つま弾いたギターの1音にすら名前が書いてあるようなサウンド
by in the blue shirt
曲を初めて聴いたときからいまに至るまで、ビビオは変わることなく自分のなかでのフェイヴァリットである。あのとき感じたえも言われぬ優しい気持ちを、リスナーとしても、トラックメイカーとしても、自分はなんとなく追いかけ続けているのかもしれない。
ビビオはいつだって、〈自然への憧憬と、それに触れたときに想起される感情〉を表現しようとしているように思える。そして彼の音楽を聴いていると〈音楽でならそれができる〉という絶対的な信頼と、それを志向する際の感情がまざまざと感じられ、自分はいつだって強く心を動かされてしまう。
〈感情の的〉みたいなものを言葉で言うのは難しいが、ビビオは音楽によって向かいたい感情の行き先が比較的はっきりしているアーティストだと自分は考えている。その行き先に向かうために、彼がこれまでにとった音楽的アプローチは多岐に及ぶが、今作はアルペジオ・ギターを中心とした、リズム・セクション控えめのアレンジが主。
風景描写そのものだけでなく、それに付随する感情もまとめて音楽で表現することに向き合い続けた人間の到達した境地たるや、演奏、録音からサウンドメイクまで単身でこなすがゆえの煮詰まりっぷりは凄まじく、シンプルであるにもかかわらずつま弾いたギターの1音にすらも名前が書いてあるようなサウンドのオリジナリティー、そしてそれによって紡がれる美しいメロディー。
ありがたいことに使用した楽器・機材がすべてクレジットされており、個人的にテンションがぶち上がったのは、Roland V-Synthが用いられていたところ。シンセとしてではなくサンプラーとしての利用! 登場するのは2曲、彼がこれまでの作品でも幾度となく用いてきた、録音されたギター・サウンドをサンプラーで再編集する手法が用いられた“You Couldn’t Even Hear The Birds Singing”、フィードバック・ノイズとヴォーカルをサンプリングして組まれた“Pretty Ribbons And Lovely Flowers”。有機的な、人間のフィールを導入しやすいインターフェースであるタイム・トリップ・パッドやツイン・D・ビームといった機能を備えているV-Synth、彼が好んで使う理由がなんとなくわかる気がしてニヤリとしてしまう。
自分は彼の住むイギリスの田舎の風景など見たこともないし、それを見てどんな気持ちになるかなんて知る由も無い。しかしながらビビオの音楽を通して、自分の記憶のなかのなにかしらのランドスケープが参照され、そして彼の〈感情の的〉に似た気持ちのなかへと放り込まれる。今作はそれの真骨頂。紫色のヴァイナルに針を落とすと、あの、えも言われぬ、優しさを帯びたノスタルジアが立ち上がってくる。それは彼の見た景色なのか、参照された自分の記憶なのか。彼が景色とともに投げた感情を、受け止められたような気がしてしまう。自分にはこんな音楽が必要である。
人をそんな気持ちにさせることができる音楽を、自分も信用していきたい。あらためてそんなことを考えてしまうほど。