北アイルランド・ベルファスト出身のプロデューサー/DJデュオ、バイセップ。もともと過去のハウスやテクノを紹介するブログ(tofubeatsも大いに影響を受けたとか)からスタートしたオタクな2人は、いまやスタジアム・クラスの会場を沸かせる世界屈指の人気アクトである。
ヒットしたデビュー作『Bicep』(2017年)から約4年、バイセップがニンジャ・チューンからセカンド・アルバム『Isles』を2021年1月22日(金)にリリースする。今回はこれを機に、2つの視点から彼らに迫ろう。
まずライター/批評家のimdkmがデュオの歩みと音楽のフリー・シェア・カルチャーについて、そしてミツメの川辺素との共演曲“Swim”が話題のトラックメイカー/プロデューサーのin the blue shirtが『Isles』のサウンドについて綴る。2人のテキストからは、バイセップというダンス・アクトの像が立体的に浮かび上がるはずだ。 *Mikiki編集部
ブログからスタジアムへ――フリー・シェア時代のバイセップ成功物語
by imdkm
〈Feel My Bicep(私の上腕二頭筋を感じて)〉という奇妙な名前のブログが始まったのは2008年のこと。既成のトレンドにとらわれずにレアなダンス・ミュージックを紹介し、シェアするこのブログの活動は、ベルファスト出身の著者ふたり、マット・ マクブライアーとアンディ・ファーガソンによるユニット〈Bicep(バイセップ)〉につながっていく。彼らはもともと幼少期からの友人であり、それぞれ音楽にどっぷりと浸かって過ごしてきたという。2010年代に入ると、ブログのみならず90年代調のハウス・チューンをシングルやEPでリリースして評価を確立、2012年にはブログと同名のレーベルも開始した。
バイセップがブログをスタートした時期は、ダンス・ミュージックに限らず、音楽をとりまく環境がいろんな意味で変わりだした頃だった。MySpaceの覇権が鈍りだし、Spotifyをはじめとした新たなプラットフォームがローンチ。同じ頃にはSoundCloudが利用者数を年々倍増させはじめ、Bandcampも新たなDIYプラットフォームとして注目を集めだした。
〈Feel My Bicep〉は、2000年代に隆盛をきわめたmp3ブログ(さまざまな音源をmp3形式などでアップロードし、シェアするブログ)の系譜にある。音楽をめぐる環境が激変するなか、mp3ブログやファイル共有ソフトを通じた非正規の音楽の共有は議論の的だった。強く反対するアーティストが当然いる一方で、音楽産業の行き詰まりや環境の激変に直面し、そうした共有のコミュニティーにユートピア的なヴィジョンを見出す者もいた。たとえば、トレント・レズナーは共有ソフトの使用を公言し、自作の配信にも活用した。あるいは、いまではおなじみの存在となったミックステープ文化も、同じ角度から捉えることができるだろう。
音源の共有を通じて形作られたコミュニティーや、そこで発揮されたクリエイティヴィティーは、まわりまわって現在の音楽環境を用意する下地となった。さらなる環境の変化にしたがってmp3ブログも徐々に存在感を失っていったが、今もかたちを変えながらシーンに影響を与えていると言える。
なかでも、バイセップはDJとして、またプロデューサーとしてまたたくまに成長し、想像だにしなかったであろうキャリアを歩みだした。もはや〈人気ブログ発〉という枕詞を不要とするほど、多くの人びとからの支持を得るに至ったのだ。いまや彼らは大型フェスや単独公演では数千人から数万人に達するほどのオーディエンスを魅了しつづけ、ツアーに明け暮れる人気のビッグ・アクトだ。もっとも、このCOVID-19禍ではその活動も望まぬ変化を強いられているが。
まず彼らは、初期のシングルやEPを通じて2010年代のダンスフロアに90年代ハウスのサウンドをリバイバルさせた。とりわけ“Vision Of Love”(2012年)は、彼ら自身にアーティストとしての確信を抱かせるヒットになった。しかし、ディケイドもなかばに差し掛かるとそのサウンドに変化があらわれだし、2017年のファースト・アルバム『Bicep』では4つ打ちのダンス・サウンドにとどまらない多様なビートのアプローチを披露した。同作はブレイクビーツ、IDM、アンビエントを織り交ぜたサウンドに、エモーショナルなリフ。一貫して高揚と内省の同居する、まさにトータルなアルバムだった。
この度リリースされるニュー・アルバム『Isles』は、サウンドはより重厚に、そしてアグレッシヴになりつつ、静謐さを感じさせる余白が印象的な楽曲が並んでいる。絡み合い重なるリフや印象的なヴォイス・サンプルは前作以上にドラマチックだ。トランシーにビルドアップしていく展開と現代的なビートのアンサンブルに、否が応でも心が躍ってしまう。バイセップの留まることのないクリエイティヴィティーがみなぎった一作だ。
一方、〈Feel My Bicep〉はブログとして今も定期的に更新され、時代を記録し、かつ〈次〉を見通すメディアとして機能しつづけている。こうして現在に至るまでの彼らを現在地から振り返ると、彼らに一貫しているのは、おそらく音楽そのもの、そしてシーンに対しての真摯さだろう。『Isles』にも、そのアティテュードは聴き取れるはずだ。