パワフルでオリジナルな活況を呈するアジア各地の音楽シーンの〈今〉を、ライター/編集者の大石始をナヴィゲーターに迎え、当事者たちへのインタヴューでお伝えする本連載〈アジアNOW! ~アジア音楽最前線~〉。第5回の今回は、去る8月に刊行された、水科哲哉氏による書籍「デスメタル・コリア 韓国メタル大全」を取り上げます。K-PopやK-ヒップホップの影で(?)、韓国産のHR/HMは確かにシーンを形成してきたそうで、その知られざる事実を本著では物凄い情報量で熱く伝えています。記事末尾には水科氏選曲によるプレイリストもあるので、ぜひ最後まで読んでコリアンHR/HMの魅力を堪能してください。 *Mikiki編集部

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水科哲哉 デスメタルコリア 韓国メタル大全 パブリブ(2018)

80年代中盤から末にかけて、韓国では大規模なハードロック/ヘヴィメタル(HR/HM)ブームが巻き起こった。現在でも同国では数多くのHR/HMバンドが活動を展開しており、実は、韓国はアジア有数のHR/HM大国ともいえるのだ。そんな、一般的には広く知られることのないシーンの歴史を掘り下げた凄まじい書籍が出た。それが「デスメタル・コリア 韓国メタル大全」だ。K-Popやヒップホップだけじゃなかった、知られざるコリアンメタル&大韓ハードロック――本著の帯にそう書かれている通り、昨今はアジアを飛び越え世界を賑わせているコリアン・ポップスの隆盛の影で現在も着実に歴史を刻み続けるコリアンHR/HMの存在を大フォーカスしている。

〈デスメタル〉を謳っているものの、取り上げられているのは王道HR/HMからスラッシュ/ドゥーム、グランジやメタルコア、さらにはヴィジュアル系までと実に幅広い。総ページ数は384。312組ものアーティストが紹介されているほか、関係者のインタヴューやデータも充実しており、筆者の執念に圧倒されるばかりだ。

この本を書き上げたのは、チャイニーズ・ロックの元祖である崔健(ツイ・ジェン)をきっかけにアジアのロックにハマり、90年代末から韓国HR/HMを追い続けてきたライター/編集者/翻訳家の水科哲哉さん。韓国の近現代史や社会問題を取り上げた書籍にも携わってきた水科さんだけあって、韓国HR/HMの背景にある韓国社会の特殊な事情に深く切り込んでいるのも本書の特徴だ。

そんな大著を書き上げた水科さんに、今回韓国HR/HMのレクチャーをしていただくことに。その歴史から現在のシーンの特徴などを学びながら、意外と知らないお隣の国のHR/HMの世界に足を踏み入れてみよう。

水科哲哉氏

 

みんな『BURRN!』や『YOUNG GUITAR』を手に入れて、むさぼるように読んでいたらしくて

――まず、韓国HR/HMの歴史はどこから始まったのでしょうか?

水科「日本でLOUDNESSを原点とするならば、それと同じポジションにいるのがシナウィ(Sinawe/시나위)です。彼らが結成されたのが83年。ムーダン(Mudang/무당)などそれ以前から活動していたバンドはいるんですが、シナウィはやはり『Heavy Metal Sinawe』(86年)というタイトルのアルバムを出していたりと、〈Heavy Metal〉を韓国で最初に打ち出したバンドだったんです。そのアルバムに収録された“大きくラジオをつけて”という曲は韓国におけるロック・アンセムになりましたし、まさにオリジネイターですね」

シナウィの代表曲ともいえる“大きくラジオをつけて(크게 라디오를 켜고)”
 

――80年代の韓国に海外のHR/HM情報はどれぐらい入っていたんでしょうか?

「『デスメタル・コリア』の中でシナウィのギタリスト、シン・デチョルさんが話してくださってるんですが、当時の韓国では公には日本文化は禁止されていたんですよね。ただ、海賊盤のような形でジャパニーズ・メタルのアルバムは聴かれていて、LOUDNESSやVOWWOW、ANTHEMなどは80年代から大きな影響力があったんです。当時を知る方に話を訊くと、海外の雑誌や書籍を扱っていたソウルの書店などでは『BURRN!』や『YOUNG GUITAR』といった日本の雑誌は購入できたそうです。日本よりも高値だったと思うんですけど、みんなそういう雑誌を手に入れて、むさぼるように読んでいたらしくて」

――へえ! それはおもしろい話です。

「『YOUNG GUITAR』にはギターのタブ譜が載ってるじゃないですか? 韓国では今でもバンド・スコアがあまり出版されないんですね。タブ譜は日本語がわからなくても読めるので、みんな『YOUNG GUITAR』で一生懸命練習していたと聞きました」

――80年代後半にかけて、韓国では大規模なHR/HMブームが巻き起こりますよね。シナウィを筆頭にプファル(Boohwal/부활)や白頭山(Baek Doo San/백두산)、ブラック・シンドローム(Black Syndrome/블랙신드롬)などが人気を得たそうですが、そうしたブームのきっかけとなったのは何だったのでしょうか?

