがちなんだよ。主人公は死んで天国に行かなければならなくなり、でもいったん地上に帰されることになって、そこで超自然的な事件が持ち上がるとか。ああいう古典的なお芝居のなかにそういう面が含まれていること、そのコンセプトがどれだけストレンジなものか、という点に僕も惹かれるんだ。要するに、コンセプトというのは何も、現実に根付いたリアルなものである必要はないんだと。とても奇妙なものでも構わないんだよね」(マイケル)

彼らはよく知られている通り、プロのミュージシャンである父と元女優の母という芸能一家に育ち、子役としてミュージカルやTVドラマ、映画などで芸能活動を行っていた。そうした伝統的なショー・ビジネスの世界で培った経験が、今回のコンセプトに活かされているのだ。

また今回のストーリーや設定は、彼らが、音楽を自己告白的・私小説的なものとして捉える、70年代的なシンガー・ソングライターではないことを示している。音楽をリアリティーではなく一種のファンタジーとして定義しているわけだ。

それは間違いなく芸能一家に生まれ、幼いころから芸能エリートとして育てられた出自が関係しているはずだ。明らかに他の叩き上げのロック・ミュージシャン像と異なる彼らだけの特異性である。

『Go To School』収録曲“If You Give Enough”
 

だがそうは言っても、その世界がまるで作り事だけというわけではない。そこには彼らの心情や人生が、奇抜なファンタジーという形式にさりげなく投影されている。同様に、かつて少年少女だったすべての人の人生をそこに投影させることも可能だ。

「チンパンジーのメタファーの良いところは、いわゆる〈内なる子供〉って言われるもののことだからじゃないかな。それは誰の心の中にだって存在するし、誰にだって共感できるものだ。心のなかの子供のままの側面というのは誰もが人生を通じて抱いているものだと僕は思うし、たとえその人が〈自分はもう歳を取り過ぎてしまった、もうとっくの昔になくしてしまったものだ〉と思っていても、ちゃんとあるんだよ。だから、あのチンパンジーのキャラに僕は共感できるし、マイケルだってそう。というわけで、願わくは、誰でも共感できたらいいなって」(ブライアン)

ブライアンは本作を、以前よりも自分たちの内面が正確に映し出された作品であるとしている。たとえば個人的な恋愛体験を、より深く普遍的で大きなテーマとして表現できるようになった、という。そうした作品をファンタジーとしてのミュージカルという虚構的ストーリーで作った、その着眼点の卓抜さこそが本作の成功の肝だろう。

 

『Go To School』はダダリオ兄弟にしか作れない特異な傑作なのだ

そのミュージカルの登場人物として、彼らの両親であるスーザン・ホールやロニー・ダダリオ、さらにはトッド・ラングレンやビッグ・スターのジョディ・スティーヴンスといった人たちがゲスト参加している。すべてが、物語を彩っている。

レコーディングはすべて彼らのプライヴェート・スタジオで、アナログ・テープの24トラック・レコーダーを使って行われた。大がかりなオーケストレーションなども聴けるが、予算上の理由もあり、すべてプレイヤーにひとりずつスタジオで演奏してもらい、それを丁寧にダビングして作り上げていった。その作業工程で一度もコンピューターを使わなかったというから驚きだが、その甲斐あって、音像には温かく手作りの箱庭感が漂っている。いわゆるロック・オペラの大仰感がまるでないのがいい。

『Go To School』収録曲“The Fire”
 

古くからのロック・ファンには懐かしさと子どもの頃の自由な心を、新しいロック・ファンには新鮮な驚きを、すべての音楽ファンに心温まる幸福感を。ブライアン・ウィルソン、ポール・マッカートニー、ランディ・ニューマン、そしてトッド・ラングレンといったポップ職人たちからの影響は、前作から今作にも確実に受け継がれている。

そこに伝統のミュージカルの手法、ファンタジーとしての物語性、米国ショウビジネスの豊穣なる厚みまでをも加えた『Go To School』は、幼い頃から膨大な文化的・芸能的記号/情報を吸収してきたダダリオ兄弟にしか作れない特異な傑作なのだ。

 


Live Information
11月27日(火) 大阪・梅田 バナナホール
開場/開演18:00/19:00
前売り:\6,500(税込/ドリンク代別)
※未就学児入場不可

11月28日(水) 愛知・名古屋 CLUB QUATTRO
開場/開演18:00/19:00
前売り:\6,500(税込/ドリンク代別)
※未就学児入場不可

11月29日(木) 東京・渋谷 TSUTAYA O-EAST
OPEN 18:00/ START 19:00
開場/開演18:00/19:00
前売り:\6,500(税込/ドリンク代別)
※未就学児入場不可 

制作・招聘:クリエイティブマン
協力:ビートインク