人生最大の危機を乗り越え、不屈のプリンセスが華やかな表舞台へ帰ってきた。私たちに生きる希望を、困難に立ち向かう勇気を与えてくれる音楽――病に打ち勝った彼女の歌は、力強く、美しい……

心がこれを求めていた

 大物ミュージシャンが5年間アルバムを発表しなかったとしたら、そこにはたいてい何らかの理由がある。最近の例で言うと、クリスティーナ・アギレラは出産と子育て、ピンクは課外活動に忙しく、ケシャやリタ・オラみたいな訴訟に巻き込まれるケースもあった。アヴリル・ラヴィーンの場合、病気に行く手を阻まれたことはすでに多くの人が知っている通りだ。それも本人いわく、一時は「もう仕事を続けられるかわからないくらいの状況」に陥ったのだから、ここに5年ぶり6枚目のニュー・アルバム『Head Above Water』が存在するという事実そのものに、まず祝杯をあげるべきなのかもしれない。

AVRIL LAVIGNE Head Above Water BMG Rights/ソニー(2019)

 2002年、17歳にして発表したファースト・アルバム『Let Go』から続々とシングル・ヒットが誕生して以来、コンスタントに作品をリリースし、世界中で絶大な支持を得てきたアヴリル。体調に異変を感じはじめたのは、前作『Avril Lavigne』(2013年)に伴うツアーの最中だったとか。最終的に難病のライム病と診断され、一切の活動を休止して病気と闘うことになったわけだが、まさに死を覚悟した時、のちに本作からの先行シングルとなるタイトル・トラックのアイデアが生まれたという。水中で必死にもがきながら神に救いを求める曲だ。「押さえようがなく溢れ出てきたのよ」と、彼女はその日を振り返る。

 「私はベッドで寝ていて、もう死んでしまうんじゃないかと思った瞬間に、“Head Above Water”のコンセプトや歌詞が心のなかから湧き上がってきたの。それがシングルになるなんて思いもよらなかったけど!」。

 その後、症状は徐々に改善し、体力を取り戻したアヴリルはさらに曲を書いてレコーディングに着手。期限を設けず、存分に時間をかけて音作りに取り組むことで、音楽への愛情、音楽の重要性を再確認する機会を得たようだ。

 「私の心がこれを求めているのだと思って、自分のためだけに書いていたの。ラジオで流してもらうためでもない。どの曲も自然に出来上がって、曲に慣れ親しむ時間も持てたわ。これまではいつも〈早く終わらせて!〉という感じで作っていたから(笑)」。

 こうして完成したのは、常に独自の道を歩んできた彼女ならではのアルバムなのではないかと思う。何しろこの人は、キャリアを通じて大勢のリスナーにアピールする曲を歌ってきたものの、トレンドからは距離を置き、ポップ・パンク系バンドの面々とつるんでいながらロックにこだわることはなく、プロデューサーも固定せず、心が赴くままに活動してきた。

 今回もそこは変わらず、初顔合わせのコラボレーターの名前が並んでおり、カナダ人のヴェテランであるジョン・レヴィーンや、スウェーデン出身のヨハン・カールソンのようにメインストリームなサウンドメイカーたちと、ウィー・ザ・キングスのトラヴィス・クラークをはじめとするロック・ミュージシャンが入り混じっているのがアヴリルらしい。他方で自分と深いコネクションを持つ人たちの協力も得ていて、『Let Go』で多くのヒットを一緒に綴ったマトリックスのローレン・クリスティが4曲に参加。ニッケルバックのチャド・クルーガーも元パートナーのもとに駆け付けている。前作でのコラボを機に結婚したふたり、2015年に破局してしまったが、いまも親しい仲にあることが窺えよう。

 

人々に勇気や力を与えたい

 そのチャドの手を借りて録音した表題曲で幕を切る本作は、冒頭からピアノとストリングスに彩られたドラマティックで重厚なバラードが3曲続く。ここまで聴いた時点で、〈ああ、やっぱり苦難の克服をテーマにしたヘヴィーなアルバムなんだな〉と思ったとしても無理はない。しかし、4曲目“Tell Me It's Over”で一気にトーンが塗り替わる。古典的なソウルに根差したノスタルジックな趣向のこのナンバーについて、「ビリー・ホリデイやアレサ・フランクリンの曲を聴いていて、自分にとって新しいものにトライしたくなったのよ」とアヴリル。自分のためにならないとわかっていながら断ち切れない恋愛関係を描いた切ない歌詞に、いつになくソウルフルなヴォーカルがよく似合っている。お似合いと言えば、ラウドなパーカッションとホーンを連れ添って女性の自立を訴える“Dumb Blonde”も、チアリーダーに扮した彼女の姿が思い浮かぶフェミニスト・アンセムに。

 「これも実体験に基づいた曲よ。私は独立心が旺盛で、リーダーでもあるんだけど、とある男性に〈Dumb Blond(ブロンドのバカ女)〉と呼ばれたことがあるの。私の自信や強さに脅かされたんでしょうね」。

 つまり、曲の題材は闘病生活に限定されているわけじゃなく、「人生のさまざまな局面を歌っている」と本人が語る通り多岐に渡っていて、アレンジも然りだ。“It Was In Me”や“Souvenir”ではオールド・スクールなアヴリル節を大人版に進化させ、“Goddess”ではアコギの弾き語りを披露したり……。共通するのは、全編オーガニックで控えめなプロダクションだということ。これにより、ヴォーカルが前面に押し出されている。

 「今回はヴォーカルがいちばん大事だから、歌詞がクリアに聴き取れるようにしたかった。感情的な部分も同時に伝えられるよう、プロダクションで埋め尽くすのではなくて、歌の良さが損なわれない形で音を乗せていったの」。

 実際、本作でアヴリルが聴かせる歌のパワーは尋常じゃない。声量もさることながら、バラードの鬼気迫る迫力に、“Tell Me It's Over”などで繰り出す甘くプレイフルなトーンに圧倒され、シンガーとしての彼女に改めて惚れ込まずにはいられない。病気の影響は感じさせず、「いまとてもエモーショナルな境地に立っているから、それが表れたんだと思う」と説明するが、近い将来、同郷のセリーヌ・ディオンみたいなディーヴァになっていたとしても驚かないだろう。

 そんなふうに試練をバネに成長したアヴリルは、自分の体験を分かち合い、聴き手をインスパイアしたいという使命感もいっそう強めて帰ってきた。

 「私は、悪い状況のなかに必ず明るい兆しが見えると考えているし、長い休みを取っているなかで〈これが人生を生きるってことなんだ〉と実感できた。そういった体験を集めて、意味のあるアルバムが作れたと思うの。人々に勇気や力を与えられるアルバムがね」。

『Head Above Water』に参加したアーティストの作品。(Maratone)

 

リミックスやライヴ音源をまとめたアヴリル・ラヴィーンの編集盤『The Essential Mixes』(RCA)