本作の裏ジャケでLOUDNESSへの挑戦状を叩きつけたことでも知られるプファルの“お前だけだ(너 뿐이야)”(86年作『Rock Will Never Die』収録)
 
白頭山の87年作『King Of Rock’N Roll』に収録された“Up In The Sky”
 

「おそらく当時の韓国人にとっても、自国からHR/HMバンドが出てくるとは思ってもいなかったはずなんですよ。だから、インパクトがあったんでしょうね。それとシナウィと白頭山、プファルがデビューしたのが86年で、ちょうどアジア競技大会が史上初めて韓国で行なわれた年だったんですね。急激に変わりつつある韓国国内の時代の空気もあったと思います。あと、ソウル・オリンピックが開催された88年に『Friday Afternoon』(ブラック・シンドローム、ゼロ・ジーなどを収録)というHR/HMバンドを収録したオムニバス盤がヒットしたりと、重要な作品がこの時期リリースされているんですよ」

89年のコンピ『Friday Afternoon II』に収録されたゼロ・ジー(Zero G/제로 지)の“Tears Of Gypsy”
 

――80年代末の段階でコンピにまとめられるぐらいのバンドはいたということですよね。

「そうですね。『Friday Afternoon』3部作には一枚に7組収録されていたんですが、88年から90年まで3年連続でリリースされたんですよ。それ以上にいろんなバンドが売り込みにきていたそうなので、バンドの数自体はかなり多かったようです。短命に終わったバンドも多々いますが 」

 

X JAPANなら“紅”じゃなく“ENDLESS RAIN”とかですね(笑)

――「デスメタル・コリア」には日本~欧米バンドの韓国公演のリストが掲載されていますが、89年にLOUDNESSが行ったソウル公演の影響力も非常に大きかったそうですね。

「マイク・ヴェセーラがヴォーカルを務めていた時代のLOUDNESSですね。当時は日本のバンドが韓国でライヴをやること自体、一大事件という時代ですからね。あと、LOUDNESSの半年前にストライパー(アメリカのクリスチャン・メタル・バンド)が初のソウル公演をやってるんですよ」

89年3月のストライパーのソウル公演で演奏された"Always There For You(88年作『In God We Trust』収録)
 

――ここまで紹介いただいているバンドは硬派な正統派が多い印象ですが、グラマラスなLAメタルなどはあまり聴かれていなかった?

「確かに『デスメタル・コリア』のなかで紹介した312組中正統派バンドが約29%(91組)を占めますが、その中にはモトリー・クルーみたいな路線のバンドも含まれているんですよ。ただ、どのタイプのバンドでもテクニック志向という特徴はあると思います。イングヴェイ・J・マルムスティーンのような速弾きギタリストやドリーム・シアターのようなテクニカル系のバンドは人気がありますね。サハラというプログレ・メタル・バンドなんかはまさにドリーム・シアター系ですし」

86年に結成されたサハラの96年作『Self Ego』に収録された“Agony Of Drifter”。同作は日本盤としてもリリースされた
 

――サハラといえば、元メンバーの方がのちにヒョゴの初期作品にエンジニアとして関わっていたそうですね。

「そうそう、サハラの初代ヴォーカルの方がのちにエンジニアになったそうですね。彼らは日本進出したのが90年代末のアジア通貨危機のころだったので、お金の面で苦労して解散しちゃったようです。すごくいいバンドだったんですけどね……」

HYUKOH(혁오 / ヒョゴ)の2018年のEP『24 : How To Find True Love And Happiness』収録曲“Love Ya!”
 

――そのほかに韓国のHR/HMにはどのような特徴がありますか? 以前、長谷川陽平さんから比較的叙情的なバラードを好む傾向があるとおっしゃっていたのを聞いたことがありますが、たとえばX JAPANだったら“紅”ではなく……。

※本国で大衆的な人気を集め日本デビューもしているインディー・ロック・バンド、チャン・ギハと顔たち(2018年いっぱいで解散することを先日表明)のメンバーでもある、韓国在住の音楽家/DJ

「“ENDLESS RAIN”とかですね(笑)。韓国にも〈トロット〉という日本でいう演歌があるんですが、コブシを効かせた泣きのメロディーが好まれる傾向はあると思います。キム・ジョンソやイム・ジェボムといったシナウィの歴代シンガーや、プファルのイ・スンチョルなどはバンド離脱後、バラード・シンガーに転向してますしね」

 

最近はONE OK ROCKやcoldrainにも通じる現行ラウド系も増えてきていますね

――今の韓国では、日本のHR/HMバンドではどのようなものが聴かれているんでしょうか?

「日本のバンドであればCrossfaith、MAN WITH A MISSION、Fear, and Loathing in Las Vegasは韓国でめちゃくちゃ人気がありますね。韓国の若い子たちはK-PopでEDM的な要素を聴き慣れているので、彼らのような音はすんなり聴けるんだと思います。バースターズ(Bursters/버스터즈)など、ONE OK ROCKやcoldrainにも通じる現行のラウド系バンドも少しずつ増えてきていますね」

バースターズ
 

――韓国のHR/HMバンドはどれぐらいの規模の場所でライヴをやってるんですか?

「かつてならプログレメタルのN.EX.Tやヴィジュアル系のイヴ(Eve/이브)のようなバンドが数千人規模の場所でライヴをやってましたが、今それぐらいの規模でやれるバンドは多くないと思いますね。スラッシュメタル・バンドのクラッシュ(Crash)は韓国最大のロック・フェスである〈仁川ペンタポート・ロック・フェスティバル〉のメイン・ステージにリンキン・パークのマイク・シノダやCrossfaithと一緒に出てましたが、単独公演となるとライヴハウスでやってるバンドがほとんどだと思います」

92年に結成された韓国を代表するスラッシュメタル・バンド、クラッシュの2010年作『The Paragon of Animals』収録曲“Crashday”
 

――韓国国外で活動するバンドもどんどん増えてますよね。

「そうですね。ジャンビナイ(Jambinai/잠비나이)は今年6月にイギリスのメルトダウン・フェスティヴァルに出演して話題を集めていましたね。今年のメルトダウンはキュアーのロバート・スミスが参加バンドを決めていたんですが、ナイン・インチ・ネイルズやデフトーンズと並んでジャンビナイが出演していて驚きました。彼らはヨーロッパでもだいぶ認知されているようですね」

玄琴(コムンゴ)や觱篥(ピリ)といった韓国の伝統楽器を取り入れたエスクペリメンタル・メタル・バンド、ジャンビナイの“Time Of Extinction”
 

――「デスメタル・コリア」には80年代の韓国HR/HM黄金時代のバンドから、そうした2010年代以降のバンドまで網羅されていますよね。グランジやグラインドコア、さらにはヴィジュアルも取り上げられていて驚きました。

「80年代にHR/HMを聴いていたアラフォー~アラフィフ世代って、仕事や子どもの世話で手一杯で、今のHR/HMを追ってる余裕がないという方が多いと思うんですね。今のバンドがわからなくなっちゃったという方に読んでいただきたいというのがまずありました。それと、ONE OK ROCKやMAN WITH A MISSIONみたいなイマドキのバンドを聴いている20~30代の方々に、似たような音楽をルーツとしていたり、彼らと交流している韓国のバンドを知ってもらいたいという気持ちもありましたね。世代のギャップを埋める本にしたかったんですよ」

 

実は最近、旧共産圏や中東のメタルにもハマってるんですが……

――ところで、Mikikiの読者にオススメの、現行の韓国HR/HMバンドを3組ほど挙げていただけないでしょうか?

「そうですね、まずは〈韓国版スティール・パンサー〉とも呼ばれているヴィクティム・メンタリティー(被害意識/피해의식)をオススメしたいです。スティール・パンサーは80年代のベタなLAメタルに対するオマージュをおもしろおかしくやりますが、彼らもそういう要素があるんですよ。ある意味ではSEX MACHINEGUNSに通じるところもあるのではないかと」

ヴィクティム・メンタリティー
 

――なるほど、どこまでが本気なのか分からないところもスティール・パンサー的ですね。

「韓国のHR/HMバンドはちょっと生真面目な傾向があるんですが、彼らはおちゃらけたところがあって、今までの韓国にはあまりいなかったタイプのバンドなんですよ」

2015年のファースト『Heavy Metal Is Back』が話題を集めたヴィクティム・メンタリティーの2018年作『Way Of Steel』の表題曲
 

――それぐらいバンドが多様化してきてるということですね。では、2組目はいかがでしょうか?

「ABTBにしましょうか。韓国は声量豊かなヴォーカリストが多いんですが、このバンドのパク・クノンさんはめちゃくちゃ上手いんですよ。彼はABTBの前にやってたゲート・フラワーズの一員として2014年の〈サマソニ〉にも出てた人で、このバンドではサウンドガーデンやストーン・テンプル・パイロッツにも影響を受けた骨太なロックをやってます」

ABTB
 
ABTB“時代精神(시대정신)”のライヴ映像。クリス・コーネルをリスペクトするパク・クノンの歌声が最大の武器
 

――3組目は?

「先ほど少し名前を挙げたバースターズにしましょう。基本的な音楽ジャンルは2000年以降から見られるメタルコア、ポスト・ハードコアの範疇に入るバンドですが、ポップな感性も兼ね備えています。メンバーのなかにはONE OK ROCKやFear, and Loathing in Las Vegas、DIR EN GREYからの影響を公言している者もいて、ラウド系を愛聴する日本のリスナーにも刺さる新世代バンドだと思いますね」

――ルックスも洗練されていて、80年代のHR/HMバンドとはその点だけとっても随分違いますね(笑)。

「そうですね(笑)。彼らはアイドル・バンドではないんですが、欧米圏などではそのルックスの良さゆえに〈ラウドな韓流スター〉として注目されている節もあるんですよ」

オーディション番組「スーパースターK」に出演して注目を集めたメタルコア・バンド、バースターズの最新シングル“Eternal(今日が世界最後の日だとしても/오늘이 세상 마지막 날이라 해도)”
 

――『デスメタル・コリア』にはこうしたバンドの音を聴くための方法まで紹介されてるのが素晴らしいですよね。

※Apple Music、Spotifyのストリーミング・サーヴィスやニッチな商品も購入できる小型の輸入盤CDショップの紹介、さらに韓国産ストリーミング・サーヴィスの利用方法も細かくレクチャーされている

「この本に載ってるバンドの過半数はApple MusicとSpotifyで聴けちゃうんですよ。昔は情報があまりなかったのでジャケ買いするしかなかったんですけど、今ではこうしたバンドの音源にも簡単にアクセスできる。日本ではそのこともあまり知られていないので、この本でそのギャップを埋めたかったんです。実は最近、旧共産圏や中東のメタルにもハマってるんですが……」

――またマニアックな(笑)。

「レバノンにオストゥラというドリーム・シアターみたいな格好いいメタル・バンドがいるんですが、今はそんな情報も入手しやすくなってるんですよね。そういうシーンを見ていて思うのは、全世界に影響力を持っていたバンドの凄さなんです。古くはレッド・ツェッペリンやディープ・パープル、80年代であればモトリー・クルーやメタリカ、90年代であればイン・フレイムスやアット・ザ・ゲイツのように、ひな形を作った人たちがいるんですよね。そして、そういう人たちに影響を受けたバンドは日本だけじゃなく、韓国や旧共産圏、中東にもいるんです。イングヴェイ・J・マルムスティーンのフォロワーはどこにもいますし、そういう意味で日本のリスナーと韓国のバンドは志向性が近いと思うんですよ」

――では、最後に水科さんのお考えになる韓国HR/HMの魅力とは何でしょうか?

「英語でも日本語でもない言語のHR/HMって新鮮なおもしろさがあると思うんですよ。かつては〈アジアのHR/HM〉というと音質の悪いイメージもあったかもしれないんですが、今は海外のエンジニアともデータのやりとりで制作できるようになってますし、スタジオ環境もだいぶ向上していて、欧米のものと比べても音のクォリティーはまったく遜色ない。厳格なHR/HMファンのなかには日本のバンドすら認めない方もいらっしゃると思うんですが、僕はそれだけじゃなくて、いろんなものを聴きたくなっちゃうんですよね。和食もいいんですが、たまには韓国料理を食べたくなるように(笑)」

――なるほど。今回のお話を通じて、韓国HR/HMにもまさに韓国料理のような味わいがあることがよくわかりました!

 


★水科哲哉氏によるコリアンメタル・プレイリスト★

~今昔の楽曲を網羅したApple Music版プレイリスト~

~2015年以降の近年のリリース音源をまとめたSpotify版プレイリスト~